帰国2
城に入って一週間経って、大分私もスコットランドの状況が分かってきました。私がカトリック信者であることについて、多少不満があるようですが、概ね皆さん歓迎して下さっています。私もあえて信仰のために皆さんを抑圧しようとか、対立しようとかは考えておりませんし、常々女は政治に口出しすべきでないと諭されていましたので、政治についてよくわかっていらっしゃる、お義兄様とメートランドに任せてあります。大体の事はそれで上手くいっています。唯一問題なのが、ジョン・ノックスでした。
ジョン・ノックスは狂信的なプロテスタントの牧師で、最も不愉快な敵でした。ありとあらゆる笑いや芸術的楽しみを犯罪であると断じたうえ、彼の考えに従わないものは悪魔の使いであるとみなし、ありとあらゆる手段で貶め、罵倒するのです。もちろんカトリック教徒である私は彼の敵でした。
私はスコットランドではプロテスタントがほとんどを占めているのですし、私が信仰しているからと言ってカトリックを強要するのも無理というものでしょうから、全ての臣下に信仰の自由を認めることにしました。しかしジョン・ノックスはそれだけでは足りなかったようなのです。
「カトリックのミサを公に行うことを禁止する法律が必要だ。偶像を崇拝する礼拝などキリストの教義に反する。あんなものは悪魔の礼拝だ」
ジョン・ノックスの言い分はこうでした。相手にするのも面倒なので、カトリックのミサを公に行うことを禁止法律を作るのは認めました。ほとんどの国民が新教徒なら公式にカトリックのミサを行っても、しょうがないですから。ですが、私にも信仰の自由があるのですから、自分の礼拝堂で個人的にミサを行うのは私の勝手のはずです。
しかし、ジョン・ノックスは自分の信徒を連れて、私が個人的に行うミサを妨害しに来たのです。ジョン・ノックス達はミサを行おうとしている私の礼拝堂にいきなり入り込んできました。押し入ってきた人々はミサを行おうとした司祭をつるし上げ、聖壇に捧げられようとしていたろうそくを取り上げ、ミサを妨害したのです。女王の威信にかかわりますから、こんなことをされて黙って引き下がるわけにはいきません。ミサは予定通りに催しました。あまりのことに私の怒りも頂点に達し、ジョン・ノックスを糾弾するため、城に呼び出しました。
「あなたは女性が王権を持つことに異議を唱えているそうですね」
私は問いただしました。
「ですがあなたは私の臣下のはずです。臣下というものは、主君に絶対服従しなければならないものではありませんか?」
女性だからと言って私に服従せず、私の信仰を妨害する権利などないのですから。当然のことのはずです。
しかしジョン・ノックスは言いました。
「父親が理性を失って子供を殺そうとしたなら、その父親から剣を取り上げるべきでしょう。それと同じで女王が神の子供である領民を迫害するなら、神の子供らは女王に抵抗する権利があるのです」
私が領民を迫害している?そんなはずはありません。私は信仰の自由を保障する法律まで作ったのです。この男は自分の意見に従わない限り私に反抗するつもりのようです。
「では、あなたの意見によると私の臣民はあなたの教義に服従するべきであって、私の王権に服するべきではないと言いたいのですね?」
私は直球で言い返しました。
「まさか!女王と臣民の両方が神に従うべきと言っているだけです。王は教会の養父となり、女王は乳母となるべきなのです」
「ですがあなたの言う教会は私の教会と違いますね」
彼のあいまいないいように腹立たしくなってさらに直球で言いました。
「私はカトリック教会の乳母となろうと思います。これこそ神の教会だと私は思いますから」
ジョン・ノックスと私の対立は解消する事はありませんでした。