払拭と出発
暗く先の見えない廊下の突き当たりにはこじんまりとしたドアから光が漏れていた。ミッドナイトがドアを開けると暖色のライトが辺りを照らしてる。そこには大きな鏡と回転イス、大小様々なハサミや櫛などの散髪器具が所狭しと綺麗に並べられている。この状況下だと確実に髪を切られるであろうことを悟り彼女の体は一瞬強ばる。それを感じたのか、ミッドナイトは鏡に映った彼女を見て言った。
「髪を切るのは嫌かもしんないけど、イメチェンも含めて切って見ない?ショート似合うと思うよ」
彼女は一瞬考える。今の今までショートカットなんてしたことがない。彼女はいつも前髪を目のギリギリまで伸ばし顔を隠す様にしている。そうすることで自分を背景に溶け込ませ、過ごしずらい外界と距離を保っていたのだった。
「嫌?君自身が変わるにはきっと切った方がいいと思うけどなぁ〜」
変わる。その言葉が彼女を一歩前に突き出す。
「お願いします」
その声を聞いてミッドナイトはまた笑って「は〜い」と答えた。
ヘアゴムを溶くと普段全く手入れをしていないであろうことがバレバレだ。ボサボサを通り越してもはや落ち武者の佇まい。
しかしながらミッドナイトは全く気にしていない様子で、彼女の目に優しく手を当てて、
「目をつぶっててね」と言った。
言われた通り目を瞑るとさまざまな音が彼女の鼓膜を震わせる。
霧吹きの音、櫛を通す音、櫛が引っかかって軋む音…。ミッドナイトは迷い無くハサミを進める。その度に彼女の心臓は大きいく波打つ。頭が軽くなる感覚。肩が軽い。そしてミッドナイトは彼女の前髪を要領よく切っていくと、最後にドライヤーをかけ優しく櫛を通していく。ミッドナイトがようやく口を開いた。
「目を開けていいよ〜」
彼女は自分の変身ぶりにたいそう驚いた様だ。内巻きにしっかりカールしたボブ。その仕上がりはプロ級だ。首の後ろを触る仕草を見つめるミッドナイト。
「あ…ありがとうございます」
「はーい。気に入った?」
「はい、とても…」
「もうちょっと切られると思ってたんじゃない?」
思っていたことを当てられた彼女は驚いて頷く。
「それが一番似合ってる」
彼女は今ならなんだも出来る気がして、しかしその自信が湧いてくる感覚に異常に恐怖を感じた。
「お代は初任給から頂きま〜す」
彼女はお金取るんかいという言葉を飲み込む。
「じゃあイメチェンしたところで仲間を紹介するよ。別の部屋で待ってるから。行こうか〜」
「あ、はい!」
彼女は立ち上がり机の上の眼鏡に手を伸ばした時ミッドナイトは後ろからそれを制する。ミッドナイトと彼女の目が重なる。彼女はミッドナイトの目に吸い込まれる感覚に陥った。
「目も悪くないのに眼鏡かけたら全国のメガネさんに失礼でしょ〜これはもらっとくよ」
そう言って机の上にあった眼鏡を素早く奪い取った。
「うっ…」
「なきゃ嫌?」
「お見通しでしたか…」
「当たり前でしょ〜」
「…いや…ダイジョウブデス…」
ミッドナイトは笑みを浮かべて黒縁のメガネを内側のポケットに入れた。彼女は相棒を取られた様な気がした。しかしこれも革新の時と腹を括ったのか、ミッドナイトが開けた暗い廊下へと続くドアをくぐる。視野が広くなった様に思える。ミッドナイトは誰もいない彼女の栗色の髪の毛が散乱した部屋を見回す。ミッドナイトが囁いた。
「よろしく」
そう言ってドアを静かに閉めると同時に、奥からえも言われぬ黒い物体がのろのろと姿を現した。
Chapter2 end