縁談3
「ダーンリー卿との結婚はスコットランドにカトリックを復活させる礎となり、大変結構なことです」
私の意図を察してリッチョは言いました。リッチョはフランスから私と一緒にやってきた音楽家ですが、イタリア人で、熱心なカトリック教徒でもありました。ヘンリーはイングランド貴族でもありますから、イングランド国教会に表向きは従っているのですが、実際にはカトリック教徒でありました。
「ですが、陛下のお義兄様や殆どのスコットランド貴族はプロテスタントですし、お隣のイングランドのエリザベス女王陛下もプロテスタントですから、カトリック教徒でイングランドの王位継承権をもつあなた方が結婚するのは反対するでしょう」
それは私も懸念していることでした。特にお義兄様との関係が悪くなるのは困ります。何しろこの国の統治に関してはお義兄様に任せているのですから。
「まあ、マリ伯については、反対されるなら切り捨てるしかありません。元々陛下あっての権力者なのですから。代わりのものを探してくれば良いのです。代わりのものについては心当たりがあります。他の貴族はマリ伯を抑えれば従うでしょう。その時その時の利を見て動く連中です。ダーンリー卿の父上は以前の戦争でイングランド兵を国内に引き入れたことで、多くの貴族が恨みを持っていますから、できるだけ目立たないようにしていただく必要がありますが」
私の考えていることをわかっているように、リッチョは言いました。リッチョはただの音楽家かと思っていましたが、なかなか頭が切れる男のようです。
リッチョはローマ教皇とのつながりがあるようで、ヘンリーとの結婚のために許可を取り付けてくれることを約束してくれました。ヘンリーは私の従弟なので、結婚するにはローマ教皇の許可が必要なのです。公式に許可を求めると、プロテスタントの貴族たちから妨害を受けることが予想されたので、秘密裡に許可を得ておく必要があったのです。イングランドからの妨害も予想されたので、リッチョはスペインのフェリペ2世陛下に何か衝突があった時には助力を得られないか、問い合わせもしてくれました。全く、細かいところにまで気の回る男で、助かります。
こうしてリッチョが細かい根回しをしてくれたので、私はすっかり安心してヘンリーとの交友を深めていきました。
「近頃ダーンリー卿と親しくなさっているそうですね」
お義兄さまが険しい顔をして言いました。
「そうですけど、何か問題がありますか?」
私はすました顔で答えました。
私とヘンリーはもうすっかり結婚への意思を固めていました。後はローマ教皇の許可状が届けば正式に結婚するつもりでいました。お義兄様が反対するのはわかっていたので、覚悟は決まっていました。とうとう来るべきものが来た様です。
「ダーンリー卿の父上はスコットランド貴族の恨みを買っているので、この国の国王の親族にはふさわしくありません。それにダーンリー卿はカトリック教徒ではありませんか。多くのスコットランド貴族が新教徒であるのに、国王と女王がカトリックでは反発を招きます」
お義兄様のセリフは予想とおりの反応でした。
「お義兄様はカトリックだからヘンリーと私の結婚を反対なさるのですか?スペインのドン・カルロス殿下やハプスブルク家のカール殿下だってカトリックではありませんか。彼らとの結婚は反対なさらないのにヘンリーとの結婚を反対なさるのはおかしいのではありませんか?」
私はリッチョやヘンリーと一緒に考えた反論をそのままぶつけてみました。
「スペインのドン・カルロス殿下やハプスブルク家のカール殿下でしたら、スコットランド貴族の私には目もくれないでしょう。ですが、ダーンリー卿は違います。かつて彼の父親はスコットランドの権力を手に入れるためにあなたと私の父を裏切り、イングランドの兵士を導き入れて多くのスコットランド貴族を殺しました。ダーンリー卿も同じことをするでしょう。私があなたの宰相であることを彼らが許すはずがない。私を殺そうとするに決まっている」
何という言いがかりでしょう。お義兄様はどんな手をつかっても私とヘンリーとの結婚を阻止したい様でした。
国の為だと思って今までお義兄様に政を委ねてきましたが、お義兄様に私の意思を縛る権利は無いはずです。お義兄様の権力は私あってのものなのですから。本来ならお義兄様は私生児としてスチュアート家の当主として振る舞うことは許されない人なのです。
「貴方が何と言おうと、私はヘンリーと結婚します。女王である私が決めたのですから、誰にも逆らうなど許しません」
私はキッパリと言い渡しました。
「私は陛下のためを思って進言しているのです。ヘンリーを配偶者にすればスコットランドは乱れます。それにイングランドにとってもヘンリーが貴方の配偶者になるのは好ましく無い。エリザベス陛下は反対なさるでしょう。……忠告は致しましたよ」
こう言い捨ててお義兄様は私の元を立ち去りました。