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スライムが仲間になりました 3


 スラリンを魔物牧場で飼育し始めて三日目。


 スラリンはここを安住の地と定めてくれたのか、一晩外で放置しても逃亡することもなくモコモコウサギと仲良く生活していた。


 新しい仲間が加わってもいつも通りの生活が送れていることに安心していると、ふとスラリンが二匹いることに気付いた。


「なあ、リスカ。スラリンが二匹いるように見えるんだが?」

「本当だ! スラリンが二匹もいる!」


 俺だけでなく隣にいるリスカもそう言っていることから、見間違いではないだろう。


 近付いてみると二匹のスラリンは仲良く並んで日向ぼっこをしていた。


 俺とリスカが近付くと、二匹は緩慢な動作ながらもこちらを向いた気がした。


「これってもしかして昨日の夜の間に分裂したってことか?」

「多分、そうだよ」


 昨日の夕方まではスラリンは一匹だった。仕事終わりに、ちゃんと魔物が全員いるかリスカと数えたので間違いはない。


 となると、俺達の見ていないところで分裂したと考えていいだろう。


「ベルフ、スライムが新しく侵入してきたとかないよな?」

「ウォフ?」


 念のためにベルフを呼び寄せてみるが、ベルフも二匹のスラリンを見て驚いていた。「あれ? いつの間にもう一匹いるんだ?」とでも顔に書いてあるようだった。


 ベルフはスラリンを注意深く観察し、鼻をスンスンと鳴らして匂いを嗅ぐ。


「ウォフ?」


 結果として匂いは同じだったのだろう。


 同一の匂いを放つスラリンを見て、ベルフが首を傾げた。


「多分、スラリンは分裂して増えたんだ。だから、そこまで不思議がらなくていいぞ」


 ベルフが混乱しているようだったので、頭を撫でて落ち着かせてやる。


 牧場を守る役割を持つベルフからすれば、知らない魔物が増えているということは大問題だからな。あらかじめ言っておくべきだったな。


「にしても、どっちも変わらないね」

「そりゃ、スラリンから分裂したんだから同じに決まってるさ」

「えー、何で同じなの?」

「元になる細胞っていうのが分かれて生まれているかららしい。小さな虫の中にはスラリンと同じように細胞から分裂して増えるやつもいるそうだ」

「……なんか、難しくてよくわかんない」

「すまんな。俺もレフィーアから少し教えられただけだから、上手く説明できないな」


 さすがにそこまでの知識になると研究者レベルだからな。深く勉強をしていない俺やリスカが理解しきれないのもしょうがない。


 でも、不思議だな。人間や他の動物のように性別を必要とせずに増えることができるなんて。改めて魔物の不思議な部分に触れたような気がした。


「でも、どうせなら分裂しているところが見たかったね」

「もう少しデータがとれれば分裂する周期がわかるかもしれないが、今しばらくは運に頼るしかないな」



 その後も、四日、七日と日が進むごとにスラリンは分裂を繰り返した。


 二匹だったものが四匹。四匹が八匹。八匹が十六匹と倍々に増えていく。


 しかしながら、相変わらず俺とリスカはスライムが分裂する瞬間を目撃できていなかった。


 こうなってくると、是が非でもスライムが増える瞬間というのを見てみたくなるものだ。


 そんなことを期待しながら魔物の世話に従事していると、突如スラリンを観察していたリスカが声を上げた。


「あっ、アデル兄ちゃん! スラリンの様子がおかしい! もしかしたら分裂するのかも!」

「なに? 本当か!?」


 リスカの声を聞いて、柵の点検をしていた俺は作業を中止して駆けつける。


 スラリンを見てみれば、三匹ほどが体をプルプルと震えさせていた。


 もしかしてこれはスラリンが分裂する前兆なのかもしれない。


 リスカと一緒に食い入るように見つめていると、三匹のスラリンが体を大きく震えさせて真っ二つになった。


 小さくなった二つの体が、みるみるうちに体積を増やして、あっという間に元の大きさとなる。


 気が付けば目の前には、さらに三匹のスラリンが登場していた。


「おお、初めてスラリンが分裂するのを見たな」

「う、うん、思っていたよりも生々しくてビックリした」


 まあ、目の前で同じ姿の生物が増えるなんて光景は、早々見られるものでもないしな。


「でも、ずっと気になっていたから見られてスッキリした!」

「わかる。ここ最近は俺も分裂の瞬間が気になって、少し注意が散漫だったからな」


 だけど、見たいものは見られた。これで仕事に集中することができるというものだ。


「あっ、アデル兄ちゃん! 他のスラリンも分裂するかも!」

「ま、マジか……っ!」


 どこか晴々とした気持ちで作業に戻ろうとすると、他のスラリンも分裂を迎えたのか体を震わせていた。


 結局、その日はスラリンの分裂する瞬間が断続的に続いて、あまり仕事に集中できなかった。



      ◆



 スラリンが分裂する瞬間を見た翌日。


 魔物牧場の仕事を終えた俺は、汗を流そうと着替えを持って浴場に向かう。


 すると、家の中にいたスラリンの一匹が何故だが俺についてきた。


 分裂を繰り返して今やモコモコウサギの群れほどの数になったスラリン。


 個体によって居心地のいい場所に好みがあるのか、外で過ごすものや家の中で過ごすものと様々だ。


 元は同じ個体から生まれたものでも、嗜好に差があるのは大変興味深いので俺達は日々、スラリンの生活をデータとして記している。


 そんな状況なので、家の中にスラリンがいるのはおかしくない。


 だけど、風呂に向かっている俺に付いてくるのは、初めてみる行動パターンであった。


 気になる行動だったので俺はスラリンの速度に合わせながら進んでいく。


 やがて、脱衣所に入るとスラリンは動きを止める。


 何かを待っているのかジッと動くことはない。


 ただ単に懐いている俺に付いてきただけだろうか?


 そんなことを思いながらお湯の出る魔道具に魔力を流すと、蛇口から湯船に温かいお湯が流れる。


 それが十分な温度であることを確認して、脱衣所に戻ると依然としてスラリンはその場にいた。


 一体何が目的なのかわからない。


 試しに脱衣所から離れてみるも、スラリンはそこから動くことはなかった。


 やがて湯船にお湯が溜まってきたので魔道具を止めるが、スラリンが依然として動くことはない。


 スラリンに害意がないことは明白だけど、脱衣所でジーッとしている姿は少し不気味だ。


 それでも汗を流したいので、俺はスラリンの存在を無視し、服を脱いで浴場へ入る。


 すると、驚くことにスラリンまで浴場に入ってきたではないか。


「なっ! お前……何が目的なんだ? 風呂に食べ物はないぞ?」

「…………」


 などと言ってみるが、スラリンは言葉を返すことも、出ていくこともない。


 スラリンの謎の行動を訝しみながら、俺は浴場の扉を閉める。


 スラリンとお風呂に入るなど未知の体験なので不思議な気分だ。


 しかし、これもスラリンの生態調査の一環。


 俺はスラリンを追い出さずに、いつも通り体を洗いながら観察を続けることにした。


 スラリンが動き出したのは、体を洗い終わった後だった。


 体の泡をお湯で流すと、スラリンはのっそりと動いてそれを吸収し始めた。


 スラリンの意外な行動に困惑せざるを得ない。


 そこには泡だけでなく俺の身体の汚れも含まれているのだが……。


 俺が思わず固まるのをしり目に、スラリンはゆっくりとお湯を吸収していく。


 こんなことは今までなかったのだが、どうしたというのか。


 結局、スラリンは俺の流したお湯を吸い尽くした。



「ほう、それは興味深いことだ!」


 風呂から上がった俺は、レフィーアの部屋を訪れた。


 そして、先ほどの出来事を報告すると彼女は目を輝かせた。


「まさか、スライムがそのような行動をとるとは。もしかすると、スライムにも食の嗜好というものがあるのかもしれないな」

「……それって俺達人間のように肉が好きとか魚が好きとかいう?」

「そういうことだ」


 レフィーアの推測通りだとすると、あのスラリンは俺の身体の汚れが大好物で、それを狙って浴場まで付いてきたということになる。


「だからといって、身体の汚れを好むとは……」

「スライムは石でも草でも消化できるものは何でも消化して食べてしまう超雑食な魔物だからな」


 とはいえ、人間の肌に付着した汚れを好むのは、相当変わり者のように思える。


「で、どうするべきだと思う?」

「決まっているだろう。そのまま汚れたお湯を食べさせてみるべきだ! 魔物の中には鉱物などを取り込んで進化する個体だっている。そのスライムも何かしらの新しい道が開けるかもしれない!」


 困惑する俺などお構いなしで、レフィーアは熱のこもった声で断言。


 確かにクリスタルベアーなどの魔物のように、水晶や鉱物を体に取り込むことで、より強靭な外皮を纏ったりするものもいる。


 今回のスラリンも、そのような進化を果たすのかもしれない。

「とはいっても、汚れたお湯を食べて、どんな進化をするかはまったく不明だけどな」

「だからこそ、面白いんじゃないか。そのスライムのことはじっくりと観察しておいてくれ」


 レフィーアはそう言うと、純粋な子供のような笑みを浮かべた。


 そして、会話は終わりとばかりにテーブルに向き直ると、引き出しから紙を取り出して文字を書き始めた。


 恐らく、俺が話したスラリンについての考察を書いているのだろう。


 紙と向かい合うレフィーアの表情は、傍から見ていてもわかるくらいに楽しそうなものだった。



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