表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/81

やってきた貴族令嬢 1


「どうだ? 新しいブラシの心地は?」


 トレントの森に行ってから数日後。


 ルードに試作を頼んでいたハリボーの棘とトレントの木を使ったブラシ。


 それを受け取った俺は、早速とばかりにフォレストドラゴンの鱗を磨いてみた。


「うむ、これはいい。鱗と鱗の間にもしっかりと届いているおかげか、詰まっていた汚れもとれているぞ!」


 ブラシらしからぬ硬質な音を立てているが、当のフォレストドラゴンは気持ちよさそうに瞳を閉じていた。


 人間であれば、少し刺さっただけで怪我をするほどの鋭さを持つブラシであるが、強靭な鱗に覆われているフォレストドラゴンからすれば痛くもないようだ。


 大人の男である俺が力いっぱい込めて擦り付けても、鱗の表面についていた汚れが落ちるだけ。緑色に輝く鱗にはかすり傷の一つもついていなかった。


「お、おお、おおおおおおお! いいぞ、もうちょっと右、いや、左。そうそう、そこだ! ああ、気持ちいいのぉ……」

「すごいね、ハリボーの棘で擦っても痛くないんだ」


 ビクともしていないフォレストドラゴンを見て、リスカが心底驚いている。


 こうしてみると改めてこの生き物が規格外かを実感させられるようだ。


 まあ、日頃のアレな言動には触れないでおくとしよう。


「これで問題ないなら、正式に発注しようと思うんだが問題ないか?」

「ああ、今のところ問題ないぞ!」

「わかった」


 と、フォレストドラゴンのお墨付きも貰ったので、もう少し使ってみて問題がなさそうならまとまった数を発注しよう。


「とはいえ、リスカが使うには少し危ないな」

「あー、アデル兄ちゃんあたしを子供扱いしてるね? あたしだってちゃんと使いこなしてみせるよ!」


 でも、ハリボーの棘を使っているので、今までのブラシよりも格段に危険性は高いからな。


 下手に扱えば、自分に刺さって大怪我しかねない。リスカにこの作業をやらせていいのか迷うところだ。


「またアデルはそんな顔をして。心配し過ぎだ」

「……レフィーア」


 俺が思い悩んでいると、いつの間に傍にやってきたのかレフィーアが肩を叩いた。


「お前はリスカのことになると過保護になるな。そんなことを心配していたら彼女にナイフを持たせることもできないぞ? 少しはリスカを信頼してやれ」


 確かにそうかもしれない。リスカは真剣に魔物牧場の飼育員として働いてくれているのだ。その気持ちをないがしろにするのも失礼かもしれない。


 リスカだってもう子供じゃないんだ。ちゃんと信頼してやらないとな。


「わかった。リスカにも頼むよ」

「うん! 任せて!」

「ただ、リスカが使いやすいようにブラシは小さめにしてもらう」

「ええー? この流れでそういうこと言っちゃう?」

「ククク、アデルが過保護なのは変わらないな」


 俺の付け足した条件を聞いて、リスカががっかりし、レフィーアが苦笑する。


「過保護とかそういうんじゃない。ただ、従業員が安全に働けるように考えただけだ」

「まあ、そういうことにしてやろう」


 俺がきっぱりと告げるも、レフィーアはどこか含みのある返事をする。


 従業員の安全性を高めるのは上司としても当然だ。


「ウォッフウォッフ!」


 などと呑気に会話をしていると、ベルフが来客を告げる声を上げた。


 ベルフが見つめる入り口のほうに視線をやると、遠くからこちらにやってくる馬車の姿が見えた。


 そろそろ夕方だというのに、何事だろう。


「きれいな馬車だね。ここら辺ではあんまり見ない形かも」

「村人や旅商人でもないな。それらのものに比べると馬車の造りがしっかりとしすぎている。ここからでは紋章が見えないが、恐らく貴族のものであろう」


 リスカとレフィーアの言う通り、こちらにやってくる馬車はそこらの旅の馬車よりも豪奢。


 荷台が露出しているわけでも、ボロ布が被されているわけでもない。


 しっかりと箱のように覆われている上に、丁寧に窓までつけられていた。


 さらに馬車の周りには馬に乗った護衛らしき存在も。


 そんな馬車を乗り回す者などこの村にいるはずもない。


「ひとまず、入り口で出迎えることにしよう」

「そうだな」

「う、うん」


 ただの平民が降りてくるわけではないことは確かだ。


 俺達が入り口に向かって歩き出すと、それとなくベルフも付いてくる。


 三人で並んで待っていると、馬車がどんどんと近づいて紋章も見えるようになった。


「……クロイツ伯爵家か」

「え、ええ? 伯爵家!?」


 レフィーアの呟きに、リスカが驚きの声を上げる。


 無理もない。このような田舎の村にいれば、伯爵なんてものは天上の人なのだから。


「もしかして、レフィーアが頼んでいる出資者か?」

「いや、違う。あいつの性格なら事前に手紙の一つくらいよこしてから来るだろうしな」


 ほほう、それはどこかの誰かさんと違って常識がある人だな。見習ってほしいものだ。


「今、私に対する愚痴のようなものが聞こえた気がする」

「気のせいだよ。ほら、降りてくるから無駄口叩かない」


 本当ならレフィーアに見習うように言ってやりたいが、馬車が目の前で停車したのでそれどころではなくなった。


 俺達が口を閉じると、初老の御者が速やかに降りて馬車の扉をうやうやしく開けた。


 馬車から出てきたのは、金髪をツーサイドアップにさせている少女。整った顔立ちで凛々しさを感じさせるが、よく見ると相応のあどけなさも見受けられる。


 年齢は恐らくリスカと同じくらいではないだろうか? 


 そして、少女の格好で目を見張るものが魔法学園に通う者だけが纏うことを許される学園服。


 彼女がリスカよりも華奢なのは育ちがいいだけではなく、典型的な魔法使いだからだろう。


「わたくしはエルミーナ=クロイツ。クロイツ伯爵家の三女よ」

「初めまして、私はこの魔物牧場の社長のレフィーアと申します。こちらは従業員のアデルとリスカです」

「初めまし――」

「堅苦しい挨拶は不要。目的を果たせばすぐに帰るから」


 レフィーアに紹介をされて俺が挨拶しようとすると、エルミーナと名乗る少女はそれを不要とばかりにバッサリと遮った。


 隣にいるリスカが思わずムッとした表情になるのがわかった。


 俺もいきなりの仕打ちに思うところはあるが、貴族というものは大体がこんな感じだ。


 魔法騎士団に所属していた頃に、このようなことは数えきれないほどあったので、今さら感情的に怒ったりするようなことはない。


 見るからに厄介そうな匂いがするが、用が済んだら帰ると言っているので、すぐに帰ってくれることを祈ろう。


「それで、エルミーナ様のご用というのは一体?」

「確認するけど、ここにはフォレストドラゴンがいるのよね?」

「ええ、まあ」


 なんだか嫌な予感がしてきた。


「だったら問題ないわ。フォレストドラゴンの枝葉をわたくしに譲りなさい!」


 エルミーナ=クロイツと名乗る貴族の少女は、それが当然とばかりの態度で告げた。


 フォレストドラゴンの素材か。他の魔物の素材やトレントであれば、まだ融通することもできるが、よりにもよって厄介なそちらを所望するか。


 面倒なことを言い出す少女に、俺は思わず頭を抱えそうになる。


 先ほどから彼女の対応をしているレフィーアも恐らく同じ気持ちだろう。


 愛想笑いを浮かべているが、頬が微かにひくついている。


「……申し訳ありません。フォレストドラゴンに関しましては、この魔物牧場の出資者が絡んでおりますので、個人での取り引きは行っていないのです」


 フォレストドラゴンの素材は、時に国の経済すら左右するほどの価値を持つものである。そのようなものを不用意にばらまいてしまえば国が混乱するのはわかりきっているので、出資者であるお偉いさんが根回しをしながら、責任を持って然るべきところに流す予定だ。


 だというのに、出資者の意向を無視して勝手に売買するわけにはいかない。


 ちなみに薬師のリーアに一部研究品として流しているのだが、そこは黙認という形で許してもらっている。


 魔物牧場が営業できているのはリフレット村の住人の理解と協力があってのこと。トレントのことといい、うちのお偉いさんは繋がりというものをわかっていらっしゃる。


「……このわたくしがクロイツ家の者だとわかって言っているの? 王都からこんな辺境まで遥々来てあげたのに」

「申し訳ありません、出資者であるジルハート様の命であると言えばご理解していただけるでしょうか?」

「な、なんですって!?」

「なんだって!?」


 レフィーアの口から飛び出た人物の名前に、エルミーナだけでなく俺も声を上げてしまった。


「アデル兄ちゃん、そのジルなんとかって人を知ってるの?」


 リスカは聞き覚えがないのか、おずおずとこちらを窺うように尋ねてくる。


 まあ、そんな権威が田舎まで届くことはあまりないので、リスカが知らないのも無理はない。


「えっと、落ち着いて聞いてくれよ? ジルハートって人は、この国の第三王子なんだ」

「え、えええええええ!? じゃあ、この牧場って王子様がお金出してくれてるの!?」


 衝撃の事実を耳にしたせいか、俺の前置きはリスカの脳から吹っ飛んでしまったようだ。


 まあ、そうなってしまうのも仕方があるまい。


 まさか、田舎でやっている牧場にこの国の第三王子が絡んでいるとは、俺も知らなかった事実だ。


 レフィーアも最初から教えてくれればいいのに、人が悪い。


「くっ、ジルハート様が……でも、だからといって諦めるわけにはいかないわ!」

「……ジルハート様に歯向かうということですか?」


 虎の威を借りるがごとく、レフィーアが王族という権威を盾にして脅しをかける。


「いいえ、そのつもりはないわ。譲れとは言わない。きちんとした値段で買い取るから融通しなさい」


 第三王子には歯向かわない。けれど、フォレストドラゴンの枝葉が欲しいから、こっそりと売れ。エルミーナが言っているのは、そういうことだろう。


 ただでよこせと言った後に、堂々とそれを言ってのけるとは、意外と面の皮が厚いのか。


「レフィーア、どうするんだ? この子に売るのか?」

「冗談ではない。貴族が押しかけてきてフォレストドラゴンの枝葉を買い取ったなどと噂が広まってみろ。この牧場には毎日のように面倒な貴族や豪商が訪れることになる」


 このような貴族が毎日のように列をなしてやってくる光景を思い浮かべると寒気がした。


「わたくしはそのようなことを吹聴しないわ!」

「エルミーナ様が口にしなくても周りにいる者や、マークしている者が嗅ぎ付けてしまうのです」


 たとえ彼女が口にしなくても、その手にしているものをどこから手に入れたかは一目瞭然。


 なぜならば国の上層部には、フォレストドラゴンがここにいるということが既に知られているのだから。


 今はジルハート様が抑えてくれているので、俺達はこうして平和に営業ができているのだろう。


「ジルハート様が販路を用意するのを待って、それから買うというのではダメなのですか?」

「それじゃあ遅いのよ!」


 いずれ開かれるであろう購入法を提案するが、エルミーナは強く否定する。


 どうしても今すぐに手に入れたい理由があるらしい。


「とはいいましても、私達ではどうすることも……」

「だったらいいわ! あなた達には頼らない! 直接、わたくしがフォレストドラゴンに会って話をつけてくるわ! 隠しても無駄よ、人間と会話ができることは知っているのだから」


 そんなことを言いながら、エルミーナがツカツカと牧場の中に入ろうとする。


 しかし、そんな侵入者をうちの番犬が見逃すはずもなく。


「グオオオン!」

「きゃあああああっ!?」


 案の定、勝手に中に入ろうとしたエルミーナは、いつもより重々しいベルフの警告の声に怯えて尻もちをついていた。


「ひ、ひいいいい! ま、まま、魔物がわたくしに吠えて……っ!」


 唸り声を上げて睨みつけてくるベルフに、涙目になってしまうエルミーナ。


 先ほどの強気な態度はどこにいったのやら、今やすっかり腰が抜けてしまっている。


「ベルフ、もう吠えなくていいよ」

「ウォッフ」


 これ以上吠えたらエルミーナが泣き出してしまいそうなので、警戒心をむき出しにするベルフを宥める。


 エルミーナは従者らしき初老の男性に肩を貸してもらいながら、なんとか立ち上がった。


 そして、瞳に怒りを滲ませながらこちらを指さしてくる。


「ちょっと! あなた飼育員でしょ!? 魔物くらい躾けておきなさいよ!」


 エルミーナのひどく身勝手で失礼な言葉に、思わず俺もカチンときた。


「お言葉ですが、ここがどこだかわかっていらっしゃいますか? ここにいるのは牛や羊とは違う魔物なのですよ? 飼育員でもない人が勝手に入っては、襲われても文句の言えない場所なんです」

「な、なによ! それを調教するのがあなたの仕事でしょ?」

「違います。魔物達と寄り添って共生しているのです。あなたの言うようなことは一切するつもりはありません」


 俺達はあくまで魔物との共生を目指している。魔物を無理やり捕縛して、力で抑えつけるようなことや、恐怖で支配するようなことは一切しない。


 そこだけは勘違いしてもらっては困る。


「アデル、その辺にしておけ。貴族を相手に殺気を飛ばすのはやり過ぎだ」


 レフィーアに言われてエルミーナをよく見ると、すっかり顔色を青くして怯えていた。


 ベルフに吠えられた時よりも怖がっているような気がする。


 魔物を物のように扱う彼女の言葉に、つい、怒りを出してしまった。


「すいません、失礼しました」

「と、とにかく、フォレストドラゴンのところに案内して! わたくしが直接交渉するわ!」


 俺が非礼を詫びると、エルミーナは涙目ながらもフォレストドラゴンのところに案内するように言ってくる。


 ベルフや俺に怯えつつも、それでも中に入ろうとするとは胆力がある。


 そこまでしてでも、フォレストドラゴンの枝葉を欲しがる理由があるということか。


「いや、それは――」

「いいですよ。フォレストドラゴンのところに案内します」


 突っぱねようとするレフィーアの言葉を遮って、俺はそのように申し出る。


「さ、最初からそうしておけばいいのよ!」


 下手に出てきた俺を見て少し気持ちを持ち直したのか、エルミーナが強気を装いながら言う。


「……おい、アデル」

「フォレストドラゴンに断られれば引き下がるだろ」


 非難の声をかけてくるレフィーアに、俺は小声で意図を伝える。


 俺にはフォレストドラゴンがエルミーナに枝葉を渡すとは到底思えなかった。


 さすがに直接フォレストドラゴンから断られてしまえば、どうしようもないことが理解できるだろう。


「……わかった。お前に任せよう」


 上司からも了承がとれたところで、俺はエルミーナに向き直る。


「それでは案内します……が、牧場内では私の言うことに従ってください。迂闊な行動をされると魔物を刺激することになりますので」

「わ、わかったわよ」


 ベルフに吠えられたことが効いたのだろう。エルミーナは比較的素直に頷いた。


 きっと、俺の殺気に怯えてるとかではないはず。


 エルミーナには物騒な台詞を言ったが、この牧場にそのような魔物はほぼいない。


 唯一あり得るとすればブルホーンくらいだが、あいつは厩舎に引っ込んでいるのでエルミーナがいることも知らないだろう。


 とはいえ、エルミーナに勝手に行動されては他の魔物と出くわした際に余計な騒ぎになる可能性もあるので、俺の言う通りに行動してもらえるほうが安心だ。


「では、行きましょう。魔物達にストレスを与えないためにエルミーナ様お一人だけでお願いします。それが牧場内に入る条件です」


 何人も知らない人間を牧場内に入れてしまうと、魔物達が警戒してしまうからな。これだけは守ってもらいたい。


「お嬢様一人だけで魔物のいる牧場に入られるのは――」

「わかったわ。あなた達はここで待機してて」


 お付きである初老の男性が異議を申し立てようとしたが、エルミーナがきっぱりと言うことで引き下がった。


「アデル兄ちゃん、大丈夫?」

「ああ、魔物達が興奮しても一人なら庇って逃げられるし、そうならないようにベルフも連れていく。それに交渉はフォレストドラゴンに任せるだけだ。リスカはここで待っていてくれ」

「うん、わかった」


 柵の扉を開けてエルミーナを牧場の中に入れると、ベルフと一緒に移動する。


 フォレストドラゴンは今日に限って奥のほうにいるようだ。


 こういった牧草地を歩くのは初めてなのか、エルミーナは足から伝わる独特の感触を気にしつつ歩いている。


 そして、牧場内にいるモコモコウサギやスラリン達を目にすると、少し嫌そうに顔を歪めた。


 最初の反応からわかっていたが、魔物が苦手なのだろう。


 それでも魔物達の住処に足を入れてまで枝葉を手に入れようとするとは、根性はそれなりにあるらしい。


「ピキピキ!」

「ひっ!?」


 好奇心旺盛なモコモコウサギがエルミーナに寄ってきたので、俺が割り込んで反対側に転がす。


 しかし、モコモコウサギはそれを楽しい遊びだと認識したのか、嬉しそうに鳴き声を上げて戻ってくる。


 さらにそれを見ていた他のモコモコウサギも遊んでもらおうと寄ってきた。


「すまん、今は相手してあげられないんだ。ベルフ、ちょっと頼む」

「ウォフ!」


 このままではキリがなかったので、ベルフを残してモコモコウサギ達の相手をさせることに。


 やってくるモコモコウサギをベルフが吠えながら、脚で弾き飛ばしたり、尻尾で転がしたりとガードする。


 その隙に俺とエルミーナは奥へ。


 魔物達がたむろする場所を抜けると、遠くの日陰でひっそりと眠るフォレストドラゴンが見えた。


「あれがフォレストドラゴンっ! ……想像以上に大きい」


 フォレストドラゴンを視認したエルミーナが息を呑む。


 エルミーナはどこか緊張した様子ながらも、しっかりと俺の後ろを付いてきた。


 フォレストドラゴンは俺達が近付くと、閉じていた瞳を開けて気怠げに言う。


「……何の用だ、アデル?」

「お前に用があるっていう客人が来たんだ」

「そっちにはあっても我には、その小娘に微塵も用などないのだがなぁ……」


 欠伸をかましながら心底面倒くさそうにするフォレストドラゴン。


 エルミーナがその言葉にまた激昂して吠えるかと思ったが、存在感のある魔物を相手に言葉が出ないようだ。


 これが横暴な客人であれば、俺が間に入ってとりなすこともしたが、今回はそんな義理もないし、頼まれてもいないのでそのようなことはしない。


「フォレストドラゴンと直接話をしないのですか?」

「い、言われなくてもするわよ。見てなさい!」


 俺が尋ねると、エルミーナは精一杯の虚勢を張りながらフォレストドラゴンを見据えた。


「わたくしはエルミーナ=クロイツ。クロイツ伯爵家の三女! 今日はフォレストドラゴンのあなたに用があってきたの」

「用とは一体何だ? 昼寝の続きをしたいから手短に頼む」


 フォレストドラゴンのぞんざいな対応にプライドを刺激されたのか、エルミーナは柳眉を逆立て言い放つ。


「あなたのその背中にある枝葉をよこしなさい!」

「嫌だ」


 エルミーナの強気な言葉をばっさりと切り捨てるフォレストドラゴン。


「なっ! どうしてよ!?」

「お前こそ、どうして当然のように貰えるものだと思っているのだ? 我からすればそれこそが不思議でならない」

「だって、あなたはこの飼育員達に無償で枝葉を与えているのでしょ? だったら、わたくしにも少しくらいくれたっていいじゃない」

「アデル達は我の安全を守り、快適な牧場生活を送るために世話をしてくれているので対価としてそれらを払っているのだ。何もしていない見ず知らずのお前にどうしてあげなきゃならんのだ」


 そういうことだ。俺達とフォレストドラゴンはそういう契約を結んでいる。だから、無償で何かを与えるといったことはしていない。


「だ、だったら、対価としてお金を払うわ! それなら問題ないでしょ?」

「魔物である我がそんな食い物にもならぬものを欲しがるとでも思っているのか?」


 人間相手ならば、それも交渉の一つではあるが相手は魔物だ。街に出て買い物をするわけでもないし、お金が必要になるわけがない。


「話が済んだなら、さっさと帰れ。我は二度寝をする」

「待って! それなら……わたくしもこの飼育員と同じようなことをすればいいのでしょ?」

「え?」


 ちょっと待って、この貴族は何を言っているのだろうか?


「む? それはお前がアデルのように飼育員として働いて、我を甲斐甲斐しくお世話してみせるということか?」

「ええ、その通りよ。こんな下働きみたいな真似、貴族のわたくしには相応しくないけど、どうしてもあなたの枝葉が必要だから」

「ほほう、面白い。お前にアデル達のような働きができるというのならいいだろう」

「わかったわ。その台詞、ちゃんと聞いたから後で惚けるようなことはしないでね?」

「おいおい! 何を勝手に決めてるんだよ!?」


 俺に関わることであるのに、本人の意思が全く尊重されていないではないか。


「いいではないか。どうせこのような小娘にできるわけがない。それよりも我は眠いのだ。人間のことは人間に任せる」

「あっ、ちょっと寝るな! 話は終わってない!」


 俺が問い詰めるも、フォレストドラゴンは話は終わったとばかりに瞳を閉じて眠りについた。


 エルミーナの相手をするのが面倒だったとか、早く昼寝をしたかったからとか、そんな理由から適当なことを言ったに違いない。


 だが、こちらからすればたまったものではないんだが……。


「そういうわけでフォレストドラゴンから枝葉を貰うために、しばらく飼育員として牧場を手伝ってあげることにしたわ。このわたくしが手伝ってあげるんだから感謝なさい」


 恐る恐る視線を向けると、既にそれが決定したとばかりに偉そうに告げるエルミーナ。


 こっちで対処するのが面倒だからフォレストドラゴンに放り投げたというのに、逆に押し付けられる形になってしまった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ