リフレット村 その4
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久しぶりに親と話をしながら早めに夕食を食べ、ブルホーンの世話をするために牧場に戻り、併設された二階建ての民家で朝を迎える。
「ブモオオオッ!」
ブルホーンの鳴き声で目を覚ました俺は、ベッドから起き上がって身支度を整える。
今日は村長に会いに行って、魔物牧場に関しての打ち合わせ。
他にやるべきことといえば、魔物の捕獲だろう。
これから魔物牧場を開くにあたって、やはり必要なのは魔物だ。
これだけ大きな牧場なのに、育成するのがブルホーン一頭だけでは話にならない。
リフレット村近辺にいる魔物で研究して欲しい対象がリスト化されているので、できればそいつらを発見して捕獲したいのだ。
そんなわけで、手早く準備を済ませて出発したいところであるが、まずはブルホーンの世話だ。
家を出てふわふわの牧草地を踏みながら二十メートルも歩くと、ブルホーンがいる厩舎へとたどり着く。
この圧倒的な職場への近さは利点だ。なんだかんだ魔法騎士だった頃は、宿舎と演習場が遠かった。全身鎧をいちいち装備し、重い剣を引っ提げながら行くのは面倒だからな。
それに比べて今は汚れてもいいような作業着と手袋だけだから楽なもんだ。
「ブモオオオオッ!」
厩舎の中に入ると、ブルホーンが今日も元気に鳴き声を上げていた。
声音も表情も昨日に比べると大分柔らかだ。
厩舎にはブルホーンが一頭しかいないのでガラリとしたものだが、いずれはここを満たすくらいの魔物を飼育したいな。
ブルホーンからは牛のように腹部からミルクが絞れるのだが、まだストレスで味が安定しないだろうから今は絞らない。
ブルホーンのミルクは乳牛に負けない濃厚な味をしているので、早く飲みたいものだ。
朝の一杯が飲めるのを楽しみにしながらブルホーンの入っているエリアの扉を開けて、外に出してやる。
それから箒で溜まったフンを軽く掃き出してやり、敷いてある藁を整える。
うん、まだ一日しか経っていないし交換する必要もないな。
ブルホーンのエリアの掃除を軽く済ませると、ブルホーンを外の牧草地へと連れ出す。
すると適当に歩き始めたところでブルホーンが牧草を食べようと止まったので、俺は首輪についている縄を引っ張ることでやめさせる。
「ブモオッ!」
すると、案の定ブルホーンは不満そうな鳴き声を上げた。「今から飯食うのに邪魔するなよ」と言っているようだ。
しかし、今日は教えるべきことがあるので、先にそれを済ませなければならない。
「大事なことを教えなきゃダメなんだ。すぐに終わるからちょっと来てくれ」
「ブモオオ……」
俺がそう言って引っ張ると「しょうがねえな」とでも言うようにブルホーンが声を上げた。
こいつに俺の言葉や意思が通じているかは不明だが、このブルホーンは割と賢い奴なので助かっているのも事実。まあ、暴れ出すと一般人には手がつけられなくなるのが困りものだけどな。
ブルホーンを連れて、牧場の端っこにある柵の方に向かう。
そこには高めの木製の柵があるように見えるが、それは見かけだけのこと。近付いてよく見ると内部には黒色の鋼鉄で補強されていることがわかる。
「理解してるかわからないけど、ここからは出るなよ?」
「…………」
俺が語りかけるように言うもブルホーンは興味なさそうに尻尾をフラフラと横に揺らしている。
これからの生活として結構大事なことを言ってるんだけど、まあいいか。
ブルホーンのジャンプ力じゃここは越えられないし、壊すこともできない。仮にそのようなことをすれば、柵に刻まれた魔法陣がそれを妨害してくれるからな。
それに、不思議とこいつは逃げたりするようには思えないんだよな。
世間的には恐ろしい魔物、ブルホーンなのだろうけど、俺にはそのような恐怖心は抱けなかった。
「まあ、いいや。お互いまだ短い付き合いだけど頑張ってやっていこうな」
俺は草を食み続けるブルホーンを撫で続けた。
◆
ブルホーンの世話が終わると、魔物の捕獲に行くことを考慮して、魔法騎士の頃から愛用していた剣を装着する。
その後、作業着から動きやすい服装に着替えて、昨日と同じように馬に乗って村へ向かう。
今日はリスカのポニーに合わせる必要がないからか、十分ちょっとで着いた。
昨日と同じように久しぶりに会った人達に挨拶をしながら、我が家を通り過ぎて村の中心地にある村長の家へ。
「おお、アデルか。本当に大きくなったな」
一際大きい家の扉をノックすると、村長であるグリンドさんが出迎えてくれた。
人の良さそうな顔をした茶髪の髪をしたおじさんである。
九年前よりシワが増え、前髪が少し後退している気がする。
そこを突っ込みたくなったが、将来は自分もどうなるかわからないので黙っておくことにした。
「お久しぶりです、グリンドさん」
「こんなところで話すのもなんだ。中に入ってくれ」
「はい、お邪魔します」
グリンドさんに促されて家の中へ。
廊下から奥へと進み、小綺麗なリビングに入る。
隣には広い部屋があり、そこには小さな机がいくつも並んでいた。
「懐かしいですね。俺もあそこで勉強していました」
この村に住んでいる子供は、定期的に村長の家で簡単な計算や文字の読み書きを習う。
そこまで高度なことがマスターできるわけではないものの、自分の名前や簡単な文字くらいは書けるようになるので、子供への影響は思った以上に高い。
「そうだったね。アデルは見た目の割に勉強が得意だったからよく覚えてるよ」
「ちょっと、見た目の割には、というのは不要じゃないですか?」
「ははは、ごめんよ」
俺が抗議の視線を送るも、グリンドさんは紅茶の用意をしながら軽く笑い飛ばす。
発言自体を撤回するつもりはないようだ。
まあ、今も昔も俺の顔は利発そうではないから仕方ないのかもしれないな。
それにしても懐かしいな。俺とリシティアがここに並んで座っていたっけ。
「紅茶の用意ができたよ。こっちのソファーに座ってくれ」
小さな机を撫でて昔を思い出していると、グリンドさんが紅茶を持ってきてくれた。
俺は思い出に浸ることを止めて、グリンドさんの対面に腰を下ろす。
「すまんね。妻は出かけているから僕の作った紅茶だよ」
「ああ、俺はそこまで味を気にしないので」
グリンドさんに礼を言ってから、俺はティーカップを手に取る。
「おお、騎士になるとそういうことも学ぶのかな? 綺麗な所作じゃないか」
「……ああ、つい癖で」
グリンドさんに言われるまでまったく気が付かなかった。
紅茶の飲み方も作法の一つとして団長に教え込まれたからな。
あの人、一応貴族だからそこら辺はかなり厳しかった。
そのせいか身体に所作が染みついてしまっている気がする。
礼儀作法なんて無縁な場所でまで気取らないといけないなんてバカらしい。少しだらしなくしてみる。
しかし悲しいかな。逆にその方が落ち着きを感じない。
何かとても悪いことをしているような、そんな罪悪感を覚えてしまった。
まあ、無理に矯正することもない。しばらくここで過ごしていたら自然に慣れてくるだろう。