誤算1
こうして私とヘンリーは無事結婚しました。私はヘンリーに女王の伴侶にふさわしい国王であるよう、私にできることは全てしました。彼は私とともにスコットランドを統治する国王となりました。
「私は国王なのだから、衣服はお前と並ぶくらい立派なものにしなくてはね。馬も今のものは見ずぼらしくて行けない。もっと立派な馬でないと」
ヘンリーは私にいろいろな品物を要求するようになりました。言っていることはもっともなことなので、私はヘンリーの言うとおりにしました。最初はこういった贈り物を感謝して受け取ってくれていたヘンリーでしたが、そのうち態度が変化してきました。
「おい!こんなくだらないものを贈って恥ずかしくないのか、スコットランド女王は?」
ヘンリーは贈り物が気に食わないと私を罵倒するようになりました。そのうちスコットランドの政治の話も口を出すようになりました。
「こんな決定には私の判を押せないな!」
ヘンリーは国事に関する会議に出席しているというのに、無作法な仲間と酒を飲みながら意見するのです。ヘンリーには婚姻による王位を与えたので、スコットランドは私とヘンリーとで統治していることになっています。王の決定には私とヘンリーの判が必要なのです。それをいいことに、ヘンリーはスコットランドについてすべてを知り尽くしているお義兄様やメートランドのように、まるで自分がすべてを知っているかのようにふるまって、気ままな意見を出し、それを押し切ろうと傲慢にふるまうのです。
「ここは会議場ですよ!?酒を飲むところではありません!酒を飲むのでしたら出て行ってください!!」
私はあんまりな態度に思わずきつく言いました。
次の瞬間顔の半分に火が付いたような痛みがして、目の前が真っ白になりました。頭がくらくらして立っていられず、思わず膝をついて、床の冷たさに正気に戻らされました。ヘンリーに殴られたのです。
「生意気なんだよ!お仕置きだ!!お前は私の妻だろう!?私に従っていればいいんだ!!意見するな!!」
ヘンリーは私に罵声を浴びせました。痛みと恥ずかしさで私は泣きそうになりました。そんな私にさらに畳みかけるようにヘンリーは言いました。
「私が国王陛下だ!!お前じゃなく私がスコットランドの支配者なんだ!!わかったか!?」
そういい捨てるとヘンリーは酒を飲んでいた仲間と会議場を出ていきました。
後に残って座り込んでいる私のそばにリッチョとボスウェル伯がやって来ました。
「大丈夫ですか?」
心配そうにのぞき込んでリッチョが言いました。
「か弱い女性に手を挙げるなど……男の風上にも置けないやつだ……失礼しました、あなたの夫でしたね」
私を助け起こしながらつぶやくようにボスウェル伯は言いました。
ボスウェル伯はジェームス・ヘップバーンといい、代々イングランドとの国境を統治するスコットランドの名門貴族の男です。教養高く、軍人としても優秀で何度もイングランドを撃退した実績を持つ頼りになる男です。とても有能なのですが、お義兄様とそりが合わないらしく、一緒の空気も吸いたくない間柄だったので、今までは宮廷にめったに現れませんでした。私の結婚に関係してお義兄様が失脚して宮廷からいなくなったので、最近は宮廷に顔を出すようになっていました。
皆の前で辱めを受け、怒りと羞恥心で思わず泣きそうになっていた私でしたが、味方がそばに来てくれて心強くなって、少し前から考えていたことを実行することにしました。
「いいの……あんな奴に入れ込んだ私が馬鹿だった。あいつに与えた権限は全て無効にします。あいつの権力は全て私に由来しているのだから、私をないがしろにした報いを受けてもらいます」