転換と至宝
「クリアに会いにいくんだったらこれを届けてくれ。例の部品と言えばわかるはずだ」
そういってマークは近くにあった段ボールをレキに渡した。それはそれなりに大きいが、中身が入っているのかと疑うほどに軽い。重いものだと思って身構えていたレキは軽さのあまり思い切り背中を反らせた。
「俺はこのあと別の仕事がある。あとはこいつに案内してもらうといい。何か変なことされたらあとで報告しろ、俺が粉砕骨折にして殺してやる」
返事をして良いのかわからないレキはぎこちなく頷く。
「やだな〜マ〜クくんったら怖い〜」
「消えろ」
ミッドナイトにそう言い放ち、レキに言った。
「じゃあよろしく頼んだぞ」
そしてミッドナイトの方を睨んで「ヘマしたらクビだ」と言い残すと音も無く奥の暗闇に消えた。
「じゃあ行こうか」
「はい」
ミッドナイトはマークが消えた方向から左に3つ目のドアを開けてレキを通した。そこには白い長い廊下が続いている。しかし奥は行き止まりのようで、ドアがどこにあるのかわからない。ライトを反射させる真っ白の壁が目を刺激する。
ミッドナイトは自分の手首を壁に押し付けると、「僕のリングはここに仕込んであるの」とレキに説明した。壁の反対側でも同じように何か部品を押し付けるような「カチャ」と言う金属音がする。すると壁からドアが現れ、中から髪がボサボサのひょろっとした白衣の男が姿を表した。
「久しぶりだねクリア」
「ミッドナイトぉ!久しぶりだねぇ!どうしてきてくれなかったのさ!もうとっくに武器改造の締切期限切れてるんだよぉー!」
その後も一向に話が収まる様子は無い。話を聞いているミッドナイトは「うん〜ごめんね〜」の一辺倒だ。しかし急に話の流れが止まる。
「え?え?誰その子?何その子?なになに彼女ぉ?やだなーミッドナイトったらイケズぅ〜」
「違うよ〜この子は今日から新しいメンバーだよ。レキちゃん、こちら機械担当のクリアです」
「よろしくお願いします!えー…とっレキです」
一瞬本名を言いそうになり焦るレキ。
「ええ?!新メンバー?!えー!!ってことは…そう言うことだよぇね?!」
「???」
話を飲み込めないレキだったが、ミッドナイトは慣れているようだ。「そゆことだよ」と言うと、ずかずかと部屋の中に入って行った。レキも「お邪魔します」とあとに続く。
「相変わらず汚い〜。だからあんまり来たく無いのここ〜」
「えーお茶でもしにきてよぉー」
「ここは出されるお茶も腐ってるでしょ〜」
「もーミッドナイトったらそんなことないって!」
確かにそこは尋常じゃないくらい汚い。食べかすや空き瓶がそこら中に散乱しており、いつ出来たのかわからないシミがレキの足元に広がっていた。床はガラクタや発明途中の鉄の塊で埋め尽くされている。レキが身動きを取れず固まっっていると、クリアが言った。
「よろしくねぇ、レキチャーン!これから大変だと思うけど全力でサポートしていくねぇ!所でこれマークさんから預かってきたやつ?ありがとぉー助かったわー!」
レキはどの言葉に相槌を打てば良いのかわからず、話が終わったときにはクリアの目を見つめているだけだった。
「20数年ものの紅茶飲む?」
「言い方が紛らわしいよ〜要は消費期限がすぎたやつでしょ〜」
「ばれた?」
クリアはその紅茶をヒビが入ったポットに入れるとビーカーに入ったお湯を入れる。喉がポットに満たされていくお湯の音に反応した。汚れたティーカップに注ぐと明らかに紅茶の色では無い色になっている。しかしそんなことは気に求める様子もなくクリアは一口で飲み干した。とても美味しかったと言わんばかりに幸せそうな顔でため息をついている。
「レキちゃん、ここで出されたお茶絶対飲んだらダメだよ?」
ミッドナイトは小声でひそひそといった。その言葉にきょとんとした表情でレキはうなずいた。
「で、要件はレキちゃんの武器作りかい?」
クリアには先の会話は聞こえていなかったようだ。
「そうそう。初任務は明日からだから明日までによろしくね〜。あとリングの改造もお願い」
「えーあしたー?相変わらず人使い荒いよぉーリングもぉ?」
「頑張れ〜」
ミッドナイトは気休めの応援をする。
ビーカーに残ったお湯が湯気を立てている。レキにはその湯気が少し黒く色ずいているように見えた。
「あ、その荷物マークからの荷物でしょ?ありがとぉー!そこおいておいてぇー。じゃあさっそっく取り掛かるねぇ。まずはさっき渡されたリング貸して」
レキは段ボールを散らかったテーブルの上に置くと、リングを渡した。クリアは机の中から証書のような紙を取り出し何か悩んでいるようだった。
「どうかした?」
ミッドナイトが言う。
「いや〜どんな形に加工しようかなって思ってた所ぉ。レキちゃんの場合ピアスとかにしたら可愛良いと思わない?ミッドナイトみたいにすぐ無くされてもこちら側からすれば大迷惑だしぃ?ある程度わかりやすいところにつけたほうがいいのかなぁと思ってねぇ」
そう言うとレキにも「ピアスどう?」と質問した。レキは無言で激しく首を縦に振った。
「じゃ決定ぇー」
そう言うとクリアは部屋の奥にある小さなドアの中に入って行った。なぜかそのドアの周りだけ真っ白い床が顔を出している。奥からはなにやら喧しい音がする。
レキが不思議そうに見ているとミッドナイトが説明始めた。
「クリアが開発とか改造をするときは必ずあの部屋でするんだよね〜。あそこだけは誰も入ったことなくてさ、僕も気になって何回も入れてって頼んでるんだけど絶対入れてくれないんだよね〜」
「何か…大切なものでも置いてあるんですかね?」
それを聞いてミッドナイトはまた遠くを見つめるような目をして言う。
「ありえるかもね〜。クリアも壮絶な人生を送ってきた一人だし。あそこには人目に触れられたく無い秘密があるのかも…ますます見たい」
ミッドナイトは枯れたように笑った。レキはその笑い方にどこか心が痛んだ。壮絶な人生を送ってきたと言う言葉にもレキは引っかった。
お湯からはもう湯気は立っていなかった。
突然奥からドアの開いた音が聞こえクリアが出てきた。頭にちぐはぐの大きいゴーグルをしてる。
「はいどーぞぉ。レキちゃん専用リングー」
そのリングはマークに渡された時と大差なかったが、よくよく見るとしっかりピアスになってるのがわかる。レキはお礼を言いすぐにそれを付けた。冷たい感触が耳を伝って全身に波長を合わせる。
「いい感じぃ?」
「…かわいい」
不意に溢れた笑顔にレキ自身が驚く。
「よかったぁー!実を言うとこのリング組織のカードキー代わりだからあまり目のつくところにつけちゃいけないんだけど、いっかなーと思って!いいよねミッドナイト?!」
「いいんじゃな〜い」
ミッドナイトは至極どうでも良さそうである。クリアは同調を得られただけで満足だったようだ、特には気にしていない。
「じゃあ次は武器か」
クリアはレキが持ってきた段ボールを指して言った。
「その段ボールの中身が君の武器の重要なマテリアルになるんだ」
クリアが段ボールを開けると中からアルミケースのようなものが出てきた。クリアが金具をゆっくりと開けると中からなんの変哲もない紙が出てきた。
「さあレキちゃん、この紙に手を当ててみてぇ」
レキは恐る恐る紙に手を当てる。
「オッケー手を離してぇ」
すると先ほどまで真っ白だった紙は見る見るうちに文字で埋め尽くされていった。レキは思わず呟いた。
「何…これ…」
「これはねぇー…」
びっしりと印字された紙を高々と掲げてクリアは嬉しそうに言う。
「人間のすべての特性が印字される魔法の紙ぃ…」
Chapter 5 end