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元魔法騎士のちょっとした稽古 2


「ねえ、今度は剣術を教えてよ」


 エルミーナが牧場で働くようになって二週間。


 仕事の合間に魔法の稽古をつける日々を過ごしていたが、今度は剣術を教えろと昼の休憩時間にせがんできた。


「アデル兄ちゃんとエルミーナが剣の勝負をするの!? あたしも見てみたい!」


 エルミーナだけでなく、傍で休憩していたリスカも剣術を見たいと要求してくる。


「少し見てやるけど、そのせいで午後の仕事でへばらないでくれよ?」

「大丈夫よ! この二週間でわたくしも大分体力がついてきたんだから! 少しなら問題ないわ!」


 まあ、エルミーナに体力がついてきたのは事実だ。


 最初は半日ももたなかったのだが、最近では休憩時間に魔法の稽古を行いながら、夕方までの飼育員としての仕事もこなせている。体力や筋力もついてきたことだし、少しくらい剣術を教えてもいいだろう。


 素振りとして使っている木剣を使い、エルミーナと立ち合い稽古をやってみることにする。


 外に出て、魔物達の寄ってこない広い場所に移動。


 牧草の上ならば、いくら転がしても相手を怪我させる確率は低いので大丈夫だろう。


「エルミーナ、頑張ってー!」

「ええ、見ていてちょうだい。日頃の恨みを込めて、アデルをぼこぼこにしてやるわ!」


 遠くに座って見学しているリスカに応援され、エルミーナは力強く木剣を掲げて返事した。


「俺ってば、そんなにエルミーナの恨みを買うことをしたかな?」

「飼育員としてこき使われてるし、魔法の稽古でもねちっこく言われてるから、たくさんあるわ」

「いや、それはどっちもお前から願ったことだろう」

「それとこれとは話が別なのよ」


 俺は上司として、そして師匠として、やるべきことをこなしただけなのに。


 そりゃ、エルミーナの反応が面白くてからかったりすることは多いが、そこまでの恨みを持たれる筋合いはない。


 ……これが上に立つ者の苦悩というやつだろうか。


 なんてことを思いながら、俺は前方七メートルほどの距離にいるエルミーナを観察。


 木剣を持つエルミーナの姿は、それなりに綺麗な構えをしている。


 魔法騎士を目指しているだけあって、剣術も少しは学んでいたのだろう。


「とりあえず、今の実力を見たい。いつでも打ち込んできていいぞ」

「わかったわ。それじゃあ、遠慮なくいかせてもらうわ」


 俺がそう言葉をかけると、エルミーナは先手必勝とばかりに距離を詰めてきた。


 迷いのない動きであるがかなり直線的で、エルミーナはフェイントを仕掛けてくることもなく剣を振るってくる。


 俺はエルミーナの振るってくる木剣を受け流し、弾き、身体を動かして避ける。


「もう! どうしてこんなに当たらないの?」

「まあ、基本の型をなぞっているだけじゃ軌道がバレバレだからな」


 エルミーナの型は王国の騎士にもよく見られる一般的なものだ。


 それを身体に覚えさせて、その通りに振るっているのだろう。


 エルミーナの振るう剣は、そんなことが容易に想像できるほどに単調だ。


 型はあくまで基本であって実戦的なものではない。


「じゃあ、どうすればいいのよ?」

「型はあくまで剣を振るう上での基本。その動作を取り入れた上で、その時に合わせて昇華していかないと。常に同じパターンで剣を振るっても無意味さ」


 エルミーナを力で押し退けて後退させると、今度はこちらから距離を詰めて斬りかかる。


 構えて視線を向けてくるエルミーナの一挙手一投足を観察して、その死角になる場所から、視線や体の向きでフェイントを入れながら木剣を振るう。


「えっ、あっ、ちょっと!?」


 特別な力や速さなんてものはない。エルミーナと同じくらいの剣速で振るっている。


 彼女との違いは、相手の状態に応じて最適解な剣を振るっているかどうか。


 攻守が入れ替わるとエルミーナは面白いくらいにフェイントに引っかかる。


 そして対応できずに木剣が弾かれ、柔らかな牧草の上に転がった。


 その瞬間、見ていたリスカからぱちぱちという拍手の音が上がる。


「そんな上辺だけの剣じゃなくて、もっと相手を観察して嫌がることをやらないと」

「……ねえ、思っていたんだけど、アデルって結構性格が悪いわよね?」

「ほら、休憩時間はまだまだあるぞ。早く剣を拾って構えろ」

「ちょっと、なんか怖いわ! そんなに怒らなくてもいいじゃない!」


 別に俺は怒ってなんかいない。


 ただやる気のあるエルミーナに付き合って、剣の稽古をつけてあげてるだけだ。



      ◆



 その後もエルミーナは、牧場で働きながら俺から魔法や剣術の稽古を受ける日々を続けていた。


「ピキー!」

「モコモコウサギが脱走したぞ!」


 今日はモコモコウサギの毛皮を洗浄してあげる日。


 そのうちの一匹が洗浄を嫌がってタライから脱走してしまった。


 泡を纏いながら牧草の上を転がっていくモコモコウサギ。


 せっかく途中まで洗ったというのに、土やら藁やらを纏ってしまって台無しだ。


「リスカ! 追いかけるわよ!」

「わかった! あたしが先回りして進路を塞ぐ!」


 俺が悲嘆に暮れている間に、傍でスラリンの観察をしていたエルミーナとリスカが即座に動き出す。


 リスカは自慢の脚力で転がって逃げるモコモコウサギの進路に先回り。


 一方、障害物に進路を塞がれたモコモコウサギは逃げる方向を切り替えるために慌ててジャンプ。


 だが、その先にはあらかじめ動きを予測していたエルミーナがおり、モコモコウサギは彼女の胸元に自ら飛び込む形になった。


「捕まえたわ! 今度こそは毛皮を綺麗に洗ってもらうのよ!」

「ピキー!?」


 抱えられたモコモコウサギが暴れるが、エルミーナはがっちりとそれを掴んで逃がさない。


「ほら、アデル。今度は逃がさないようにしなさいよ」

「お、おお。ありがとうな」


 エルミーナはそう笑うと、俺にモコモコウサギを押し付けてスラリンの観察に戻った。


「エルミーナもすっかり魔物牧場の飼育員だな」


 半ば呆然とした状態でエルミーナの背中を見送っていると、のっしのっしとフォレストドラゴンがこちらにやってくる。


「おーい、アデル。そろそろ鱗の汚れが気になる。ブラッシングをしてくれ」

「ちょっと待ってくれ。今はモコモコウサギの毛皮を洗っているから後でいいか?」


 こうやってフォレストドラゴンと会話している間にも、モコモコウサギは再び脱走を図ろうとしていたので泡の入ったタライに投入。


「ピギイッ!?」

「いい加減、観念しろ」


 悲痛な鳴き声を上げるモコモコウサギ。


 だが、俺は容赦なく強引に押さえて手で丁寧に洗っていく。


 こいつは前回も洗浄から逃げたからな。いくら可愛いモコモコウサギといえど、飼育員として見逃せないのだ。


 心を鬼にして俺はモコモコウサギの毛皮や耳の裏まで細やかに洗っていく。


「むう、我は今すぐにやって欲しいのだがなぁ」


 ところが、フォレストドラゴンはこちらの都合などお構いなしにブラッシングを要求。


 さすがに俺も脱走ウサギを相手しながらブラッシングをすることはできない。


「だったら、わたくしがしてあげるわ。ブラッシングでしょ?」


 フォレストドラゴンの要求に困っていると、スラリンの観察をしていたエルミーナが手を上げた。


「……お前にやれるのか?」


 以前、ブラシもロクに持てなかった時からエルミーナはフォレストドラゴンのブラッシングを一度もやっていない。


 だからこそ、フォレストドラゴンは疑念の眼差しを向ける。


「そう思ったから手を上げているの」


 しかし、エルミーナはその迫力ある眼差しに退くことなく、自信に満ちた態度でそう告げた。


「……やれるのであれば誰でもいい。さあ、さっさとやれ」

「ブラシを取ってくるからそこで待っていて」


 エルミーナはそう言って、厩舎の中にある特注ブラシを持って戻ってくる。


 それから寝そべるフォレストドラゴンの体の右側をブラシでゴシゴシと擦っていく。


「力加減はどうかしら?」

「……もう少し強くやってもいい」

「これくらいならどうかしら?」

「おお、おー!」


 エルミーナがさらに力を込めてブラッシングをすると、フォレストドラゴンは嬉しそうな声を漏らした。


 フォレストドラゴンとしては、エルミーナがまだまだだといびってやるつもりだったのだろう。


 だが、あのような声を漏らしてはそうは言えない。


「……どう?」

「……続けろ」


 エルミーナの問いかけに、フォレストドラゴンはどこか観念したように目を閉じて言った。


「ククク、まさか一ヶ月程度でここまでたくましくなるとはな」


 俺の感慨深い気持ちを代弁してくれたのはレフィーアだった。


 気分転換に研究室から出てきたのだろう。白衣はシワシワで長い髪の毛もボサボサだ。


 最初は魔物に触れることすら苦手で悲鳴を上げていた貴族の少女。


 それが魔物達と触れ合い日々牧場の仕事をこなすことで、今では飼育員としてしっかり順応している。


 魔物にのしかかられて気絶したり、瓶の入った木箱やブラシが持てないひ弱な少女はどこにもいなかった。


「というか、適応能力高すぎないか? たくましくなりすぎだろ」

「これまで人に頼ることなく不安を抱えながら働いていたからな。誰かさんが目標への最適解を示してくれたから、安心して突き進むことができたのだろう」


 確かに、最初のエルミーナは誰かに頼ることもせずに、成し遂げることに向かって愚直に進んでいた感じだった。


 それが、頼ることのできる人を見つけたことによって余裕ができ、視野が広くなった。


 言葉にすると簡単かもしれないが、それは中々できることではない。


「別にそうでもないだろう。あれは本人の強い意思で成し遂げたことなんだから」


 ここまでエルミーナが心身共に成長できたのは、本人の努力があってこそだ。俺達の力なんて、きっときっかけに過ぎない。


「ウォッフ! ウォッフ!」


 来客を知らせるベルフの鳴き声。


 ベルフが吠える方向を見ると、遠くから馬車と馬に乗った護衛が見えた。


 その来客が誰宛てなのかは、ここにいる全員が理解している。


「どうやらお迎えが来たみたいね」


 エルミーナが言っていた期限の一ヶ月。今日がその日だからな。


 クロイツ家の馬車が牧場の前で止まると、御者席に乗っていた初老の男性が降りてこちらに声をかける。


「……お嬢様」

「わかってる。別れの挨拶をするから、あの建物の二階にあるわたくしの荷物を片付けておいてくれる?」

「かしこまりました」


 エルミーナの指示を受け空気を呼んだのか、初老の男性だけでなく護衛の人も家の中に入っていった。


「エルミーナ、やっぱり帰っちゃうの?」

「ええ。残念だけど、もうすぐ魔法祭の予選が始まってしまうの」

「そうだよね。エルミーナが魔法騎士になるための大事な催しだもんね」


 そう納得してみせるリスカであるが、その瞳にはうっすらと涙が滲んでいた。


「泣かないでリスカ。別に一生会えなくなるってことでもないんだから。また時間を作って、ここに顔を出すから。いいわよね、レフィーア」

「ああ、飼育員として働いてくれるならいつでも歓迎だ。その作業着もくれてやる」


 エルミーナの問いかけにレフィーアはしっかりと頷く。


「絶対だよ!? 絶対またここに来てね」

「ええ、約束よ」


 手を握り合って約束を交わすリスカとエルミーナ。


 平民と貴族という全く立場の異なる二人であるが、この一ヶ月寝食を共にすることで大きな友情を紡いだようだ。


 そんな二人の友情を微笑ましく眺めていると、エルミーナはこちらに向き直る。


「あなたには本当に迷惑をかけたわね」


 確かにそうだな。エルミーナが起こした失敗や頭の痛い出来事などが鮮明に思い出される。


「こんなわたくしに丁寧に教えてくれてありがとう。迷っていたわたくしに道をくれてありがとう。あなたが教えてくれたことを教訓にして、わたくしは王都でも頑張るわ」


 こんな風に直球で礼を言われると恥ずかしいな。


 エルミーナ相手なのに妙に気恥ずかしくなる。


「いいや、ここまで頑張れたのはエルミーナ自身の強さだ。俺は少し後押ししただけだしな。魔法騎士の道のりは遠いし険しいけど、諦めないように」

「ええ!」


 俺の言葉に笑顔で返事すると、エルミーナは背中を向ける。


「おい、小娘。我の枝葉はもういらないのか?」


 ああ、確かにそうだ。エルミーナは枝葉が必要で働いていたのだ。


 フォレストドラゴンに頼まなくていいのだろうか。


「ええ、必要ないわ。わたくしは自分の努力で実力をつけて魔法騎士になってみせる。仮に枝葉の力でスカウトされるようなことがあっても、きっとお婆ちゃんは喜ばない気がするから」

「そうか……」


 エルミーナの決意の籠った言葉を聞くと、フォレストドラゴンは神妙に頷いて背中を揺すった。


 すると、背中に生えている枝葉がポキッと折れてエルミーナの目の前に落ちた。


「えっと……わたくしはいらないと言ったのだけど?」

「それはあくまでお前の言い分であって我には関係ない。この一ヶ月間、お前は必死になって我を含む魔物達の世話をしてくれた。正当な働きをした以上、報酬を与えるのは当然のことだ」


 そこに付け加えるように「人間の世界ではな」と言うフォレストドラゴン。


 態度こそ、つっけんどんなものであるが、何だかんだエルミーナの働きぶりを評価したようだ。


「それでもこれを使うことは……」

「確か、お前の祖母は体調が悪いのであろう? 我の枝葉には高い薬効がある。杖にせぬというのなら薬にするなりすればいい」

「――っ! あ、ありがとう……」

「正当な報酬だ。礼はいらぬ」


 深く頭を下げて礼を言うエルミーナに気恥ずかしさを覚えたのか、フォレストドラゴンは用は済んだとばかりに去っていった。


 そうだったな。フォレストドラゴンの枝葉には薬効もある。


 体調の悪いエルミーナのお婆ちゃんに与えれば、元気になるかもしれないな。


「お嬢様、荷物の準備が整いました」


 お別れの挨拶を交わしていると、家の中からエルミーナの荷物を持った男性と護衛が現れた。


 どうやら時間のようだ。


 みんなで馬車のところまで移動し、初老の男性が扉を開けてエルミーナが馬車に乗り込む。


 するとエルミーナは、すぐに窓を開けて顔を出してくれた。


「みんな、本当にありがとう! またここの仕事を手伝いに来るから、それまでにもっと魔物を増やしておくのよ!」

「ああ、エルミーナが戻ってくるまでには施設も拡張して、魔物の種類ももっと増やしておくさ」

「また来てね! エルミーナ!」

「魔法騎士になれなかった時は、魔物牧場の飼育員になるといい!」

「ちょっと! 縁起でもないこと言わないでよね!」


 エルミーナと俺達の別れの会話は、最後までいつも通りだった。


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