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疲労の見える三日目


 エルミーナがやってきて三日目の早朝。


 彼女は今日もリスカと一緒に、台所でモコモコウサギの餌を用意していた。


「おい、大丈夫か?」

「……え、ええ、わたくしは大丈夫よ」


 などと返事はしているが、エルミーナの顔色は昨日と同様にあまり良くない。


 やはり、連続で慣れぬことをしたせいで疲れているのだろう。


 それに動きだってところどころぎこちなく、筋肉痛も重なっているようだ。


「――っ!?」

「大丈夫ですか? エルミーナ様」


 左指を押さえるエルミーナを心配するリスカ。


 昨日でコツを掴んで少し慣れたはずなのに、また指を切ってしまったようだ。


「大丈夫。今ので目が覚めたわ。包帯だけ貸してくれる?」

「は、はい」


 あまり心配をかけないようにしているのか、エルミーナはそれでも毅然とした態度を崩さない。


 今のところ倒れるような様子はないが、どことなく怠そうだ。


 一日目、二日目は精神力で何とかカバーしていたのかもしれないが、三日目ともなるとそれも厳しくなってくる。


 フォレストドラゴンの枝葉が欲しいという気持ちに身体は追いついていない。


 騎士団や魔法騎士団に入団してきた新人も、脱落者が出るのは三日目からだった。


 今日がエルミーナにとってもっとも正念場になるような気がした。



      ◆



「エルミーナ、昨日回収したミルク瓶を洗ってくれるか? 玄関に置いてあるから」

「……わかったわ」


 モコモコウサギの餌やりを終えたエルミーナに、俺は空になったミルク瓶の洗浄を頼む。


 すると彼女は返事をして玄関に向かう。


 モコモコウサギの世話は特に問題なくこなせていたので大丈夫だろう。


 そう俺が呑気に考えていると、玄関のほうから甲高い破砕音が聞こえた。


 嫌な予感がした俺は、急いで玄関に向かう。


 すると、そこには膝をついているエルミーナの姿があった。


 その周りには、木箱から落ちて割れた空き瓶の破片が散乱している。


「大丈夫か!? 怪我はないか?」

「ええ、ちょっと玄関の段差で転んだだけだから」


 エルミーナはそう言うが、また強がっているだけかもしれない。


 慎重にエルミーナを確認してみるが、特に怪我らしい怪我は見当たらなく、とりあえず安心する。


「それよりもごめんなさい。瓶を割ってしまったわ」


 申し訳なさそうに言って、瓶の破片を拾おうとするエルミーナ。


「バカ、そのまま拾ったら指を切る。ここは俺が片付けておくから、リスカの仕事を手伝ってくれ」

「…………わかったわ」


 そう言ってエルミーナをリスカのところに追いやる。


 その時のエルミーナの表情は悔しそうなものだった。


 きっと思うように作業ができない自分に苛立っているのだろう。


「おーおー、派手に失敗をかましたな、お嬢様は」


 木箱を外に出していると、音を聞きつけてやってきたのかレフィーアが呑気に笑う。


「心身共にキツくなるのは三日目だからな。あのお嬢様がしっかりとやれるか見物だな」


 レフィーアは楽しそうにそう言うと、俺の作業を手伝うでもなく二階に上がっていった。


 おいレフィーア、ここまで来たのなら割れた瓶の回収くらい手伝ってくれてもいいと思うのだが。


 まあ、なんだかんだ言って、レフィーアもエルミーナのことを気にかけているみたいだし、そこは不問にしてやろう。



 そんな俺とレフィーアの心配は見事に的中し、エルミーナはその後も失敗を重ねていった。


 買い付けた魔物の食材を落としたり、俺が搾ったブルホーンのミルクが入ったバケツを倒してしまったり、モコモコウサギに与える餌を間違えたり……被害の大小関係なく失敗が続く。


 その度にリスカはフォローの言葉をかけるのだが、プライドと責任感の強いエルミーナはそれを鵜呑みにしたりしない。


 失敗すればするほど、次は挽回しようと空回り。


 結果としてリスカや俺の手を余計に煩わせてしまうという悪循環に陥っていた。


 そんなエルミーナの頭を冷やさせるために、俺は少し早めに休憩時間をとることにしたのだが……何やらエルミーナが思いつめた表情で俺に声をかけてくる。


「ねえ、失敗ばかりしていながら頼むのもおこがましいのだけど、フォレストドラゴンのお世話をさせてくれない?」

「フォレストドラゴンの?」

「そうよ。そもそもわたくしは、フォレストドラゴンのお世話を完璧にこなして、認められる必要があるの。だったら、フォレストドラゴンに関する仕事をこなすのが一番だわ」


 フォレストドラゴンが言った条件は、俺やリスカと同じレベルで飼育員としての作業をこなすことであり、別にフォレストドラゴンのお世話だけができればいいということではない。


 エルミーナを落ち着かせるために休憩時間をとったのだが、まさかこうも考えが飛躍するとは。


 とはいっても、今の鬼気迫った様子のエルミーナに、それを諭してやっても納得はしてもらえなさそうだな。


「……わかった。そこまで言うならやらせてあげるよ。ひとまず休憩が終わったら――」

「今すぐでいけるわ」


 俺が言い切る前に、エルミーナはそう告げてみせる。


 思わずため息をつきたくなるが、ここまでやりたがっているのだ。ここはとことん好きにやらせてあげよう。


「わかった。じゃあ、付いてきてくれ」


 ため息を我慢した俺は、エルミーナを連れて厩舎の中へ。


 厩舎の倉庫の壁にかけてある特注ブラシを手に取って、エルミーナに渡す。


「な、何これ! 重っ!」

「これはフォレストドラゴンの鱗を磨くために作った特注のブラシだ。今からそれでフォレストドラゴンの鱗を磨いてもらう」

「これがブラシ? どう見ても先端についているのは棘なんだけど……」

「ああ、フォレストドラゴンの鱗は硬いからな。それくらいの強度があるものじゃないとダメなんだ」

「そうなんだ」

「ちなみにハリボーの棘を使っているから注意してくれ。今回は切り傷じゃ済まないぞ」

「え、ええ、わかったわ。これでフォレストドラゴンを磨いてみせればいいのでしょ!」


 俺の真剣な口調での注意にたじろいだエルミーナだが、枝葉のために奮起して持ち上げてみせる。


 だが、それは両手で持ち上げるのが精々といったところで、力を入れてフォレストドラゴンの鱗を磨くのは難しいだろう。


 それでもエルミーナのやりたいようにやらせるために、フォレストドラゴンの下へ。


「フォレストドラゴン、ちょっと鱗を磨くぞ」

「それは構わんが、その小娘がやるのか?」


 ブラシを持っているエルミーナを見て、フォレストドラゴンは怪訝な声を上げる。


 フォレストドラゴンが不安に思うのも仕方がない。エルミーナはブラシを持ってここにたどり着くまでに、既に相当な体力を消耗しているのだから。


「エルミーナを焚きつけたのはお前なんだ。ちょっとくらい審査してやれ」

「しょうがないな。この小娘がどれほどのものか見てやろう。とはいっても、これまでの仕事ぶりから予想はできるがな」


 エルミーナに聞こえないように小声で頼み、受け入れてもらうことになる。


「ほれ、小娘。早速、我の世話をこなしてみろ。鱗についた汚れや間に詰まった汚れをしっかりと落とすのだぞ」

「ええ、任せなさい!」


 フォレストドラゴンにそう言われて、エルミーナは奮起してブラシを擦りつける。


 しかし、その動きは酷く緩慢で力強さもまるでない。


 案の定、フォレストドラゴンは微妙な顔をしていた。


「もっと力を込めぬか。それでは表面の汚れを落とすことすらできんぞ」

「これでどうよ」

「もっとだ」


 エルミーナが持てる限りの力を込めるが、それでもフォレストドラゴンはぬるいと一蹴。


「何をやってるのだ。そんなひ弱な力加減では表面にある埃を払うことしかできん。アデルと代われ」

「そ、そんな……」


 フォレストドラゴンにそう言われてしまい、呆然とするエルミーナ。


 そんなエルミーナからブラシを貸してもらい、俺はフォレストドラゴンの鱗を擦る。


「お、おおー! さすがはアデル。いい力の込め具合をしている。こびりついた汚れが落ちていくようだ! 何より気持ちがよいぞ」


 フォレストドラゴンにある鱗の隙間の汚れを落とすには、ある程度ブラシをしならせなければならない。


 そのためには結構な力を込める必要があり、エルミーナの力ではどうしても難しい。


「だったら、他のお世話は? 他にできそうなものなら何でもやるわ!」

「そうは言ってもお前は半人前にもならん腕前だろ? さすがに我の枝葉の剪定を頼みたくはない」

「じゃ、じゃあ、どうすれば、どうすればわたくしを認めてくれるって言うのよ!」

「だから言っているだろ。アデルぐらい働けるようになれば認めてやると。もっとも、こいつは幼少の頃から様々な物事のノウハウを叩きこまれているみたいだから、今からお前が並ぶには何年の月日がかかるかわからんがな」


 これまで何も見えていなかったエルミーナに、ここぞとばかりにフォレストドラゴンは現実を突きつける。


 俺やリスカは幼少の頃から動物と触れ合い、育ててきた。


 そのため必要な知識もあるし、仕事に携わっていたので身体だって鍛えられている。


 お嬢様育ちのエルミーナが、すぐにそこにたどり着くなど、そもそも無理な話なのだ。


 彼女には知識も経験も体力も熱意も……何もかもが足りない。


「そ、そんなのわたくしには最初から無理に決まってるじゃない! このバカ!」


 エルミーナはそう叫ぶと、流れる涙をぬぐいながら走り去ってしまった。


「我に向かってバカとはなんだ。さっさと枝葉なんぞ諦めて屋敷に帰ればいいものを」


 それをしたくないから、彼女はここに食らいついているんだろうな。


「アデル兄ちゃん、エルミーナ様を追いかけよう?」

「彼女を牧場内で一人にさせるのは心配だからな。社長としても見過ごせん」


 エルミーナのことが心配だったのか、隠れて見ていたリスカとレフィーアがそう言う。


「そうだな。少し慰めてやるとするか」


 今まであえて聞いていなかったが、エルミーナがここまでして枝葉を欲しがる理由というのも気になるしな。


 俺はリスカとレフィーアと共にエルミーナを追いかけることにした。


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