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二日目の仕事 3


 牧場から馬を走らせること十五分。


 俺とエルミーナはリフレット村の中心部にある集落にたどり着いた。


「ここがリフレット村で一番栄えている集落なのね……」


 馬から下りたエルミーナは視線を巡らせるなり、そう言葉を漏らす。


 その先の言葉は口にしていないが、表情が「何もないな」と語っていた。


「王都みたいにたくさん人が集まってるわけでもないし、店も少ないけど、これはこれでいいものだぞ?」

「……別に何も言ってないわ」


 エルミーナの思考を先回りして話しかけると、図星をつかれたのが嫌だったのか、不機嫌そうにそう言われた。


 馬から下りていつものように民家に面した道を歩いていると、俺と馬を見て気付いたのか女性達が声をかけてきた。多分、ミルクを買いに来てくれたお客だろう。


「ねえ、アデルさん。隣にいる女の子って新しい飼育員さん?」


 どうやらミルクよりも先に、いつもと違う飼育員が気になったようだ。


「はい、そうですよ。臨時でうちの牧場を手伝ってくれることになりまして」

「なるほど。じゃあ、その子がスライムまみれになって気絶した飼育員さんなのね」

「……はい?」


 笑顔の女性の言葉を聞いて、エルミーナが素っ頓狂な声を上げる。


 一体どうしてお前なんかが知っているんだとばかりの表情だ。


「一体どこでその話を……?」

「デルクさんが近くに寄った時にたまたま見たって言っていたわよ?」

「そ、それでどうしてあなた達が知ることになるのよ!?」

「まあ、落ち着けエルミーナ」


 いきり立って今にも飛びかからんとしているエルミーナを諫める。


「田舎は狭いから、こういった面白い話はすぐに広まるものなんだ」

「実はあなたもわたくしのことをバカにしてるわね?」


 ただ事実を告げただけなのに酷い誤解だ。別に俺が話を広めたわけでもないのに。


 田舎では娯楽といったものが少ない故に、このような退屈を紛らすようなエピソードはすぐに広まってしまうのである。


「おっ、アデル! 俺の瓶にミルクを入れて持ってきてくれたか!?」


 そうやってエルミーナを宥めていると、タイミングがいいのか悪いのかデルクさんがやってきた。


「誰?」


 そして、彼を直感的に黒と悟ったのだろう。エルミーナが確認するようにピンポイントで尋ねてくる。


「……さっきの話を広めた張本人」

「あなたが余計なことを話してくれたのね!」


 俺がそう言うと、エルミーナはズカズカとデルクさんに近付いて、見事なビンタをかました。


 頬を叩く乾いた音が響き渡る。


「いってー! 何すんだよ、この娘っ子は!」

「黙りなさい! 平民の分際でわたくしをバカにして!」

「こーらこら、気持ちはわかるがそれ以上引っ叩くのはダメだ」


 叩くだけでなく、貴族だとか口をすべらせると、今以上に面倒なことになるのでアウトだ。


 俺はなおもデルクさんを引っ叩こうとするエルミーナの襟首を掴んで引き戻す。


 一方のエルミーナは全く気が済んでいないようで「ぎゃーぎゃー」と喚いていたが、所詮は力のない少女なので抵抗はすぐに収まった。


「すまんな、おっさん。こいつはからかわれることに慣れてない奴でな」

「まあ、いいさ。こんな娘っ子に引っ叩かれたくらい何でもねえ――が……」

「さすがはデルクさん。こんなことは別に何でもねえよな! いやー、これを許すデルクさんは器がデカい!」


 デルクさんのことだから、許す代わりにブルホーンのミルクを無料でよこせとか言いそうなので、先手を打っておく。こう言っておけば、流す代わりにミルクを要求すると情けない奴だと思われるからな。


 こっちもエルミーナがからかわれて怒っているので、これで手打ちにしてもらおう。


「はい、頼まれていたミルク。銅貨一枚と青銅貨五枚になります」

「チッ、上手くやりやがったな」


 デルクさんから事前に受け取っていた瓶に入れたミルクを渡すと、デルクさんは素直に代金を渡してきた。


「これはまた元気な飼育員さんが入ってきたわね~」

「まったくだ。いきなりビンタされるとは!」


 村人とデルクさんが早速、今の出来事を楽しんで話している。


「エルミーナもこんなことで手を上げるなよ。今のお前はうちの飼育員ってことになってるんだから。お客様に手を上げるのはマズいだろ」


 リフレット村の村人は優しいから、これもまた笑い話にしてくれるだろう。


 しかし、それは本来やってはいけないこと。


「侮辱されたのに黙っていろと言うの?」

「面子を重んじる貴族なら舐められると困るかもしれないが、飼育員にそれは関係ない話だ」


 牧場の飼育員である以上は、貴族気分のままでやられてはこちらが困る。


 そう言うと、エルミーナは気持ち的に納得がいかないのか、そっぽを向いてしまった。


「ところで今日はブルホーンのミルクを売りに来たのよね?」

「ええ、そうです。空き瓶を持っていれば交換しますよ」


 俺がそう返事すると、談笑していた村人は家に戻り始めた。早速、家にある空き瓶を取りに戻ったのだろう。


 そんな光景を見て、俺はふと思う。


「家が近い人はいいけど、遠い人は取りに戻るのも大変だな」

「じゃあ、全員分の瓶を預かって、今日の俺みたいに渡すことにするか?」

「それもいいけど、全員が定期的に飲むわけでもないだろうしね。それにそれをしたらうちが家まで届けることになって大変そうだな」


 うちだって魔物の飼育で忙しい時もある。


 ミルク販売のために家を一軒ずつ回るにはどうしても時間と人手が足りない。


「そういうところは家が近所の奴とかに頼めばいいんじゃねえか?」


 確かに村人同士であれば、そうやって頼むこともできるだろうな。


 だが、それだと他人に迷惑をかけることになるし、絶対的な方法とも言いづらい。


「まあ、まだ販売して間もないし、販売の仕方はもう少ししてから考えてみることにするよ」

「それもそうだな。まずは少しでも安定した客を増やさないといけねえしな!」


 デルクさんは豪快に笑うと、ミルク瓶を抱えて去っていった。


「さて、もうすぐ村人が空き瓶を持って戻ってくる。俺達は木箱を開けて準備をするぞ」

「……わかったわよ」


 さっき叱ったことを少し根に持っているようだが、それで反発したり無視をしたりするほどエルミーナは子供ではないようだ。


 馬に乗せていた木箱を俺が降ろして、エルミーナがロープを解いていく。


 すると、家が近所だった村人が空き瓶を持って戻ってきた。


「ブルホーンのミルクと空き瓶と交換してちょうだい。それと気に入ったから、一本瓶付きのものを貰えるかしら?」

「ありがとうございます! 瓶との交換一つと、瓶付き一本なので合わせて銅貨三枚と青銅貨五枚になります」


 早速、空き瓶を持って戻ってきた女性。しかも、瓶付きを追加で買ってくれるとのこと。


 これはブルホーンのミルクを気に入ってくれた証なので、大いに嬉しいことだ。


「こっちも瓶を持ってきたから、交換してくれる?」


 俺がミルクと代金を交換していると、次々と空き瓶を持った村人が押し寄せてくる。


「エルミーナも応対をしてくれ。瓶との交換で銅貨一枚と青銅貨五枚。瓶売りで銅貨二枚だから」

「わ、わかったわ!」


 さすがにリスカのような手際の良さはないが、エルミーナは何とか村人にミルクを売っていき、一時間も経過しないうちに六十本のミルクは完売することになった。



 ブルホーンのミルクを全て売り終わった俺達は、空き瓶を入れた木箱を馬に括り付けて帰路へ。


 隣ではエルミーナの乗った馬が走っているが、それを操る本人は先ほどから酷く眠そうだった。


「……おい、エルミーナ。牧場までもうすぐだから寝るなよ?」

「え、ええ、わかってるわ。わたくしは寝たりにゃんか……」


 声をかければすぐに反応はするが、言葉はどこか舌足らずでかなり怪しい。


 少し放置すれば、途端に首をこっくりとさせてしまっている。


 揺れている馬の上で眠りそうになるとは器用な奴だ。


 それほどまでに昨日の疲労と、今日の仕事の疲れがきているのだろう。


 このままでは牧場にたどり着く前に落馬して怪我をしてしまいそうだな。


「ちょっと馬を休憩させるか」

「え、ええ」


 馬を走らせれば十五分の距離。その半分も行っていない距離で馬がへばるなんてことはあり得ないのだが、眠気に脳を支配されかかっているエルミーナは何も疑うことなく従う。


 俺が馬を止めて近くにある木陰に座り込むと、エルミーナも同じように座り込んだ。


 そして、そのままボーッとしているとエルミーナからスースーと寝息が漏れ出す。


 やはり身体が限界だったのだろう。エルミーナが深く寝入ったのを確認した俺は、彼女を背負いながら馬に乗り込みゆっくりと馬を歩かせた。


 エルミーナが乗っていたほうの馬は、片手で手綱を手繰り寄せて並列で歩かせる。


 馬を歩かせているので帰るのは少し遅くなるが、エルミーナのことを考えればこうするしかない。


 さすがに馬を二頭操りながら、眠っている人に配慮した走りはできないからな。


 こうして、いつもよりもゆっくりと牧場までの道を進んだ。


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