スライムが仲間になりました 1
村の中心部から牧場に戻ってきた俺は、ルードやデルクさんから頼まれたトレントの件をレフィーアに相談した。
「そうだな。リフレット村にも卸すべきだろう。あまり我々だけが独占することはよくないことだ」
どうやらレフィーアも同じことを考えていたようだ。
トレントを幾分か卸すことの了承がとれたので、ルードとデルクさんに売ることにした。
二人は乾燥されたものをいくつか荷台に詰め込んで、それぞれ作業に役立てるのだと息巻いていた。
ルードは家具を、デルクさんは良いワインを。
どちらも製作が上手くいけば、今後もトレントを継続して注文してくれるだろう。
トレントはその希少性もあり、かなりの高級品であるが、うちでは安全に継続的に集めることができる。
村人価格もあって、かなり抑えた値段にしたつもりだが、それでも利益は大きなものだ。
これはブルホーンのミルクしか収入源がなかった我が牧場からすれば大きな前進。
どんどん村でトレントを卸せるようになって、村人達の役に立ってくれるようになれば嬉しいな。
そんな感じで慌ただしい一日が終わった翌日。
「ウォッフ! ウォッフ!」
いつものようにリビングで朝のミルクを飲んでいると、外からベルフの鳴き声が聞こえた。
ベルフは賢い魔物なので、人間や魔物が寝静まっている時に無意味に声を上げたりはしない。
それなのに継続的に聞こえてくる声にリスカと俺は思わず首を傾げる。
「ベルフ、どうしたんだろうね?」
「この声からして客人というわけでもなさそうだな」
客人が来た時はもっと明確に訴えるような声を上げる。
今の声はどちらかというと遊んでいたり、興奮していたりする時に上げる声。
「ちょっと見に行くか」
「あたしも」
ベルフの様子がさすがに気になったので、ブルホーンのミルクを一気に飲み干して外へ。
玄関に出てみるが、いつものように出迎えてくれるベルフはいない。
牧草の方を見てみると、ベルフが何かを転がしていた。
何やら丸いもののようではあるが、モコモコウサギではない様子。
「ベルフ、どうしたんだ?」
「ウォッフ!」
声をかけて近付いてみると、ベルフは何かを口に咥えて牧草の上に置いた。
プルリとした粘体の生き物が足元に広がり、リスカと俺は思わず後退る。
「えっ? なに!?」
「おっ、スライムか……」
粘体質な身体を持ち、形を自由自在に変える魔物――スライムだ。
「な、なんだスライムか。ビックリしちゃった」
ベルフが持ってきたものがスライムだとわかり、安心するリスカ。
スライムは割とどこにでも生息しており、認知度の比較的高い魔物だ。
自分に取り込んだものを、体で生成した酸で溶かすことができるが、人体に害があるような即効性のある酸を飛ばすことはできない。
よって魔物ではあるが無害という扱いをされているために、出会ったからといって恐れられることはない。
ベルフによって地面に置かれたスライムは、プルリと震えながら球体になってズリズリと移動。そして、俺の足にぶつかると、こちらを見上げるかのように上を向いた。
そこには他の魔物のように感情があるわけでもないので、何を考えているかは読めない。そもそもスライムに思考する脳があるのかも謎だ。
「こいつはどこからやってきたんだ?」
「ウォッフ!」
スライムの発見者であるベルフに尋ねると、入り口のほうに視線をやっていた。
「入り口から入ってきて、それを発見したのか?」
「ウォフ!」
そうだと言い張るように頷くベルフ。
「へー、外から入ってきたんだ。君、運がいいね」
ツンツンとスライムを突きながらそんなことを言うリスカ。
牧場の周りには侵入者を拒むための魔道具付きの柵が植えられている。
それをかいくぐって僅かなスペースである入り口から侵入してくるとは、大した運の持ち主だ。
「このスライムどうする? 逃がしてあげる?」
「うーん、ちょっと待ってくれ。確かレフィーアの研究リストにスライムがあったような気がする」
咄嗟にポケットをまさぐってみるが、どうやらメモ帳は家に置いてきてしまったようだ。
「ちょっとレフィーアを連れてくるから、スライムを見ててくれ」
「うん、わかったー」
自分の部屋に置いてあるだろうメモ帳を確認しに戻るよりも、レフィーア本人に聞いてみるほうが早いし確実だ。
俺は家に戻ると二階に上がって、レフィーアの寝室をノック。
「レフィーア、ちょっといいか?」
「……ん、んん? なんだアデル? もう朝ご飯か?」
ドンドンと扉を叩きながら声をかけると、寝室から眠そうな顔をしたレフィーアが出てきた。
白衣を纏ったまま寝てしまったからだろう、白衣がしわくちゃだ。
それに寝起きのせいか髪の毛も酷くボサボサで、その様子は昨日の朝と同じである。
リスカであれば、このような状態で出てくるようなことはないが、レフィーアなら関係もないか。
「いや、朝ご飯はもう少し後だ。それより牧場に偶然スライムが入ってきたんだけど、確かスライムって育てて欲しい魔物のリストに入っていたよな?」
「なにっ、スライムか! 確かにスライムはリストに入れていた! どれどれ、外にいるのであれば私も見に行こう!」
スライムがやってきたと言うと、眠そうにしていた瞳をカッと見開いて動き出すレフィーア。
魔物が絡み出すと途端に元気になるのは凄いな。
寝起きとは思えない程にしっかりとした足取りのレフィーアに続いて外へ。
スライムは先ほどの場所からまったく動いておらず、座り込んだリスカが興味深そうに観察していた。
「おお、スライムだな!」
そこにテンションの高いレフィーアが合流。
スライムは特にそれに驚くこともなく、ただジッと佇んでいる。
「ねえ、スライムもここで育てるの?」
「ああ、スライムの生態を調べるために是非とも頼みたい」
「スライムは手間も費用もかからない魔物だから別にいいけど、何の研究をするんだい?」
牧場としては常に新しい魔物を欲しているのだ。
スライムを飼育することに問題はない。
「スライムが取り込んだものを溶かす習性があるのは知っているな?」
「ああ」
スライムは雑草や石、動植物の死骸など、何でも取り込んで食べてしまう、超雑食の魔物だ。
「私はそれを利用して、人間の排出するゴミなんかをスライムで処理できないかと考えている」
「それってスライムにゴミを食べてもらうってこと?」
「ああ。彼らは雑食だから何でも喜んで食べる」
レフィーアはそう言うと、牧草を千切ってスライムの上に乗せた。
すると、スライムは柔らかい体を凹ませて、牧草を体内に取り込み始めた。
俺達が排出するゴミなんかもスライムからすれば立派な食事だ。
レフィーアの構想が実現すれば、スライムと人間が互いを支え合う暮らしができることだろう。
「だけど、スライム一匹が物を取り込んで食事するのには量も限られているし、時間もかかるんじゃ……」
「そうだ。だから、アデルにはスライムを飼育してもらって多くのスライムを生み出してほしい」
スライムは多くの食事を取り込むことで分裂する。食事さえ与えておけば数を増やすことができるのだ。
当然、野生でも同様の原理で増えているのだが、何せ弱いので分裂する前に狩られてしまうのがほとんどである。
今回は俺達が安全にスライムを育成して、増やしていくのが目標となるわけだ。
「わかった。ひとまず、こいつを育ててみよう」
「やったー! じゃあ、今日からスラリンも牧場の仲間だね!」
スライムを持ち上げながらリスカがそう叫ぶ。
早速リスカの中で名前が決定したようだ。
「スラリンか。まあ、呼びやすいし悪くないな」
「とはいっても、スライムは成長すると分裂する。いずれ、何十、何百匹とスラリンが誕生することになるな」
分裂する以上、元の個体とそう違いはないはず。
そうなると、モコモコウサギのように微妙な違いで判別することも不可能だな。
「いいの! スラリンはみんな、スラリンだから!」
「そうだな。みんな同じなんだし、分裂しようとスラリンだもんな」
「うん!」
こうして魔物牧場に新しい魔物、スライムが加わることになったのである。




