結婚2
私とヘンリーとの結婚に反対し続けていたお義兄様は、結婚式にも現れませんでした。その後も自分の城にこもって、宮廷を避けていました。お義兄様は未だ政府の要職にあるので、そのままにするわけにはいきません。私はお義兄様の城に使いを出して宮廷に出頭を命じました。
職責を果たそうとしないのですから、しょうがありません。
「マリ伯、宮廷に出頭を命じます。職務放棄について、議会で弁明を求めます」
使者にお義兄様に告げる様、命じました。同じ事を認めた書簡も持たせました。
議会で弁明するよう命じられ、被告扱いを受けた様に感じたのでしょうか、お義兄様はますます意固地になって、服従を拒みました。
「私は新教徒の保護者としてダーンリーを夫に選んだことを抗議する。出頭命令は命を狙われる恐れがあるので、応じない」
お義兄様の返答はこうでした。半分とはいえ血を分けたお義兄様が離反するのは悲しい事ですが、仕方ありません。予想どおりの反応でしたので、予定どおりに処断する事にしました。
私はお義兄様とその一味が法の保護を奪われると宣告しました。つまりは宣戦布告です。私は反徒たちと決着をつけるため、馬に乗り、ピストルを身に着け、そばには黄金の甲冑を身に着けた夫ヘンリーを従え、召集した軍隊の先頭に立ち、お義兄様の城に向かいました。私の乗馬の腕前は男性騎士と変わらないものですから、その迫力に皆圧倒されていた様です。反抗したのはお義兄様とスコットランドの有力貴族であるハミルトン家のものたちでした。リッチョやヘンリーが言っていたようエリザベス陛下に唆されたのかも知れません。しかし彼らにイングランドの援助が確約されないままだった様で、スコットランド貴族たちは次々に私に膝を折りました。美しく勇ましい私の姿に皆圧倒されたのでしょう。
それでもお義兄様は私に従おうとはしませんでした。スコットランドの貴族ほとんどを従えた私にかなうはずもないのですが、決して屈服するつもりはない様でした。
「神より王権を戴いた女王である私に従わないのでしたら、このまま貴方を討ちます!」
高らかに私は宣告しました。
お義兄様の軍はあっという間に皆に撃破され、イングランドとの国境を越えて逃走しました。
「やはり、エリザベスの手先になっていたのね!」
怒りが沸々と沸いてきました。私を幼いころからずっと苦しめ続けていたイングランド、そのイングランドの正当な後継者である私からイングランドをかすめ取った庶子エリザベス。嘘ばかりの、ごまかしだらけの汚らわしい庶子のエリザベス。このまま勝利の勢いを生かしてイングランドのカトリック教徒を開放し、真のイングランド女王として私が立つべきではないのか。
「このままマリ伯を追跡してイングランドに攻め入る!イングランドのカトリック教徒を開放して私がイングランドの女王になります!」
興奮して思わず口走っていました。
「そっ……それはなりません!イングランドの正規兵を敵に回して戦うには装備が足りません!ピストルの銃弾もすぐに尽きてしまいます!」
慌てて軍事顧問が私に進言しました。
確かに城に装備してあったものを持ってきただけだったので、私の銃弾も尽きそうになっていました。
「仕方ありません……。今日は私に従わないマリ伯を追い出したので良しとしましょう」
イングランドを向こうに見据えながら私は勝利に酔いしれていました。これで私とヘンリーとの結婚を邪魔するものはスコットランドにいなくなりました。後は私がヘンリーとの男子を産めばよいのです。その子がイングランドとスコットランドを統一した王となるでしょう。三十半ばでいまだに結婚の気配もないエリザベスは子供を産むことは無いでしょう。子供を産めば私の勝利です。戦などしなくともイングランドはスチュアート家の手に転がり込んでくるに違いありません。
この後イングランド駐在の大使から、お義兄様がエリザベス陛下に泣きつき、エリザベス陛下がお義兄様に女王に謀反を起こしたことを激しく叱責した……との報告を受けました。お義兄様は私に反抗するつもりだったのではなく、ただ殺されるのが怖かったので抵抗しただけなのだと言い、私に詫びたいので仲介をお願いしたいと訴えたそうです。それなので、私がお義兄様の詫びを受け入れるまで、イングランドに拘留されることになりました。……自分が謀反をそそのかしたのでしょうに。茶番ですが、まあ、お義兄様がもうスコットランドで目障りな活動をしないのですから、良いでしょう。そのまま一生イングランドで拘禁されていれば良いのです。