盛装と出発
レキは自然と目を覚ます。部屋を見回すと、そこはずっと前から暮らしていたレキの部屋だった。昨日の記憶が徐々に蘇っていく。思い出すほどに溜息が漏れる。クビになったことは別としてせめてBARでのことは本当であって欲しいと、レキは切に願っていた。コルクボードに貼られた色あせた写真がレキに満面の笑みを送っている。虚無感がレキを襲う。
「…私昨日どれだけ酔ってたんだろ」
スーツもしわしわになっている。がっくりと肩を落とすと、いつもの通り太陽の光を浴びに一度外に出る。
ガチャ
「へ?」
「ハロ〜」
「ミッドニャイトしゃん!!」
思い切り噛んだことなど忘れ、レキはミッドナイトの胸に飛び込んだ。と思いきや自我に戻ったのだろうか、すぐに身を引いた。
「ごめんなさい!!」
少し顔が色付く。
「どうしたの?」
少々焦りの色を見ながら、レキの顔色を伺うミッドナイト。しかしすぐに「もっと抱き付いてくれててよかったのに〜」と笑いながら部屋の中に入って行った。あまりにも自然な身の運びにレキは舌を巻いた。
「これどう言うことですか?私の部屋になってるんです!」
レキは自分が何を言っているのか一瞬混乱した。
「あ、こんな配置で合ってた?ちょっとうろ覚えだったんだよね〜」
「へ?」
間の抜けた返事をするレキ。ミッドナイトは説明し始めた。
「やっぱり自分の部屋じゃないとストレス溜まるでしょ?元の家にあった家具をこっちに全部移動してきたの〜。昨日レキちゃん爆睡してたね〜」
「昨日の夜部屋に入ったんですか?!」
驚きのあまり声が裏返る。
「うん。僕の他に3、4人が出入りしてたよ?でも荷物少なかったから意外と楽だったわ〜」
背中を反らせてトントンと叩く仕草をする。顔はにやけている。
「…寝顔面白かった」
「ミットナイトさん!?」
怒るレキをまあまあとなだめながら「あ、家具動かしたいとかあったら言ってね〜」と機嫌を取る。むすっとしたレキは
「ここのセキュリティーどうなってるんですか」と漏らした。「あ、それはね」ここぞとばかりに話に乗っかる。
「基本的に個人の部屋は本人とその他一人のリングで開くようになってるんだけど、緊急事態の時のためにクリアの研究室にスペアがあるんだよね〜」
レキはまだむすっとして「それで?」と答えた。
「昨日はクリアが開発で手が空いてなかったから、別れ際の時にドアの間に物挟んでおいた〜」
むすっとした顔からため息に変わる。
「ドアがしっかり閉まるのを確認しないとダメだよ〜?」
ニヤッとして言うミッドナイトに「着替えるので一度で出てってください」と追い出そうとする。するとミッドナイトは紙袋を取り出し、それを手渡した。
「着替えるんだったらこれにね」
レキは中身も見ずに「はい」と答え、ドアを閉めた。しっかり音がするのを確認し、着替え始めた。
「おお〜。似合うよレキちゃん」
機嫌をとっているのか本心なのかは分からない。レキは「どうも」と少し恥ずかしそうに答える。アンダーシャツのような長袖に少し薄めの防弾チョッキのようなものを上に着ている。タイトパンツにブーツ。腹のあたりにはよく分からない装備がたくさん付いている。全身黒、だがフェイスベールのワインレッドだけが目を惹きつける。
「じゃあ行こうか。一番小さいポケットに手袋入ってるからつけてね〜」
探すのに戸惑いながらもなんとか手袋を見つけると、手をねじこむ。
「これからクリアのところ行って武器調達してからマークと合流するよ。他の仲間もいるからあとで挨拶しよう」
「はいっ」
ようやく両手にはめ終わった頃には、クリアのラボに到着していた。
「行ってらっしゃ〜い」
「ミッドナイトさんは行かないんですか?」
少し不安そうに言うと、名残惜しそうな声で答えた。
「僕も行きたいところだけど、武器の説明は本人以外聞いちゃいけないことになってるからね。しっかり聞いてくるんだよ〜」
「はい」不安を返事に吹き飛ばし、レキはドアにピアスを押し付けた。
ドアの向こうで音がした。
レキを見送ると、廊下は静寂に包まれる。ミッドナイトは胸ポケットから一枚の紙を取り出した。上から下までざっと目を通す。
「…聖職者の暗殺…なるほどねぇ」
そして何やらブツブツと言葉をつぶやくと、近くのろうそくに紙を燃やした。
コツコツと廊下を歩く音が空気を恐怖に落とす。
「…プリースト…ねぇ」
ミッドナイトの口元は不気味に細く笑んでいた。
Chapter8 end