誓約と実行
レキはミッドナイトとマーク、それに男らしきガスマスクをした人物と合流していた。マークがレキと合流した時に一番最初に放った言葉が
「クソに何かされなかったか」だ。
一瞬 「クソ」が誰かわからなかったが、すぐにミッドナイトのことかと認識する。笑がこみ上げてきたのを押さえながら、「はい、大丈夫です」と答えた。寝ているときに部屋に入って来たことは言わなかった。
「そうか。それなら良い」
「そんなことするわけないでしょ〜」
マークはミッドナイトを無視した。
「レキ」
「はい!」
ミッドナイトにもマークにも呼ばれたわけではない。透き通るような、しかし毅然とした声は、ガスマスクをした人物から発せられたものだった。唐突に呼ばれて少し驚くレキ。
「よろしく」
「よ、よろしくお願いします」
二人はじっとそのやりとりを見ていた。そしてそれが終わると、マークが言う。
「レキ、武器の使い方はある程度理解はしているな?俺たちはまだお前の武器の使い方も特性も何も知らない。初任務とはいえど、そこは理解しておいてくれ」
「わかりました」
その言葉と同時に先の記憶がレキの周りを包んだ。
「良いレキチャーン?君の武器は『音』だよぉ」
「音…?」
そう、と言いながら、クリアはリングと全く同じものを渡して来た。
「これって…」
「これはリングではないよぉ。似てるけどね」
レキはそのリングに触れてみたが、ミッドナイトのようには暖かくもなく、脈を打っている訳でもなかった。しかし微かに小さい音でキィンと「鳴く」のを聴き取った。しかしクリアには何も聞こえていないようだ。
「前測った君の数値なんだけどねぇ、「音」に関する数値が異常に高かったのぉ。だからそこの特性を生かした武器にしました!」
ジャーン!と両手を広げ説明する。
「音…」
「そう、音。君は小さい頃から周りが聞こえないような小さい音も聞き取れていたんじゃなぁい?」
思い当たる節があるようだ、レキは思い出すように視線を右に向けた。クリアの口元が緩んだ。
「この武器はね、君が聞き取れる音の幅を広げるのぉ。そしてその音を自由に操ることができる…」
レキは背筋がゾクゾクした。
「徐々にこの武器の使い方をマスターしていくと良いよぉー。でも一つだけ覚えておいて欲しいのがね…」
クリアはわざと怖い顔になって言った。
「この武器は用はレキチャンと一心同体。使っているうちにレキチャンの一部がこの武器に移行していくのぉ。そして武器自体が「主人」、つまりレキチャンを理解して独自に成長していく」
「レキチャンの一部が移行していくっていうことは、この武器が破壊されたりするとレキチャン自体もただではすまないってことは理解しておいてねぇ」
「ちなみにこの武器の使い方は僕とレキチャンしか知らない。簡単には他の人に教えちゃダメだよぉ?」
「準備はいいかレキ」
「は、はい!」
レキはクリアに聞いた武器の使い方について頭の中で何度も反芻していた。そのせいで何度も躓いて転びそうになる。
情報量の多さがレキを不安にさせる。するとミッドナイトが言った。
「そんな切羽詰まった顔しなくても大丈夫〜。最初からできるなんて誰も思ってないから」
その言葉がれきを余計に緊張させた。
目的の場所までは案外時間はかからなかった。開けた草原に一つポツンと佇む教会。こんな神聖な場所に暗殺対象がいるとは微塵も思えない。マークが口を開いた。
「ここからは別行動だ。俺とミッド、レキは…」
指をさした方にはガスマスクの男。
「こいつとだ。任務が終わるまでは必ずこのペアリングで行動すること。いいな?」
レキは一瞬、初任務で初対面の人物とともに行動することに不安の色を隠しきれなかった。しかし文句を言えるはずもなく、「はい」というと、男も頷いた。
「よし」マークはレキの様子を少し伺ったが、特に何も言わなかった。時計を見て言った。
「任務は朝の礼拝が終わった直後に行う。『執行』は俺とミッド、『回収』はお前たちだ」
ミッドナイトはレキに小声で補足をした。
「『執行』っていうのは暗殺のこと、『回収』っていうのは後片付け。ことを荒げないように手を回したり、エリアの偽装工作だったりをする。外では隠語として使ってるからレキちゃんも外では隠語を使ってね」
言葉の一つ一つ、ひやっとする感覚がレキの体を震わせる。
時計を気にするマーク。
「俺とミッドは下見に行ってくる。執行までまだ少し時間があるから詳しいことはそいつに聞け」
そしてマークはミッドナイトに「いくぞ」と言い、教会とは逆の森の方に歩いて行った。ミッドナイトは男の方に何か耳元で呟くと、レキに「じゃね〜」と言い、マークと同じ方に歩いて行った。
取り残された二人、沈黙が鳥の声によって多少は和んでいる。
「レキ」
「は、はい」
少し緊張しながらも答える。
「今日が初任務らしいね。せいぜい頑張って」
突き放すような喋り方に無言で頷くレキ。
「今日の任務内容聞いてないでしょ。クリアっち…ンンっ、クリアさんの話長くて説明する時間なかったんだ」
「っち」?と疑問を持ったレキだが、その前に笑いがこみ上げて思わず笑ってしまう。
「と、とにかく…」
明らかに動揺しているようだが、マスクのせいで表情が読めない。
「今日の任務は牧師の執行、ぼ…お、俺たちは回収だから二人が執行を完了した後に動く」
レキは一言一句聞き漏らさないようにうなづいている。それに精一杯で、男が言葉に突っかかるのを気にする暇もない。
「これが詳しい内容。5分で頭に入れて。終わったら胸ポケットに入ってるライターで燃やして」
男が渡した羊皮紙には手書きで文字が書き殴られていた。
1.礼拝後、教会の鐘を鳴らしにいく牧師の執行
2.鐘を鳴らす時間までに回収完了
3.鐘を鳴らし任務終了
4.窓から脱出
そのほかに分単位の時間設定が書かれてあった。
「今回の回収は『事故死』に見せる。鐘を鳴らす場所に続く螺旋階段を落ちたようにするからそこは頭に入れといて」
頭に入っていない気がして不安になるレキ。眉間にしわを寄せながら羊皮紙を燃やす。
「質問は?」
男が時計を見ながら言う。
「牧師さんは何をしてあんさ…すみません。執行対象になったのですか?」
「それは…」
男が答えようとすると、二人のリングが振動した。
「任務開始の合図だ。また後で、行こう」
そういって立ち上がる男をレキは止めた。
「名前まだ聞いてません!」
すると男はレキのことを見ずにとても小さい声で答えた。
「…ミッドフィルター…」
Chapter end