表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/81

スライムが仲間になりました 4


「はぁ、今日はすごく汗かいた。早くお風呂に入りたーい」

「今日はモコモコウサギやベルフと派手に追いかけっこをしていたもんな。転んだせいで作業着やブーツも汚れてるぞ」

「本当だー」


 俺が指摘してやると、リスカは気だるそうにしながらも玄関で土を落とす。


 魔物と追いかけっこをして、もみくちゃにされて、はしゃいだベルフにタックルされて大変だったからな。


「体力に自信のあるリスカも、さすがに疲れてるみたいだな」

「アデル兄ちゃんも手伝ってくれたら、もうちょっとマシだったんだけどね」

「すまんな、俺には柵の魔法陣の調整があったから」


 魔物牧場は敷地が広いために、それを囲う柵も大変な数だ。


 ここ最近の俺は、侵入者防止のために柵に施されている魔法陣の確認や調整作業をしていた。


 いくら魔法陣といえども、ずっと機能を保ち続けるわけではない。


 ちゃんとメンテナンスをしてやらないと思わぬ誤作動や事故を起こすこともあるので、定期的に確認してやるのが理想だ。


 その中でも牧場を囲う柵は、魔物達の安全にも関わるので早急に終わらせたかったのである。


「別にいいよ。柵の安全性は重要だもん。それに何だかんだ、あたしも楽しかったからね!」


 魔法騎士団で鍛えた俺でも、時折魔物の体力には付いていけないことがあるからな。


 訓練を受けていないリスカが付いていけたのは、ひとえに魔物への愛と若さあってのことだろう。


「ありがとう。お風呂のお湯は俺が入れておくから、泥を落としたら入ってくれ」

「やったね!」


 俺がそう言うとリスカは鼻歌を歌いながら、服の汚れやブーツの汚れを落としていく。


 一番風呂に入れるのがとても嬉しいらしい。


 俺は一足先に家に入り、魔道具を作動させて湯船にお湯を溜めていく。


「さて、あいつはどこだろうか?」


 妙な嗜好を持つスラリンに、汚れたお湯を与え続けて一週間が経過した。


 奴は俺達が風呂に入ろうとすると、どこからともなく現れて一緒に入ろうとする。


 俺とレフィーアは汚れたお湯をスラリンに積極的に吸収させているが、リスカは恥ずかしいらしく吸収させてはいない。


 俺としても、その気持ちはわからないでもないので、リスカが風呂に入るときは侵入させないように回収している。


 しかし、今日に限ってそいつは見当たらなかった。


「……おかしいな。いつもならお湯を入れると、脱衣所あたりにやってくるのに」

「アデル兄ちゃん、もうお湯は溜まった?」


 脱衣所でスラリンを探していると、リスカが着替えやタオルを持ってやってきた。


「ああ、多分お湯はほとんど溜まってるが、汚れ湯を好むスラリンが見つからなくてな」

「あー、お湯を入れたらやってくるスラリンね。でも、今いないってことは、どこかに行ってるんだよ」

「まあ、そうだろうな。とりあえず、寄ってこないかしばらく見ておくよ」

「う、うん、それはありがたいんだけど、今は出ていってくれる?」


 どこか恥ずかしそうなリスカに言われて、俺は自分がずっと脱衣所にいることに気付いた。


「あ、ああ、悪い。ひとまず、離れるよ」

「……う、うん」


 少し気まずい空気になったが、俺はひとまず退散してリビングへ。


 今頃、リスカは服を脱いで風呂に入っているのだろう。


 って、俺は何を考えているんだ?


 リスカは幼馴染のリシティアの妹であり、俺にとっても妹みたいなものだ。


 こんな不埒なことを考えるなんて、信頼してくれているリスカやご両親にも申し訳が立たない。


 俺はブンブンと首を振って邪な思考を振り払い、冷静になることを意識する。


「さて、そろそろリスカは体を洗っている頃だろう。スラリンが浴場目掛けて移動しているかもしれない」


 そんなことを考えていると、浴場の方からリスカの悲鳴が響いてきた。


「――ひゃあああああああああああっ!?」

「どうした、リスカ!?」


 尋常じゃないリスカの悲鳴に、俺は慌てて浴場へと直行。


 リスカが裸だと知りつつも、心配になった俺は思い切って浴場の扉を開ける。


「リスカ、何があっ――」


 俺の目に飛び込んだものは裸で尻餅をついているリスカ。


 その健康的な肢体には無駄な肉が一切ない。微かな膨らみを帯びている胸は形もよく、まるで膨らみかけの蕾のよう。


 ウエストはしっかりと引き締まっており、臀部は女性らしい丸みを帯びている。


 いつも生活を共にしているリスカは、少女でありながらも確実に女性として成長しているのがわかる光景だった。


 意識を持っていかれそうになった俺だが、リスカの腹部に乗っかっている物体によって我に返る。


 そこには乳白色をしたスライムらしき魔物がいた。


「うん? こんな色をしたスラリンなんていたっけか?」

「うううううう、アデル兄ちゃん! 早く出ていってっ!!」


 思わず凝視しようとすると、リスカがそう叫びながらスラリンらしきものを投げて、ぴしゃりと扉を閉めた。


「ククク、乙女の裸体を目撃しておきながらスライムに意識がいってしまうとは、お前も相当な変態になったな」


 呆然としながら浴場の扉を眺めていると、いつの間にやってきたのかフィーアがこちらを見て笑っていた。


 レフィーアのその言葉に、俺は反論することもできなかったのだった。



      ◆



「本当にごめん」


 リスカが風呂から上がって少し落ち着いた頃。俺はリビングのテーブルに額を擦り付ける勢いで頭を下げた。


「い、いいよ! アデル兄ちゃんが心配して来てくれたっていうのはわかってるから……」


 リスカの顔が赤くなっているのは、お風呂から上がったばかりで火照っているというわけではないだろう。


 リスカは優しいからそう言ってくれるが、それだけで許されることではないと思う。


「いや、でも――」

「本当に怒ってないから! それ以上は逆に思い出して恥ずかしいから……」


 なおも謝罪の言葉を伝えようとする俺の言葉をリスカが遮る。


「本人が怒っていないと言ってるんだ。無理にそこを蒸し返す必要もないだろう」

「あ、ああ。リスカがそう言うなら……」


 こちらとしては謝り足りないくらいであるが、それが逆にリスカにとって不快であるならば、ひとまずこのことは触れないでおくことにしよう。


「とは言いつつも、このスライムの情報を共有するには少しだけ蒸し返す必要があるがな」


 珍しく慰めてくれたレフィーアであったが、次の言葉ですぐに台無しにさせられた気分だ。


「この乳白色のスライムだが、どこにいたんだ?」


 テーブルの上にのった乳白色をしたスラリンを手の平で叩きながら尋ねるレフィーア。


「え、えっと、あたしが浴場に入ったら、急に上から落ちてきて……」

「そういうことか……お前、天井に張り付いて待ち伏せしていたのか」


 どうりで周囲を探してみても見つからないはずだ。


 ここ最近、リスカが風呂に入るときは必ず俺かレフィーアが回収していたので、このスラリンは知恵をつけて見つからないように潜んでいたというわけか。


「その時には既にこのような色合いをしていたのか?」

「う、うん」

「ということは、スライムがこのような姿になったのは、間違いなく汚れ湯を与え続けた成果! やはり、私の仮説は間違っていなかった! スライムは個体の好みにあった食事をさせることで進化することができるのだ!」


 スラリンを両手で抱えながら興奮して叫ぶレフィーア。


 レフィーアの言うことは恐らく間違いないだろう。


 他の魔物でも同様の進化をするやつはいる。


 スライムもそれに当てはまるというわけだ。


「まだ検証を続ける必要はあるが、これは間違いない! おい、リスカもアデルも喜べ! これは魔物学として立派な成果なんだぞ!? 論文として発表できるくらいだ!」

「はいはい、すごいな」

「すごさはよくわかんないけど、おめでとう?」

「お前達…………仮にも魔物を育てる立場にいるのだからもっと喜べ」


 俺達の微妙な反応を見て、レフィーアが少し白けた顔をする。


 そうは言われても、魔物学について深い理解があるわけでもないので、いまいちすごさがわからない。


 というか、さっきあのような出来事があったばかりなので素直に喜ぶことができない、というのが正直な俺達の心情だ。


 そこを察してほしい。


「ところで、このスラリンはなんていう種類のスライムなの?」

「……む、実は私も初めて見る個体で名前はわからないな。国の魔物図鑑にも載っていない」

「おお、つまり新種の魔物というやつか!?」

「ようやく、私達の偉業がわかってきたか」


 魔物学的な発展と言われてもピンとこないが、スライムの新種についてわかるとなると実感も湧いてくる。


「こういう時の名前ってどうなるんだ?」


 新種の魔物となると種族名はまだ定められていないことになる。


「一般的には第一発見者、または研究者が、その魔物の特性に相応しく、かつ周知させやすい名称をつける」

「じゃあ、あたし達で名前をつけるっていうこと?」

「今回だとそうなるな。それが相応しいものであれば国に認可されて、情報も回ることになるだろう」

「うお、そう言われると少しプレッシャーだな」

「う、うん、下手な名前はつけられないね」


 俺達がつけた名称が、世界中に広まるというわけだ。


 そうなると如何に名付けることが重要かわかるだろう。


「何を言っている? 私達が名付けたものが後世まで語り継がれるかもしれないのだぞ? そう思うとゾクゾクするではないか」


 重圧を感じる俺やリスカとは違って、レフィーアは実に楽しそうな笑みを浮かべていた。


 彼女はそのような重圧は特に感じないらしく、むしろ誇りに感じているようだ。


 さすが研究者。その度胸がすごいな。


「で、名前をつけるにあたって必要なのが、このスライムの特徴の把握だな。以前は汚れ湯を食べていたようだが、今回は直接肌に乗っかってきたのだな?」

「う、うん、二人に聞いていたようにお湯に興味を示すのかと思っていたけど、あたしの身体にまとわりついてきた……」


 先ほどの事件を思い出して少し恥ずかしがっていたリスカだが、レフィーアが真剣に問いかけてくるので、その感情は霧散したようだ。


「……ふむ、となると人間の汚れを直接食べることに特化したのか? よし、私の汚れを少し食べさせてみよう」


 そう言うとレフィーアは物怖じせずに、乳白色のスラリンに右手を突っ込んだ。


 すると、スラリンはにゅるりと体を動かして、レフィーアの手を包み込んでいく。


「……んんっ、何というか、これは少しくすぐったくもあるな。どうりでリスカが妙に艶っぽい悲鳴を――」

「レフィーアさん! そういうこと言わなくていいから!」


 妙に色っぽい声を漏らすレフィーアをリスカが慌てて遮る。


 こういう女性同士の会話は不用意に首を突っ込まないに限る。


「おお、なんだか手が妙にすっきりしたような気がする」


 レフィーアはそう言うと、スラリンから右手を引っこ抜いた。


 スラリンの方はまだ足りないとばかりに体をくねらせて抵抗するが、所詮はスライムの力なので大した意味はなかった。


「おお! 二人とも触ってみろ! 私の手がすべすべだぞ!」


 レフィーアがそう言って手を突き出してくるので、俺とリスカは手を伸ばして触ってみる。


「すごいな! 本当に肌がすべすべだ!」

「だろう? 気持ち的に肌が五歳くらい若返った気がするぞ」


 レフィーアの感想が正しいのかはわからないが、風呂上がりとも違うしっとりした滑らかさがそこにはあった。


「ということは、あたしのお腹もすべすべになってるのかな?」

「どれどれ、私に触らせてみろ。おおっ! 確かにすべすべだな!」

「ひゃああああっ!? 急に触ってこないでよ!」


 リスカの服をめくって無遠慮に手を突っ込むレフィーアと、可愛らしい悲鳴を上げてしまうリスカ。


 なんだか、今日はリスカの悲鳴を何度も聞いてしまう日だな。


「ほれ、アデル! お前も少し触ってみろ」


 なんてぼんやりと考えていると、レフィーアがそんなことを言ってくる。


「いや、さすがに女の子のお腹を触るなんてできないだろ」

「何を言っている? これもスライムの名前を決めるために必要な作業なのだぞ?」

「いや、だからといってだな……」


 さすがにそれはセクハラだろう。


「アデル兄ちゃんなら別にいいよ? それに場所もお腹だし……」


 服の裾をまくりながらそんなことを言うリスカ。


 そこには健康的な肌があり、綺麗なへそが見えている。


 服の下から肌が覗いているせいか、何だか艶めかしい。


「そういうなら少しだけ失礼します」


 このスラリンによってどれだけ肌がすべすべになるのかは気になっていたことだ。


 これも新種の魔物に名前をつけるために必要な作業だ。


 俺はどこかやましい気持ちを誤魔化すように、そう言い聞かせて手を伸ばした。


「……んっ」


 リスカの肌に指が触れた瞬間、微かな吐息が漏れた。


 確かな熱を持った柔らかい肌が、ピタリと指に吸い付く。


「どうだ? 乙女の柔肌を撫でた感想は?」

「んー、リスカは元がいいだけに判別がつかない気も」

「……おい、アデル。それは私の肌が老いているとでも言いたいのか?」


 レフィーアのあからさまな不機嫌そうな台詞に、俺は自分が失言をしてしまったことに気付いた。


「いや、別にそういうことを言いたいわけじゃ……」

「別に気にしてなどいない。私とリスカの年齢が違うのは事実だ。そう感じてしまうのも仕方のないことだからな」


 冷静に言っているようだが、後半の台詞が妙に強調されているような気がする。


 やはり気にしているみたいだ。


 普段は己の見た目を気にしていないレフィーアでも、やはりそういう気持ちはあったんだな。


「そんなことはさておき、スライムの名称だ! どうやらこのスライムは人の肌に付着している汚れを食べるようだ。これが大きな特徴だな!」


 人の肌の汚れをとる。掃除して綺麗にしてくれる。


 などと、特徴や効果を及ぼす言葉を羅列していく。


「だとしたら、クリーナースライムとかどうだ?」

「あ、なんかわかりやすくていいね」

「……ほほう、人を綺麗にするスライムか。ビビッていた割にはいい名前をつけるじゃないか」

「ええっ? 本当にこんなのでいいのか? パッと思いついたのを口に出しただけなんだが……」

「私はアデルのつけた名前に賛成だ。最初に進化する予兆に気付いたのもお前だし、文句はないさ」

「あたしもそれでいいと思う!」

「ということで、このスライムの種族名はクリーナースライムで申請することにしよう!」


 俺が戸惑っている中、とんとん拍子で話が進んであっという間に新種のスライムの種族名が決定してしまった。


 こういうのはもっと議論して決めるものだと思っていたが、あっさりとしすぎて驚くしかない。


「ククク、それにしても美肌効果ときたか。このスライムは貴族の女に売りつけてしまえば高く売れること間違いないぞ」


 黒い笑みを浮かべながらブツブツと呟くレフィーア。


 確かに美肌効果があるとわかれば、女性達に需要があるかもしれないな。


 時に魔物や素材を売るのが、俺達の牧場の定めではあるが、あまり生々しすぎることは言わないでほしいな。


 ここには純粋なリスカもいるので。


「それはそうとアデル、リスカ。今後、変わったものに興味を示すスライムがいたら、遠慮なく食べさせてやれ。それがスライムの新たな進化の可能性なのだからな!」

「ああ、わかった」

「うん、そうします」


 今後、クリーナースライムのような新種の魔物が生まれるかもしれない。


 そのためにも、スライムを細かく観察していってやらないとな。


 こうしてうちの牧場に、クリーナースライムという新種の魔物が追加された。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ