スライムが仲間になりました 5
「アデル兄ちゃん。このモコモコウサギ、ちょっと耳に怪我がある」
リスカが抱えてきたモコモコウサギの耳を見てみると、微かな切り傷を発見した。
「本当だな。地面にある石や枝で切ってしまったか?」
「この子達、よく地面を転がっているしね」
モコモコウサギは牧草の上を転がって移動する。
そのため、できるだけ地面にある小石や枝葉なんかは取り除くようにしているのだが、風で流されてきたりもするので、敷地全部をカバーしそれらに対処するには難しく、転がった時に怪我をしてしまう個体がいるのだ。
「でも、傷は深くないな。これだったら、ヒールスライムが治してくれそうだから連れてくるよ」
「うん、お願い!」
そう言うと、リスカはホッとしたような笑みを浮かべた。
俺は牧場内にいるはずのヒールスライムを見つけるために走り回る。
「あいつは日陰を好むはずだから、家の裏あたりにいるはず……やっぱり、いた!」
すると予想通り、緑色のスライムが家の裏側の陰地に佇んでいた。
「すまん、ちょっと手を借してくれ」
ヒールスライムに声をかけながら持ち上げて、俺はリスカのところへ戻る。
そして、モコモコウサギの切り傷を見せると、ヒールスライムはのっそりと這いずって怪我の部分だけを覆い始めた。
そのまま見守っていると、モコモコウサギの耳にあった切り傷がゆっくりとふさがっていく。
そして、あっという間に傷はなくなってしまった。
「ピキ! ピキピキ!」
モコモコウサギが驚きの声を上げる。
地面に降りたモコモコウサギは自分の耳を確かめるように動かして、完治したことに気付くと喜びを露わにして跳ねた。
そして、怪我を治してくれたヒールスライムにお礼を伝えようとしているのか、両耳を擦り付けた。
モコモコウサギにとって耳は敏感で大事な部分だ。
大きな怪我でなかったとはいえ、やはり耳にできた傷が気になっていたのだろう。
ヒールスライムは、最近進化した回復効果を持つスライムだ。
やたらとフォレストドラゴンの葉っぱや薬草に興味を示すので食べさせていたら、ある日突然緑色に変化し、回復能力を持つようになった。
とはいっても、大きな傷は治すことはできないが、ちょっとした擦り傷や切り傷程度であれば、こんな風に治すことができる。
元気に跳ねたり転がったりして怪我をするモコモコウサギからすれば、ヒールスライムは頼りになる相棒だろう。
「こういう時に怪我が治せるヒールスライムがいると、とても心強いよね。動物でもちょっとした怪我がストレスになって体調を崩しちゃう子もいるから」
「ああ、こいつがいてくれると助かるな」
特にブルホーンは神経質だ。蹄なんかに石が詰まったり怪我をした場合は、一日中イライラしている。
そのイライラが溜まると、矛先は必然的に俺に向けられるわけで。
そんな俺の苦労を少しでも軽減してくれる意味でも、ヒールスライムの活躍は大変ありがたかった。
俺はヒールスライムに感謝を示すように、その柔らかい体を撫でる。
プルリとした弾力のある体は他の個体と一緒なのだが、薬草を主に食べているからか、匂いも薬草のような青々しい感じだった。
見事に役目をはたしてくれたヒールスライムに薬草を与えると、喜んでいるかのような勢いで体内に取り込む。
そして、俺は元いた日陰にヒールスライムを戻して、礼を告げた。
「それにしてもスラリンの数も大分増えたね」
「ああ、何せ次々と分裂していくからな」
リスカと共に牧場内を見渡すと、そこにはたくさんのスラリンが存在している。
細かく数えてはいないがモコモコウサギの倍くらいはいるはずだ。
そのほとんどは通常個体。
しかし、その中には人間の肌の汚れを好んで食べるクリーナースライムに回復能力を持つヒールスライム。ほかにも、石のように硬くなれるストーンスライムや、冷蔵庫の中にはアイススライム、水場にピュアスライムなどと新種のスライムが生息している。
クリーナースライムが生まれてから、それぞれの個体が好む食事を与えていたら自然に進化したのである。
これだけの新種に進化したということは、レフィーアが言っていたスライムの進化は食事と密接に関わっているという仮説が正しかったということになる。
本人はこの結果に大満足で、今ではフォレストドラゴンの研究と並行して、スライムの進化条件についての論文を随意作成中だ。
「最初はちょっとした廃棄物なんかを処理してもらおうと思っていただけなんだけどな」
「まさか、レフィーアさんも知らない新種が生まれちゃうなんてね」
最初の構想では普通のスライムを増やして、数による力で廃棄物の消化速度を上げていくはずだった。
それがいつの間にか新種がドンドンと誕生して、スライムの幅広い進化の可能性を模索するようになっていた。
何だか当初の目的よりも壮大になっている気がしないでもないが、レフィーアも俺もリスカも楽しんでいるし問題はないかなと思っている。
スライムは基本的に大人しいし、食事も自発的に摂っていたりする。どこかの誰かのように暴れたりしないから、とても育てやすい魔物だな。
「見ろ! アデル! クリーナースライムがモコモコウサギの汚れを食べているぞ! もしかすると、この個体は人間よりも魔物の汚れを好むのかもしれん!」
近くでクリーナースライムを観察していたレフィーアが興奮した声を上げたので近付いてみると、確かにクリーナースライムがモコモコウサギの汚れを食べているようだった。
モコモコウサギの土や埃がだんだんなくなっていき、モコモコウサギの毛が真っ白になっていく。
「わあ、これなら定期的に洗ってあげなくても済むね」
「だけど……一部のモコモコウサギには不人気みたいだな」
クリーナースライムは次なる餌であるモコモコウサギに這いずっていくが、その標的にされたモコモコウサギは恐れをなして逃げていた。
「あはは、クリーナースライムに包まれるのって結構勇気がいるからね」
そんな光景を見てリスカは苦笑い。
リスカは最初にクリーナースライムに襲われてから、一度も洗ってもらったことはない。
普通にスラリンと接する分には平気なのだが、裸の状態で全身を這われるのは苦手なようだ。
「リスカもいい加減クリーナースライムに身を任せてしまえばいい。ただ立っているだけで身体の洗浄が終わるのだぞ?」
「だからって、レフィーアさんはお風呂に入るのをサボっちゃダメ!」
「別にクリーナースライムに洗ってもらっているんだ。それでいいじゃないか。時間の短縮にもなる」
とはいえレフィーアのように、極端にクリーナースライムに頼る生活を送るのもどうかと思う。
「お湯に入ることで健康効果もあるから、ちゃんと入っておくほうがいいと思うぞ」
「うむ、確かに風呂にはストレス軽減や血流改善を促す作用などもあるしな。ずっと入らないのはさすがにマズいか」
そこまでわかっているならば、ちゃんと入ってほしい。
魔物牧場に来て生活の質が向上したレフィーアであるが、まだまだ健康的な生活とは程遠いようだ。
「最近はスライムにかまけているが、我のブラシは一体どうなっているのだ?」
レフィーアの意識の低さに苦笑していると、フォレストドラゴンがどこか不満の声を上げながらのっそのっそとやってきた。
「……あっ、スライムの生態観察に夢中で忘れていた」
「おい!」
正直に白状すると、フォレストドラゴンが恨みがましい視線を向けてくる。
ここ最近はスラリンの進化を調べるために、いくつもの個体に張り付いて観察するのに忙しかったからな。
新しい魔物が生まれるとなると、こちらも大変興味があるわけで、ブラシのほうが後回しになっていた。
「我が身体の一部である枝葉や鱗を譲渡するかわりに、お前達は我が快適に過ごせるように尽力する契約であろう? それを怠るとは契約違反ではないか?」
解釈の仕方によってはもっと構えと言っているようにも聞こえなくないが、図体のデカいフォレストドラゴンなのであまり可愛いとは思えなかった。
「すまん、今から急いで素材を取りに行くから許してくれ」
「……しょうがない。すぐに作るのだぞ? あと、晩ご飯はピッザを作れ」
「ああ、わかったよ」
俺の返事に満足したのか、フォレストドラゴンはのっそのっそと離れていった。
「ということで、俺はトレントの森の様子を見ながら、ブラシに必要な魔物の素材をとってくるよ」
「トレントの森も興味があるが……今はスライムのほうが気になる。私は観察を続けるから行ってくるといい」
「魔物退治はできないから、あたしもここでみんなの面倒を見てるね」
リスカの言うみんなの中には魔物だけでなく、恐らくレフィーアも含まれているに違いない。
さて、レフィーアとリスカに了承も貰えたので、早速準備に移るとしよう。
俺はすぐに家に戻って狩り用の軽装に着替え、トレントの枝を剪定するための断ち切りバサミや、自衛用の剣を腰に装備。
準備を終えると再び外に出て、牧場の安全を見守っている相棒に声をかける。
「ベルフ! トレントの森に行くけど付いてくるか?」
「ウォッフ!」
俺の声を聞いたベルフは、即座に起き上がって駆け寄ってきた。
ピンと立った耳やブンブンと揺れている尻尾、元気のある声と全身で「行く!」とアピールしていた。
ベルフのわかりやすい態度が可愛らしく、背中を撫でてから歩き出す。
そして、愛馬のいる馬小屋に向かおうとすると、ベルフが先回りして立ち止まった。
「ウォフ!」
これは俺の背中に乗っていけばいいと言っているのだろう。
「悪い、今回は魔物の素材を持って帰る必要があるから、馬がいてくれたほうがいいんだ」
「ウォフゥ……」
俺を背中に乗せて走りたかったのだろう。ベルフが残念そうな声を漏らす。
とはいえ、今日採取したいものはハリボーという魔物の棘だ。
ベルフは人が乗るには十分な大きさをしているが、荷物の運搬を任せるには少し心もとない。無理に乗せて走っている最中に棘が刺さっても困るからな。
そういうわけで、俺は馬に乗って出発準備を整える。
「よし、それじゃあ行くか」
手綱を握りながらそう言うと、ベルフはトップスピードで走り出した。
いきなりの全力疾走に驚きながら、こちらも馬を走らせる。
しかし、強靭な脚力を誇るベルフの足には、馬であっても追いつくことはできない。
ベルフの圧倒的な脚力を改めて痛感していると、前を走るベルフは挑発するように振り返ったり、尻尾を振っていた。
どうやら馬なんかよりも自分のほうが速いと自慢したいらしい。
そういう理由で乗らなかったわけではないのだが、ベルフのヤキモチともいえる様子が微笑ましかった。
◆
「トレントキング、様子を見にきたぞー」
トレントキングのところにたどり着いた俺は、馬を降りて挨拶の声を上げた。
すると、ひと際大きいトレントの木が、蔓をくねらせて返事をしてくれる。
「今日は剪定にするか? それとも魔物の駆除にするか?」
トレントキングが俺達に頼むのは主にその二つ。
問いかけてみると、トレントキングは蔓を木々の裏へと動かして何かを目の前に運んできた。
それはハークビーなどの死骸。そこには背中に棘を生やしたハリボーも混じっていた。
「おおっ、ハリボーもいるな! 素材が欲しかったからちょうどいい。今日はそいつらを駆除してやればいいのか?」
意図を察して尋ねると、トレントキングの蔓は頷くように激しく上下に動いた。
残念ながら、既にトレントキングが捕まえたハリボーは、養分が吸い取られて干からびていたので素材を採取することはできないが、周辺にいるっていうことがわかっただけでも嬉しい情報だ。
よし、それじゃあ魔物を駆除するか。
「いいか、ベルフ。この棘を生やした魔物を見つけたら俺のところに誘導してくれ。綺麗に倒して素材を採取したいからな」
「ウォフ!」
俺の言葉にしっかりと返事すると、ベルフは猛ダッシュで森の奥に消えていった。
ベルフの嗅覚と脚力があれば、あっという間に周囲の魔物を殲滅してくれるだろう。
「さて、俺も魔物の駆除をしますか」
ベルフだけに任せてもいいが、たまには身体を動かしておかないと鈍ってしまいそうだからな。
乗ってきた馬の面倒をトレントキングに頼み、俺はベルフが向かった方角とは反対方向に進む。
この森にある木々は全てがトレントだ。
トレントキングが支配しているために、凶暴な魔物が寄り付くことはほとんどない。なぜならば、たとえ凶暴な魔物でも森の生き物全てを敵に回しては生き残ることが難しいからだ。
フォレストドラゴン級の魔物や、植物系に強い炎系の魔物でもない限り対抗することは難しい。
だからこそ、一般的な森に比べれば実に平和。
そんなトレントキングの監視をかいくぐる小さな生き物がいる。
静謐な森の中に響き渡るガリガリと何かを削るような音。
その音源に近寄ってみると、異様なまでに発達した前歯でトレントの樹皮を削るハークビーがいた。
外敵からの攻撃を察知したトレントが蔓を生やして、ハークビーを捕えようとする。
しかし、ハークビーは機敏な動きで距離をとってそれを躱すと、のろまな動きをバカにするように笑った。そして、これみよがしに蔓に近付いては躱し、時には木々の隙間や、土穴に逃げて挑発する。
実に憎たらしい行動だ。
早速、俺は駆除作業に入る。
トレントの樹皮に歯を突き立てようとしているハークビーに風魔法を射出。
「【ウインド・ボール】」
「ギュッ!?」
それは見事に腹部に直撃し、齧りつこうとしたトレントに押しつぶされる形になった。
ハークビーが動かなくなると、トレントが瞬く間に蔓を伸ばして拘束してしまう。
あのハークビーにずっといいように食べられていて腹が立っていたのだろうな。養分にする気満々だ。
特にハークビーの素材は必要ではないし、そもそも売り物にもならないのでトレントの好きにさせることにする。
そうやって俺は自分の足で森の中を歩き、気配を探りながらハークビーや、嘴でトレントに穴を開けるキッチョウなどといったトレントに害をなす生き物を駆除していく。
「ウォーン!」
そろそろブラシに必要なハリボーでも見つからないかなと考えていると、森にベルフの遠吠えが響き渡った。
これはベルフが獲物を追いかける時の声。ということはハリボーを見つけて、こちらに誘導してくる合図だろう。
遠吠えが聞こえた方向に向き直ると、森の奥から複数の足音が聞こえてくる。
しばらくそこで待っていると、木々の隙間から背中に棘を生やしたネズミのような魔物が三匹こちらに逃げてきた。
その後ろには唸り声を上げながら追いかけるベルフの姿が。
「おお、いきなり三匹か!」
ベルフの成果に喜びながら、俺はハリボーをできる限り無傷で仕留めるために氷魔法を展開。
ハリボーが進路上にいる俺を蹴散らす勢いでやってきたところで氷魔法を解放する。
「【アイシクル・バースト】」
魔法式から放たれた氷の息吹が、ハリボー達の脚を瞬時に凍らせた。
脚が凍り付いたことで混乱に陥るハリボーだが、動くことはできない。
そして、追いついたベルフがゆっくりと迫ってくることで、ハリボーが悲壮な声を上げる。
そんな反応を見て、ベルフがどこか嗜虐的な笑みを浮かべていた。
まあ、ベルフは肉食だし、狩人だからそのような反応をするのは当然だろうな。
とはいえ、ハリボーの甲高い声があまりにも悲痛だったので、俺はさっくりと脳天に剣を刺し込んでトドメを刺す。
氷魔法で捕縛したおかげで、ハリボーをこの上なく綺麗な状態で倒すことができた。背中に生えている棘も折れていない。
俺は怪我をしないように手袋を嵌めて、動かなくなったハリボーの背中にある棘を引っこ抜く。
ちょっと力は必要だったが綺麗に抜けた棘。
それはかなり細いものの、とても硬くて軽く力を加えればしなやかに曲がる。
こうやって触ってみるとルードがフォレストドラゴンのブラシを作るのに選んだ理由がわかる気がした。
これなら多少荒っぽく力を加えようが、折れることや傷むことはなさそうだ。
とはいえ、フォレストドラゴンのためのブラシとなるとそれなりの大きさになる。
ブラシは最低でも二本は持っておきたいので、ハリボー三匹の棘では足りないかもしれない。
もう少し狩って、集める必要があるな。
とはいえ、ひとまずやるべきことは棘を無言で抜くことではなく、尻尾をブンブンと振って期待するような視線を向けてくる奴を褒めてあげること。
「いきなり三匹も誘導するなんてすごいじゃないか! また、見つけてくれたら誘導してくれ」
「ウォフ!」
頭を撫でて褒めてやると元気に吠え、ベルフはまた森の奥に消えていった。
そして、ハリボーの棘を抜き続けて十分が経過したころ。
「ウォッフ!」
「見つけてくるの早いな!?」
ベルフはさっきよりも二匹多い、五匹ものハリボーを追い立てて戻ってきた。
こちらがハリボー一匹から全ての棘を抜き取る時間もないとは……。
結局、その日はトレントに害をなす五十匹以上の魔物を駆除した。
そのうちの十二匹はハリボーであった。




