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困った社長 2


 魔物達の朝の世話が終わると、俺とリスカは朝食を食べるために家に戻る。


 外で付着した土などをしっかりと玄関で落とすと、ベルフも真似をするようにカーペットで足の裏を拭った。


 最初はそのまま土足で上がっていたが、俺が注意してからしっかりとそれを守っているのでいい子だ。


 俺とリスカは洗面台で丁寧に手を洗ってからリビングへ。


「ふう……最近、暖かくなってきたね。じんわりと汗かいちゃった」


 ソファーに腰かけたリスカが、滲んだ汗をタオルで拭う。


「夏に近付いてきているからな。これからドンドン暑くなっていくだろう」

「魔物だけじゃなく、飼育員にとっても辛い季節だね。ちなみに魔物って夏にバテたりするの?」

「うーん、個体にもよるが、人間や動物と同じようにバテる魔物もいるみたいだ」


 暑さが苦手な魔物もいれば逆に強い魔物もいる。


 魔物の体の仕組みは人間とまったく異なる部分もあり、わかっていないことは多い。


「そうなんだ。倒れたりしないか心配だね」

「まあ、うちではそのあたりに気を使って、夏でも快適に過ごせるように氷の魔道具が設置されているからマシだと思うよ」

「ええ、すごい! 多額な費用がかかってるのって伊達じゃないんだね!」


 設備を褒められているはずなのに、俺とレフィーアの調子に乗り具合を責められているように感じるのは気のせいだろうか。


 いや、性悪なエレナじゃあるまいし、リスカはそんな皮肉を言ったりはしない。


 きっと俺が気にしすぎているだけか。


「さて、朝食を温めるとするか」

「あれ? 朝起きたのって、あたしとそう変わらないよね? いつの間に作ったの?」

「実は昨日の夜にポトフの下ごしらえをしててな」

「そうなんだ! ありがとう、アデル兄ちゃん!」


 リスカに礼を言われながら、俺は冷蔵庫からポトフの具材の入った鍋を取り出す。


 以前は騎士団の寮に住んでいたので、遠征の時以外はまともな料理など作ってはいなかったが、こうやって誰かのために作る料理はいいものだな。


 リスカが来る前も一人で料理は作っていたが、やはり食べてくれる人がいると自然と気合が入ってしまうものだ。


 生活が変わると、考えも変わる。


 人生とは面白いものだ。


 鍋の中に入っている具材は豪快に切ったキャベツにニンジン、タマネギ、ジャガイモ。そのどれも昨日の夜に煮込んでいたので、後はベーコン、ソーセージを入れて、調味料で味付けをするだけだ。


 鍋を温めて五分ほど煮込むとベーコンやソーセージにも火が通り、野菜の味が染み込んだポトフの香りが漂うようになった。


 朝の労働で空にした胃に、優しく染み渡るような香りだ。


「はぁ……いい匂いだね」

「ウォッフ!」


 気が付けばリスカが隣で鍋を覗き込んでおり、ベルフも足元から鍋を見上げていた。


 どうやらポトフの匂いに誘われてしまったようだ。


「もうすぐできるからお皿の用意を頼むよ」

「わかった!」


 笑いながらそう言うと、恍惚としていたリスカが機敏な動きで食器の用意を始める。


 ポトフができあがったので火を止めると、リスカが深皿を渡してくれたのでそこに熱々のポトフを注いでいく。


「熱いから注意してな」

「うん!」


 リスカが一つ皿を運んでいる間に、自分の分とベルフの分のポトフを深皿に注いでいく。


「さて、後はレフィーアの分だけど、あいつはまだ寝ているか……」

「あたしが起こしてこようか?」

「いや、その必要はなさそうだ」


 リスカがリビングから出ようとするタイミングで、階段の方から足音が聞こえてきた。


「……朝からいい匂いがするな」

「うわわっ!」


 入ってきたレフィーアを見て、リスカが小さな悲鳴を上げた。


 レフィーアの髪はボサボサで、顔は青白く、目の下には濃いクマができていたからだ。


 それが幽鬼のような足取りでやってくるものだから、リスカが悲鳴を上げてしまうのも無理もないだろう。


 これを見るのが夜であれば、見慣れている俺でさえも腰を抜かしてしまいそうだ。


「レフィーア、目のクマが酷いぞ。夜中にフォレストドラゴンの生態を研究していたんだって?」

「ああ、フォレストドラゴンの生態が間近で見られるなどという貴重な体験は滅多にできないからな」


 レフィーアはそう言って、呑気に欠伸を漏らした。


「だけど、さっきフォレストドラゴンから苦情がきたよ。夜中に触ってくると眠れないからやめてほしいって」

「……むう、そうか」

「日中の質問にできるだけ答えてくれるってことだから、ひとまず夜の研究は控えてくれるかい?」

「おお、それは素晴らしい! わかった。では、当分は夜の研究は控えることにしよう」


 ひとまず、レフィーアの夜間での野外研究は、これで落ち着きそうだ。


 他の研究に没頭することができれば、夜の生態を研究するのも当分はないだろう。


「それよりもお腹が空いた。私にも何か食べ物をくれ」


 這うように椅子に座るとレフィーアはテーブルに突っ伏した。


 俺はレフィーアの分のポトフを深皿に注ぎ目の前に置く。


 すると、レフィーアはスンスンと鼻を鳴らし、ガバッと上体を起こす。


「お、おお! 温かい料理だ!」

「そりゃ、今できたところだからな」


 レフィーアの第一声に、彼女の普段の食生活が心配になった。


 そんなやり取りをしながら、ポトフに付けて食べるためのバケットを切って皿に並べる。


「さて、全員そろったし食べようか」

「うん!」


 俺が席に座って声をかけると、全員がスプーンを手に取った。


 まずは深皿の上を大きく陣取っているキャベツから。スプーンでそれをすくって、スープと共に口の中へ。


 くたくたになるまで煮込まれたキャベツは、歯を突き立てる必要もなく口の中で溶けた。


 スープの旨味をしっかりと吸収したキャベツが美味しい。


 それに調味料で味付けされたスープは、ニンジンやタマネギの甘みが出ており、ジャガイモが溶けることで少しとろみもついていた。


「ゴロッとした野菜が美味しい!」

「結構、大雑把に切ったけど大丈夫だったか?」

「うん、あたしはこれくらい具材が大きいほうが好きだから!」


 騎士団の頃を基準として作ってしまったので、リスカに大きすぎないか心配だったが問題ないようで一安心だ。


 次にレフィーアに尋ねようとしたら、彼女は動きを止めていた。


「どうした、レフィーア? あんまり口に合わなかったか?」

「いや、そんなことはない。とても美味しいさ。ただ朝一番に誰かの作った温かいものを食べるなんて久しぶりだと思ってな」


 どこか感激した面持ちで言うレフィーア。


「久しぶりって、普段はどういう食事をしていたんだ?」

「日持ちしてすぐに食べられる乾パンや干しブドウ、干し肉なんてものが多かったな」

「それって旅先での保存食じゃないか。そんなものばかり食べていたのか?」

「私からすれば、食事なんてものはただのエネルギー補給でしかないと認識しているのでな。だが、久しぶりに誰かが作ってくれた料理を味わってみて、こうも美味しいものだったとは。これは少し認識を改める必要がありそうだな」

「まあ、喜んでくれたのならなりよりだ。ここにいる間は毎日料理を作ってやるから、ちゃんと食事はとってくれよ」

「ああ、こんな美味しいものがあるならとるさ」


 レフィーアはそう言うと、またスプーンを動かしてポトフを食べ始める。


 レフィーアが身体に悪いような食生活をしているのは、なんとなく想像していた。


 彼女がずっとここにいるかは不明だが、今後はまともな食生活を送ってくれるようになってくれるといいな。


 そのためにも俺が美味しい料理を作ってあげて、料理を食べる喜びをもっとレフィーアに知ってもらわないとな。


「ウォッフ!」


 そんなことを思いながらポトフを食べていると、ベルフが食べ終わったのか空になったお皿を持ってくる。


 これはお代わりの合図だ。


「もう、お代わりか。早いな」

「あたしもお代わり!」


 お代わりを催促するベルフを見て笑っていると、すぐ隣でもお代わりの声が上がった。


「ふむ、私も頼もうか」


 すると、今度は目の前で食べていたレフィーアまで、空になった皿を渡してくる。


 うちの食卓には大食らいが多いようだ。


「ああ、アデル兄ちゃん! なんか失礼なこと考えてるでしょ!」

「そんなことないさ」


 俺はリスカの勘の鋭さに驚きながら、皆のお皿にお代わりのポトフを注いであげた。


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