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困った社長 1


 窓から差し込む光を感じた瞬間、俺は速やかに目を開け身体を起こした。


 太陽が昇ったばかりの時間帯であるが、早寝早起きの生活にすっかりと慣れたので眠気もあまり感じない。


 ベッドから出ると、両腕を上げて伸びをして固まっていた筋肉をほぐし、思いっきり息を吐いた。


 それから寝間着から作業着に着替え、寝室を出て一階へ。


 リビングには誰もいないからかとても静かだ。


 まだリスカは寝ているのだろうか?


 そう思いながら冷蔵庫を開けてブルホーンのミルクを取り出していると、微かに上から足音がした。


 きっと、リスカが降りてきたのだろう。そう当たりをつけて、自分のコップとリスカのコップ、さらにライラックの雛であるピイちゃんのために浅い皿を用意する。


 ブルホーンのミルクを注いでいると、やがて階段の方から足音がしてリビングにリスカが顔を出した。


「おはよう、アデル兄ちゃん!」


 茶色の髪をポニーテールにくくり、快活な声を上げるリスカ。


 さすがは家が酪農家なだけあってか、早朝の起床にも眠たさを感じさせない表情だ。


「おはよう、リスカ。そろそろ降りてくると思って、ブルホーンのミルク入れておいたよ」

「わぁ、ありがとう!」


 俺達が朝にブルホーンのミルクを飲むのは、もはや日課となっている。


 互いに絶対に飲むとわかっているので、用意するのは当たり前だ。


「ほら、ちゃんとピイちゃんのもあるよー」

「ピイ!」


 リスカの胸ポケットから顔を出したピイちゃんが元気に声を上げた。


「……にしても、ピイちゃんも大きくなったな」

「でしょ! この間まではポケットに落ちちゃうくらいだったのに、今ではすっぽりハマるようになったよ!」


 嬉しそうに胸ポケットにいるピイちゃんを指さすリスカ。


「でも、今度はリスカの胸ポケットがはち切れそうで心配だな」

「うーん、そろそろポケットを卒業する時なのかな?」

「ピイッ!」


 リスカが悩むように呟くと、ピイちゃんは「まだここにいる!」と主張するようにポケットの中にこもってしまった。


 ピイちゃんの主張が可愛らしく、眺めているこちらの表情も思わず緩んでしまう光景だ。


「まだここにいたいみたい。ポケットを補強しながら、もう少しだけいさせてあげようかな~」


 いずれは俺達よりも大きくなるので、小さい今のうちに甘えるだけ甘えさせてあげるのもいいかもしれないな。


 こうやってリスカの傍にずっといられるのも、小さい今だけだろうし。


「そういえば、レフィーアは知らないか?」


 この家には従業員である俺とリスカともう一人、魔物牧場の社長であるレフィーアが昨日から滞在している。


「あー、きっとまだ部屋で寝ているのかな? 昨日遅くまで起きていたみたいだし、すぐには起きないと思うけど」

「夜遅くまで起きてたって、一体何を……まあ、魔物の研究だろうな」


 元々、この牧場に住むフォレストドラゴンの情報を聞いて、わざわざ王都からすっ飛んできたのだ。


 そんな彼女がすることといえば、それ以外考えようがない。


 なんてことを思いながらブルホーンのミルクを飲む。


 氷の魔道具で十分に冷やされた新鮮なミルクは、とても濃厚で口当たりもよく、後味もすっきりしていて、毎日飲んでも飽きない。


「……やっぱり朝にはミルクがないとはじまらないな」

「おっ、アデル兄ちゃんも酪農家らしくなってきたね!」

「収入源がフォレストドラゴンの素材を除くと、ブルホーンだけだから酪農家と言われても否定できないのが辛いところだな」

「あはは、そこはゆっくり増やしていけばいいよ。フォレストドラゴンのおかげで借金もなくなったんだし」


 リスカの言う通り、フォレストドラゴンの素材のおかげで牧場建築にかかった費用が回収できている。さらに出資者から資金も入ってくるので、魔物牧場の運営はこの上なく安定しているといっていい。


「そうだな。資金も増えることだし、レフィーアと相談して飼育する魔物でも増やしてみるとするか」

「あたし可愛い魔物がいい!」

「候補が上がったらできるだけ可愛い魔物を選定するよ」


 なんて話し合いながらミルクを飲み終わると、俺達は外に出る。


「ウォッフ! ウォッフ!」


 玄関の扉を開けると、俺達を出迎えるようにベオウルフのベルフが元気な声を上げてくれた。


「おはよう、ベルフ」


 挨拶をしながらベルフを撫でる。黒い体毛がモフモフしていて気持ちがいい。


 頭や首筋、お腹は毛が柔らかいが、背中は少し硬めなのがベルフの毛の特徴だな。


「あたしも撫でるー!」


 それぞれの毛質を堪能していると、ブーツを履き終わったリスカもそこに加わる。


「ウォ、ウォフゥ……」


 長年、動物を撫でてきたリスカの黄金の右腕にはベルフも敵わないらしく、瞬く間に力が抜けてしまう。


 玄関で横たわり、もっと撫でてとばかりにお腹を差し出す。


 とても気高き魔物であるベオウルフとは思えない光景だな。


「ブモオオオオオッ!」


 リスカと一緒にベルフを撫でていると、厩舎の方から重々しい鳴き声が聞こえてきた。


 どうやら厩舎の主は、すっかりお腹を空かしてしまっているようだ。


「ブルホーンが待っているみたいだから行ってくるよ」

「わかった。モコモコウサギの餌やりをしておくね」


 ベルフを撫で続けるリスカに声をかけてから厩舎へと向かう。


 扉を開けると、外の日差しが広い室内に差し込み、区切られた檻の中に茶色い牛のような姿をした魔物が露わになった。


 鋭い眼光を宿したその瞳は相手を威圧し、湾曲している白い角で刺されればひとたまりもないだろう。


 こいつはブルホーン。元々は王都にあるレフィーアの研究所で飼育されていたのだが、あまりに気性が荒いために、身一つで止めることのできる俺の牧場にやってくることになった魔物だ。


 ブルホーンは早く出せとばかりに、角で檻をカンカンと叩く。


「はいはい、今出すから待っててくれ」


 相変わらず気性が荒い奴だと苦笑いしながら、俺は錠を解いた。


 すると、ブルホーンはすくっと立ち上がって檻の外に出る。


 俺はその間にブルホーンの手綱を速やかにつけてやる。


 ここでもたつくとブルホーンは機嫌を悪くしてしまうので必須の技能だ。


 どこかブルホーンに急かされるように厩舎の外に誘導して、青々とした牧草地帯を進んでいく。


 そして、よく日の当たる端っこへと誘導すると、ブルホーンはノシノシと歩いて草を食み始めた。


 お腹を空かせると機嫌が悪くなる奴だが、食事をし始めれば機嫌が良くなるのでこれでひとまずは安心だ。


 ブルホーンが食事に夢中になっている間に、身体の隅々まで観察。


 鳴き声も元気があったし、足取りも異常はないな。


 試しにミルクを搾ってみると、色も匂いも問題はない。


 そうやってブルホーンの健康状態を一通りチェックし終わると、背中を撫でてみる。


 ブルホーンの背中は発達した筋肉と骨格で凸凹としているが、毛自体は柔らかいのでとても滑らかな触り心地だ。


 ベルフのようなモフモフ感とは違った手触りで、こちらもいい。


「モコモコウサギ達ー! 朝ご飯の時間だよー!」

「「ピキ! ピキピキ!」」


 あちらではリスカが餌やりをしており、多くのモコモコウサギに囲まれていた。


 リスカが餌を撒くと、モコモコウサギ達は喜びの声を上げながら食べる。


 そこに密かに黒い狼も混じっていたことは目をつむっておいてやろう。


 リスカの作業風景を見ながらブルホーンの背中を撫でていると、体に付着した藁や土が気になったのでブラシを取り出してブラッシング。


 硬い毛質のブラシで藁や土などの大きな汚れを落とし、それが終わると柔らかい毛質のブラシに替えて小さな汚れを落として毛並みを整える。


 ブルホーンの毛並みが整うと、照りつける日光が強く反射されるようになった気がした。 


 綺麗になった毛を見ると、満足感のようなものが広がるな。


 ブルホーンのブラッシングが終わると、ふと視線を感じたので振り返る。


 すると、少し離れた陰地に佇むフォレストドラゴンが視線を向けてきていた。多分、何か言いたいことがあるのだろう。


 それを察した俺は、ブルホーンから離れてフォレストドラゴンの傍へ。


「どうしたんだ?」

「……あの女をどうにかしろ」


 俺が尋ねると、フォレストドラゴンはいつにも増して怠そうに言った。


「あの女っていうのは、レフィーアのことであってるよな?」

「そうだ。あの銀髪の不気味な女だ」


 名前で呼んでいないということは、まだレフィーアの名を覚えてはいないのだろう。長い時間を生きるフォレストドラゴンにとっては、人間の顔や名前を区別するのは難しいらしいし。


「レフィーアが何かしたのか?」

「我が気持ちよく眠っている最中に身体をまさぐってきよるのだ。おかげで夜中に何度も目が覚めて、眠った気になれぬ!」


 いつになく真面目な口調で話すフォレストドラゴン。


 レフィーアが夜遅くまで起きていたことは聞いていたが、まさかそんなことをしていたとは思わなかった。


 それでフォレストドラゴンはいつも以上に気だるそうにしていたのか。


「多分、フォレストドラゴンがどんな生活をしているのか気になったんだろうな。日中触らせてもらえなかったから、眠っている夜に調べていたんだろう」

「……樹木を生やして追い払おうとしても嬉々としているのだ。不気味で仕方がないから、どうにかしてくれ。これでは外で外敵に怯えながら生活するのと、そう変わりがないぞ」


 フォレストドラゴンのことを知りたいと思っている彼女に能力を使えば、そうなるだろうな。


 とはいえ、フォレストドラゴンにとっては切実な悩みだろうし、レフィーアに釘を刺しておかないとな。


「注意してみるけど、それで止まるとは思えないから、日中に会話をしてやったり、触らせてやったりしてくれないか?」


 レフィーアの魔物への探求心は止められることではないだろう。


 このまま放置していれば、ずっとフォレストドラゴンに張り付いて、べたべたと体を触りまくったり舐めてみたりするに違いない。


 だとしたら、フォレストドラゴンが疲弊しない程度にしてもらうのが一番いい気がする。


 俺の提案を聞いたフォレストドラゴンが眉間に皺を寄せて考え込む。


「……むむむ」

「まあ、あんな奴でも魔物の生態に関してはかなり詳しいから、健康的な生活を送る上でもデータをとらしておくのは悪くないと思うぞ? お前が体調を崩したり、病気なんかにかかったときに対処できるかもしれないし」

「……まあ、日々の生活も健康があってこそのものだしな。仕方がない、少しはあの不気味な女の相手もしてやるとしよう」


 ため息を吐きながらそう答えるフォレストドラゴン。


「――ただし、その代わりに……」

「ピッザだな?」

「うむ、前に食べた円形の大きいやつだ。トーストと間違えるなよ?」

「わかった」


 前にトレントの木を運んでくれた時に、お礼として円形のピッザを作ってやったのだが、フォレストドラゴンはそれをいたく気に入ったようだ。


 最近ではこうやって事あるごとにねだってくるようになっている。


 ピッザトーストと違って、作るのに時間がかかるがこれで機嫌が直ると思えば安いものだろう。


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