幕開けと嚆矢
別れを告げることがこんなにも清々しいなんて思っても見なかった。
暗闇で視界が遮られると様々な思いが溢れ出す。情報の洪水とはこのことか。彼女がそんな事を考えているのもつかの間、ミッドナイトは重そうなドアを押し開けた。ミッドナイトはどこか遠くを見つめるような目をしていた。先ほどとは違いドアを開けても明かりはついていない。むしろ暗さが増したようにも感じる。空気が重い。彼女は人の気配を感じ取りミッドナイトに少し体を近づけた。
「s689094750〜え〜と…なんだっけ?」
「…893249766849だ。ハゲ」
見知らぬ声が聞こえる。その瞬間部屋の電気がつき彼女は眩しくて思わず目を瞑った。再び目を開けた時、彼女は驚きのあまり腰を抜かして床に倒れこんでしまった。それもそのはず、10人以上の黒装束の人々がミッドナイトと彼女を囲んで銃口をこちらに向けている。否応無しに向けられた銃口の穴が彼女の思考を停止させる。
「先ほどの番号を繰り返せ」
ミッドナイトをハゲ呼ばわりした男がいう。
「893249766843。最後は9じゃなくて3じゃなかった?もしかしてマークくん前違った〜?」
「冗談は大概にしろ。試したんだ覚えてるんだったらさっさと言えカス」
「本当口悪すぎ〜」
そんな他愛もない会話をしている間、彼女はあっけに取られてただただ呆然と見ることしかできない。
「誰だそいつ」
唐突に投げかけられた言葉が自分に向けられたものだと知った彼女は、何も言えず口をパクパクさせる。
「新メンバ〜」
ミッドナイトが代わりに答えた。それを聞いて彼女は小さく首を縦に振る。彼はそれを見て目を見開いた。
「嘘が下手だぞボケナス」
彼が棒読みで言うあまりミッドナイトは少し面白そうに応える。
「じゃなけりゃこんなと連れてくるわけないでしょ〜」
「…本当なのか…?」
「10年ぶりかな〜僕が最後だから」
彼は彼女を見下ろし数秒見つめた。しかし何も言わず彼は手を差し出すと彼女を勢いよく引き寄せた。その距離は顔と顔が1センチにも満たないほどである。彼女は緊張で目が泳ぎに泳いでいる。
「…本当にこいつが…?」
「クソジジイ公認〜」
「ありえん…」
ミッドナイトは未だ唖然としている彼女を見て、忘れてたと言わんばかりに突然彼の紹介を始める。
「こちらはマーク君です。メンバーの一人で堅物の悪口製造機で〜す」
「朽ち果てろクソ野郎」
ミッドナイトは肩をひそめた。
『マーク』と呼ばれるその人物は実に身長が小さい。しかし肌に感じさせるほどの威圧感があり只者ではないことを彼女は感じ取る。落ち着いて周りを見ると、先ほどいた10人以上の人たちはとうに姿を消していた。キョロキョロ辺りを見回す彼女を見てマークが言う。
「他の奴らはもう出て行ったぞ。あとで挨拶するといい」
悪口はミッドナイトに対してだけなのだろうか、彼女に対する口調は優しい。
「そいえばまだ名前聞いてなかったね〜どうする?」
ミッドナイトはマークに問う。彼女には『どうする』の趣旨がわからないようだ。それを察したマークは淡々と話し始めた。
「ここでは仲間とはいえど簡単に本名を名乗ったりしない。その代わり互いのことをコードネームで呼び合う」
「コードネーム…」
本当にコードネームで呼び合う社会があるのかと半ば感心しながらも、危ない匂いしかしないと彼女は心の底から思う。しかし何処か興奮しているような感覚があるのが奇妙でならない。
マークが言う。
「あんたここで最初に飲んだカクテルの名前、覚えてるか?
「えーっと」
「レディ・キラーだよ〜
代わりに答えたミッドナイトを見てまたもマークが目を見開く。
「やっぱりお前は変態エロぎつねだな」
ふふふ、とミッドナイトは笑う。彼女は話についていけない様子。
「じゃあ今日からあんたの名前は頭文字をとって『レキ』だ。これからよろしく頼む、レキ」
自分のコードネームがこんなにもあっさりと決まったことに戸惑う彼女を尻目に、ミッドナイトは「いい名前だね」と優しく付け足した。
早速マークは話を切り替え本題に入るようだ。
これから始まる話にレキは少し恐怖を感じた。
チャプター3 End