トレントの森をお世話 その3
トレントキングの枝葉を剪定してから三日後。
今日はトレントの木を運んでもらうために、フォレストドラゴンに荷運びを手伝ってもらおうと思う。
早速、フォレストドラゴンに声をかけたのだが。
「……どうして我が荷運びのような真似をせねばならぬ」
案の定、フォレストドラゴンは渋った。
三日前の剪定も付いてきてくれなかったので予想通りの反応だ。
「だって、トレントの木を運ぶとなるとフォレストドラゴンくらいしかできないだろ?」
うちの牧場に木を運べるほどの人材も、道具もない。
さすがにベルフであろうとそれは無理だ。細かく切断してから分担すれば可能であるが、それでは途方もない時間がかかる。故にフォレストドラゴンの出番なのだ。
「なになに? トレントの森に行くの?」
俺がそうやって説得していると、会話を聞きつけたのかリスカがやってきた。
「ああ、でもフォレストドラゴンが嫌がってな」
「別に行くのは構わないが、馬のように荷運びにされるのが気に食わないのだ」
「トレントは上質な木材だ。フォレストドラゴンの食料にもなるからいいじゃないか」
俺がそう言うと、フォレストドラゴンはそっぽ向くように顔の向きを変えた。
竜種による矜持か、ただの個人の性格によるかわからないが、そこを何とか手伝ってもらいたい。
一応は、自分の食料のためでもあるし。
「だったら、前言ってた、あたしを乗せてくれるいう約束を果たすっていうのはどう? トレントの木を運ぶのはフォレストドラゴンの食料集めのため。ついでだよ!」
「うーむ、しかし……」
「えー、背中に乗せてくれるって言ったのは嘘だったの?」
「うっ」
リスカのどこか責めるような言葉に、フォレストドラゴンが思わず呻く。
そういえば、トレントキングに会いに行く時、フォレストドラゴンは確かにそう言っていた。
ここで連れて行くのを拒めば約束を破るということになるな。
「し、仕方ないな。リスカを背中に乗せてやるためだ。ついでにトレントの木を運ぶのも手伝ってやる」
「やったー! あたし、竜の背中に乗れるんだ!」
やはり、心なしかフォレストドラゴンはリスカに甘い気がするな。
とはいえ、フォレストドラゴンが力を貸してくれることは事実だ。
「ありがとな」
「別にアデルのためではない。リスカとの約束を果たすためだ」
そんなわけで、フォレストドラゴンの気が変わらないうちに、俺は急いで背中へよじ登る。
その後を付いてくるようにリスカも、脚から上ってきた。
「そこ、枝が生えているから気をつけろよ」
「うん、うわっとと」
注意して避けたはいいがリスカがバランスを崩してしまったので、俺が手を伸ばしてやる。
すると、リスカは俺の手を握ってバランスを戻した。
「大丈夫か? フォレストドラゴンの体はゴツゴツしてたり、枝もあるから気をつけろよ」
「うん、ありがとう。アデル兄ちゃん」
礼を言うリスカの後ろでは、蔓がするすると収納されていくのが見えた。
一応、フォレストドラゴンもリスカを気遣ってくれていたらしい。
その優しさが嬉しくて、俺は心の中で感謝をしておく。
そこからはスムーズに上ることができ、俺とリスカはフォレストドラゴンの背中に跨った。
「あはは、座るところもゴツゴツだね」
座り込んだリスカが、フォレストドラゴンの背中を触りながら笑う。
「このコブみたいなのも、蔓みたいに引っ込めたりできないのか?」
「さすがに我の体もそこまで便利ではない。我慢しろ」
今度乗る時はクッション性のある布でも持ってきて敷こうかな。さすがに本格的なものを敷くと、馬みたいで嫌だとか言われそうだけど。
そんなことを考えていると、下から声が響く。
「そろそろ準備はいいか? 準備がいいなら飛ぶぞ?」
「え、ちょっと待って。このまま飛んだら落ちちゃいそうで怖いんだけど」
「怖かったら近くに枝とかコブみたいなのを持っているといいぞ。一応、こんな風に蔓を巻いて固定してくれるから平気だけど」
説明しているとちょうど蔓が伸びてきて俺の腰に巻き付いてきた。
そして、後ろにいるリスカにも同じように蔓が巻き付いてくる。
「くくく、慣れたように言っているが、アデルも前に同じことを言っていたではないか」
「……うるさい」
経験者として格好をつけているんだ。そこはさっきの優しさのように察して見逃してくれよな。
リスカは腰の辺りに巻き付いてきた蔓を触るも、まだどこか表情は不安そうだ。
「これなら大丈夫かもだけどちょっと不安。ねえ、アデル兄ちゃん。腰に手を回していい?」
「おお、いいぞ」
俺がそう言うと、リスカは距離を詰めてきて後ろから手を回してきた。
リスカの細い腕がお腹の辺りで交差され、ほんのりと甘い匂いが漂う。
同じ石鹸を使っているはずなのに、どうして女の子というのはいい香りがするのだろうな。
「これで大丈夫か?」
「うん!」
「では、飛び上がるぞ」
リスカが頷いた瞬間、フォレストドラゴンがそう言って翼を動かした。
「ひゃっ!」
その瞬間、左右から風が吹き荒れて、俺とリスカの髪がたなびく。
短い悲鳴は驚いたリスカのものだろう。しかし、耳元で吹き荒れる風の音であっという間にかき消されてしまった。
浮遊感と共に視点が上がっていき地上からどんどんと離れる。
結構な高さまで上がったけどリスカは大丈夫だろうか。
「うわあ! すごい! すごい! 下にある家や厩舎があっという間に小さくなったよ。アデル兄ちゃん!」
チラリと後ろを振り返ってみると、それはもう嬉しそうに目を輝かせたリスカがいた。
飛び上がる前までは少し不安そうにしていたのに、もうそのような色は見当たらない。
空から見下ろす圧倒的な景色に、そんなものは吹き飛んでしまったようだ。
「ああ、すごいな」
「あっ! あっちにあるのあたしの牧場だよ! そこはリーアの薬屋!」
知っている家を見つけては指をさして喜ぶリスカに、俺は短く相槌を打ってついていくのが精いっぱい。
だが、二人で話し合いながら空からの景色を語るのは非常に楽しいものだった。




