夏の魔物牧場
エルミーナが魔物牧場を去ってから一ヶ月。
季節は春から暑い夏へと移り変わっていた。
早朝にもかかわらず暑さを感じるこの季節は、魔物達もへばりがちだ。
日差しを好む魔物達も、木陰や家の裏なんかの陰地に避難している。
夏の暑さに魔物がどれだけ影響を受けるかわからないので、できるだけいい環境で過ごさせてあげないとな。
「リスカ、タライに水を張るから運ぶのを手伝ってくれー」
「わかったー!」
木陰にいるモコモコウサギの様子を見ているリスカを呼んで、家の中から大きなタライを運び出すのを手伝ってもらう。
「おっ、ちょっといいことを思いついたぞ」
その際にあることを思いついた俺は、魔物達にさらなる涼を提供するため、冷蔵庫にいるアイススライムを取り出そうと扉を開ける。
ところが、その中にアイススライムの姿はなかった。
おかしい。暑さ嫌いのアイススライムは夏になってからずっと冷蔵庫の中で過ごしており、自分から出るなんてことは絶対にあり得ない。
「……となると、犯人はレフィーアか!」
俺は二階に駆け上がって、容疑者の部屋に入る。
「あーっ、この季節はアイススライムが手放せない季節だぁ……」
すると、部屋の中にはアイススライム三匹に頬ずりしながら奇声を上げるレフィーアがいた。
「……おい、一匹ならまだしも三匹とも占有するとはどういうことだ!」
「はっ! アデル! これは仕方のないことなんだ! こいつらが冷気を振りまいて、私を誘惑するのがいけないんだ!」
「わけのわからないことを言って。アイススライムは他の魔物のために使うから没収だ」
言い訳をするレフィーアから、俺は問答無用でアイススライムを取り上げる。
「ああっ、そんな! せめて、一匹だけでも置いていってくれ!」
「ダメだ。魔物の数のほうが多いんだから魔物が優先だ」
社長のくせに、涼をとる方法に気付いていながら自分だけで独占するとは悪い奴だ。
レフィーアからひんやりとしたアイススライムを取り返した俺はそのまま外に出る。
「あっ! もしかして、水の中にアイススライムを入れるの!?」
「そういうことだ」
察しのいいリスカの言葉にニヤリと笑って返事。
タライの中に水を入れるだけでも十分に涼しいが、そこにアイススライムが入れば水の冷たさは長続きするからな。
木陰に置かれたタライの中央にアイススライムを一匹ずつ設置し、そこに水魔法で冷たい水を入れていく。
試しに手を突っ込んでみると、タライの水はアイススライムのおかげでひんやりとしていた。
「わっ、冷たくて気持ちいい! みんなこっちにおいで! とっても冷たい水だよ!」
リスカがはしゃぎながらそう言うと、興味を示したピッキーとモコモコウサギ、スラリン達が続々と近寄ってくる。
好奇心の強いピッキーが恐る恐る水の中に耳を入れると、そのフワフワな毛を逆立てた。
「ピキ、ピキピキ!」
それから何かを訴えるかのように大声で鳴き、ジャンプしてタライの中に入ってしまった。
ピッキーの大声でタライの水が冷たいと理解したのだろう。
モコモコウサギ達が我先にタライへとジャンプ。
冷たい水の中に入ったピッキーやモコモコウサギは、水に浸かるととてもリラックスした表情を浮かべる。
「ふむ、やはりモコモコウサギは暑さに弱いみたいだな」
そんな光景を見て、いつの間にか外に出てきていたレフィーアがメモを取る。
先ほどまで暑さでへばっていたくせに、魔物のこととなると平気になるらしい。
相変わらずレフィーアの感覚はわからないな。
「それにしてもモコモコウサギ達、とっても気持ちよさそう」
「ああ、見ているこっちも入りたくなるな」
それほどまでにモコモコウサギ達の表情はリラックスしたものだった。
「おい、アデル。暑いぞ。我にも冷たい水をよこせ」
そこにフォレストドラゴンがやってきて、いつものように図太く要求をしてくる。
「はいはい、わかったよ」
さすがにフォレストドラゴンが入れるほどのタライなんてあるわけがないので、水魔法を発動してそのままかけてやることにした。
「おおお! これは中々冷たくて心地いいな!」
水をぞんざいにかけられて怒るかもしれないと思ったが、本人は気にすることもなく嬉しそうにしている。植物系のドラゴンだから水をかけられることに抵抗がないのかもしれないな。
「にしても、もうすっかり夏だね」
「そうだな」
「……エルミーナ、魔法祭に出場できたのかな?」
「わからないが、王都の魔法祭はもう終わっているだろうな」
魔法祭は毎年、夏が本格化する前に行われている。
今は夏真っただ中なので、とっくに魔法祭は終わっていることだろう。
「エルミーナがいなくなってから牧場が静かに感じてしまうな」
「うん、そうだね。ちょっと寂しいや」
エルミーナがいたころは毎日がなにかと騒がしかったからな。
寂しく感じているのは俺達だけでなく、きっと魔物達もそうだろう。
「ウォッフ! ウォッフ!」
青い空を見上げながらそんなことを思っていると、ベルフが来客を告げる声を上げた。
「あ、誰かミルクでも買いに来たのかな?」
「いや、さすがに暑い中、ここまで買いに来る客はいないだろう」
俺も無言でレフィーアの意見に納得する。
だとしたら、やってきたのは誰だろう。
気になって三人で入り口に向かうと、そこには見慣れない行商人がいた。
「あの、ここがリフレット村の魔物牧場であっていますよね?」
「はい、そうですが?」
「よかったー、実はクロイツ家のご令嬢からお手紙を預かっておりまして、それを届けに来たのですが……」
そう言って、行商人はカバンの中から一通の手紙を取り出し差し出す。
手紙にはクロイツ家を示す紋章が刻まれていた。
「もしかして、エルミーナからの手紙かな!?」
「ああ、そうだな。この紋章は間違いない」
クロイツ家令嬢の手紙と聞いて、リスカが興奮した声を上げて、レフィーアが冷静に肯定する。
「では、確かにお渡ししましたから」
「ああ、ありがとう」
行商人は手紙を渡すと、さっさと牧場を後にしてしまった。
しきりにベルフに怯えの視線を送っていたので、魔物が怖かったのだろう。
「ねえねえ、早く手紙を開けてよ!」
「ああ、わかった。今開くから……」
リスカに急かされる中、俺はその場でエルミーナの手紙の封を開けた。
こんにちは、エルミーナです。
なんて丁寧な挨拶の言葉なんて、あなた達には不要よね。
この手紙がそっちに届いているのは、夏の終わりくらいかしら?
夏の暑さで牧場の魔物達がへばってないか心配だわ。モコモコウサギとか温かい毛皮を纏っているし、夏の暑さには弱そう。
ブルホーンなんかは暑さでイライラして、アデルに八つ当たりでタックルなんかをかましているかもね。
でも、スラリン達は平気そうだわ。だって、彼らに温度は関係なさそうだもの。
って、あんまり魔物の話ばかりしていたらあっという間に手紙が埋まっちゃいそうだから、この辺にしておくわ。
えっと、その……お世話になったことだし、わたくしの近況を報告しようと思ってね。
結果から言って、魔法祭に出場することはできたわ。
予選を勝ち抜くことができたのはアデルのおかげよ。
あなたの意地の悪い戦い方のおかげで、予選は驚くほど簡単に勝つことができたわ。
でも、本選に出場する選手には通じなくて、二回戦で負けちゃった。
やっぱり、どれだけ優秀な人に教わっても、一ヶ月の努力じゃ体力的にも技術的にも限界があるってことね。
だけど、今回の出来事はわたくしの中で大きな自信にもなったから、この結果にへこたれずに精進することにするわ。
魔法祭についての報告はこんな感じなのだけど、少しだけ変わったことがあったの。
魔法騎士の団長であるカタリナ様がわたくしに声をかけてくれたのよね。
なんだか戦い方が、ある奴と似てるって言われたから、元魔法騎士のアデルって人に教えてもらったと言ったらとても懐かしんでいたわ。
それでアデルっていう共通点があったおかげで、今度稽古をつけてもらえることになったの!
実力としてはまだまだだろうけど、伸ばせるところがあるかもって……。
これって魔法騎士としての道が少し開けたってことでいいのかしら? だって、魔法騎士団の団長に稽古をつけてもらえるなんて、普通じゃあり得ないことよ!
団長と仲のいいアデルには感謝の気持ちでいっぱいだわ。
それと、フォレストドラゴンの枝葉のおかげでお婆ちゃんの体調も良くなったのよ。
フォレストドラゴンには改めて礼を言わないとね。
最後にリスカ、ごめんね。学園の授業をかなり休んだから、今年いっぱいはそっちに遊びに行くことができなそうなの。
でも来年には必ず遊びに行くから、その時まで待っていてね!
勿論、王都に来る用事があれば、いつでも街を案内するし屋敷にも招待してあげるわ。
だから王都に来ることがあれば必ず声をかけてよね、絶対よ!
―――エルミーナより
「おいちょっと待て。私に対してだけまったくコメントがないぞ?」
「そんなことはどうでもいい! くっそ、どうしよう! 団長に俺の居場所がバレた!」
エルミーナとカタリナ団長の出会いを心底残念がる俺。
人材スカウトで魔法祭に行った際に見覚えのある戦法で戦うエルミーナを見て、きっと嗅ぎつけたのだろう。相変わらず、勘の鋭さは昔のままだな。
マークには死んでも口を割らないように男の約束をしてもらったというのに、半年もしないうちに俺の居場所がバレてしまった。
「にしても、エルミーナ、本選まで出場できたんだって! すごいよね!」
「ああ、本選に出場するには学内予選を勝ち進まなければいけないからな。彼女の努力が実ったということだろう」
確かにそうだな。悲観する出来事もあったが、それを上回る大きな出来事を聞けた。
色々と思うところはあるが、今はそれで満足するべきだろう。
「今度は俺達がエルミーナを驚かせてやりたいな」
「うん、魔物の種類や数をたくさん増やして、今度遊びに来たときに驚かせてあげよう?」
「ああ、そうだな」
俺達の魔物牧場はまだまだ始まったばかりだ。
これからもっと魔物の数を増やして、魔物達と共生できる方法を模索していこうと思う。
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