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リフレット村 その1

 ガタゴトと音を立てて、馬車が道を進んでいく。


 御者台に座って馬を操っていた俺はゆっくりと辺りを見回す。


 視界を埋め尽くすのは圧倒的な緑。大きな山々がそびえ立ち、緑のカーペットのような平原が延々と広がっている。


 そこには春らしい色鮮やかな花々が咲いており、景色に華やかな彩を与えていた。


「おっ、ようやく村が見えたか」


 遠くに微かな民家が見え、そこが村であることを知らせている。


 そう、俺は故郷であるリフレット村に帰ってきたのだ。


 レフィーアと打ち合わせをして魔物牧場をやると決めた俺は、そのまますぐにハーゲス副長のところに向かい辞表を渡した。


 するとハーゲス副長は怒ることもなく、予想通り満面の笑みで認可してくれたのである。


 それからの俺は、王都の宿屋に泊まりながらレフィーアの仕事を手伝い、魔物の育成方法や知識などを勉強。


 その間にレフィーアは、お偉いさんやリフレットの村長、統治する貴族と話をつけたりといった事務的な処理をてきぱきとこなす。


 そして出資を募り、使われなくなっていた村の一番端にある牛の牧場を購入。そこを改築する形で、魔物牧場の準備が急ピッチに進められた。


 村の様子はどんな風になっているだろうか。


 さすがに十年の歳月が経過していれば、変わるところも出ているのだろうか?


 それとも昔のまま変わっていなかったりして。


 村へと近付くにつれて様々な思いが湧き上がって胸が高鳴る。


 普通ならこのまま村にある両親の家に直行するところであるが、生憎と今回は荷物というか――魔物を抱えているのでそうはいかない。


 まずはレフィーアが用意してくれたという牧場に、魔物を放しに向かわなければならない。


 俺は馬を操舵して、村の東へと進んでいく。


 懐かしくも長閑な道を進むことしばらく、とても平坦で綺麗な平原が広がっている場所に出ると、赤茶色の屋根をした大きな白い建物が見えてきた。


「おお、ここが魔物牧場か。結構綺麗で大きいな」


 自分が想像していたよりも立派だ。王都にあった魔物研究所の飼育スペースなんかよりも遥かに大きい。これほどの大きさなら牛を軽く百頭は収容できそうだ。


 まあ、王都と田舎では土地の運用や値段、魔物が逃げた時の大変さなどが違うのだろう。


 だがそれを抜きに考えても、丁寧に改築された魔物牧場の外観から、レフィーアの並々ならぬ決意のようなものがひしひしと伝わってきた。


「……これは、こっちも本気で頑張らないとな。やりがいがありそうだ」


 これからやるべきことの大きさ、楽しさに胸を膨らませながら俺は牧場の敷地に入る。


 建物のところで馬車を停め、御者席から飛び降りてグンと伸びをすると、凝り固まっていた筋肉が解れて腰の骨が小気味良い音を立てた。


「ははは、さすがにずっと座りっぱなしだったせいか腰と尻が痛いな」

「ブモオオオオオオオッ!」


 腰やお尻を手で叩いていると、後ろの馬車から猛牛のような唸り声と金属音が聞こえる。


「おお、どうやら長旅でお怒りのようだ」


 魔物が怒っていることなど姿を見なくてもわかる。


 俺はのんびりとした気持ちを引き締めて、馬車の荷台にまわって扉を開ける。


 そこには頑丈な檻に入れられた、茶色い大きな体躯をした一頭の牛のような魔物がいた。


 しかし、顔つきは牛のように優しいものではなく怖い。


 頭からは湾曲した立派な白い角が伸びており、檻を突き破らんとぶつけていた。


 この魔物はレフィーアから是非にと頼まれたブルホーンという名の魔物である。王都で生態を調べるために研究をしていたのだが、予想以上に暴れん坊で手が付けられなかったらしい。


 その暴れん坊を沈めることができたのが俺だけだったので、押し付けられるように渡されたのだ。


「ブモオオオオッ!」


 長いこと檻に閉じ込められたことでかなりストレスが溜まっているのだろう。俺を視界に捉えたブルホーンが、早くここから出せとばかりに暴れている。


 残念ながらこの檻は魔物を捕獲できるように丈夫に作られているので、ブルホーンの突撃ではビクともしないが、目の前で魔物が暴れていると少しビビる。いくら俺が強い戦闘力を持っていようと、その凶悪な角で刺されてしまえば一発だからな。


「はいはい、出すから暴れないでくれ」


 俺が慌てて施錠部のカギを解除しにかかると、出してもらえると理解したのか、とりあえず突撃をやめるブルホーン。


 ちょっと、そんなにジーッと見つめないでくれ。緊張して手元が怪しくなっちゃうから。


 俺の経験上、檻のカギを開けると絶対突撃してくるな。


 そう思いながらカギを回すと、ガチャリと開錠音が響く。


 それからゆっくりと扉を開けてやると、


「ブモオオオオッ!」


 予想通り、ブルホーンは俺目掛けて体当たりをしてきた。


 それを事前に想定していた俺は、瞬時に体の中にある魔力を活性化させる。


 魔力を体に巡らせて身体能力を何倍にも引き上げる、魔法剣士の基礎の技だ。


 俺は突進してきたブルホーンの角を両手で受け止める。


 勢いよく檻から飛び出してきたブルホーンの力で一メートルほど後退したが、魔力で身体を強化していたおかげで、そこでピタリと止まった。


「ブモオオッ!」


 それでもブルホーンはこちらを押し倒そうと、グイグイ力を込めてくる。


 ブルホーンの討伐であれば、ここで横に引き倒してやれば問題ない。倒れ方によっては自重で足が折れたり、しばらく立ち上がれなくなり、その後にトドメを刺せばいい。


 だが、今日からは魔物の牧場員。討伐することではなく、育成することが目的だ。


 今の俺がやるべきことは、このブルホーンを無傷で落ち着かせることである。


 魔物と睨めっこをしながら押し合うことしばらく――。


「ブフォオオ」


 殺気立っていたブルホーンからフッと力が抜けていった。


 どうやら閉じ込められていた怒りが落ち着いて、突進するのに飽きたらしい。


 こいつはストレスを溜め込むと暴れる性格だが、今日はいつもよりも長かったな。


 それだけ檻に入れられながらの旅が不満だったということか。


「すまんな。今日からは広いところで生活できるから機嫌を直してくれ」


 俺がそう言いながら体を撫でると、ブルホーン拗ねるように顔を逸らした。


 まあ、しばらくはゆっくりとした時間が必要だろう。


 ブルホーンの首輪についた縄をそれとなく引っ張っぱると、素直に歩き出した。


 そのまま牧草地を進んでいくと、見慣れない場所なせいかブルホーンはキョロキョロと首を動す。そして、フスフスと鼻を鳴らして匂いを嗅ぎ、生えている牧草を口に含んだ。


 安心したのか、ブルホーンはそのままもしゃもしゃと草を食べている。


 うん、ここの牧草でも問題ないようだな。


 俺はそんなブルホーンの背中を優しく撫で続ける。


 体温が人よりも高く、毛並みもツヤツヤしていて気持ちがいいな。


 このままずっと撫でていたくなるような手触りだ。


「アデル兄ちゃん?」


 ブルホーンを撫でていると、不意に後ろから声をかけられた。


 慌てて振り返ると、そこには茶色の髪をポニーテールにした少女が立っていた。


 クリッとした大きな翡翠色の瞳は美しく、肌は健康的な色合い。顔立ちは整っており、綺麗というよりかは可愛らしい感じだ。


 年齢は十五歳くらいだろうか? どこか見覚えのあるような少女だ。


「アデル兄ちゃんだよね?」


 俺が少し考え込んでいると、少女が不安そうに尋ねてくる。


 アデルお兄ちゃん? そんな呼び方をしてくる人物はこれまででただ一人。


「もしかして……リスカか?」


「う、うん! やっぱりアデル兄ちゃんだ! 本当に帰ってきたんだね!」


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