トレントの森をお世話 その2
「なるほど、こいつを駆除してやればいいんだな」
トレントなので普通の木のようにむざむざやられたりはしないが、こいつらは繁殖力が強くて数も多い。
早速、ベルフの背中に乗って駆除に向かおうとすると、蔓が伸びて腰に装着した鋸を軽く叩いてきた。
「ん、どうした?」
訝しんで振り返ると、蔓が二本伸びてきて押したり引いたりするような動きをする。
「ああ、枝葉も切ってほしいのか?」
確かめるように言うと、蔓が頷くように動いた。
であれば、ハークビーの駆除はベルフに任せたほうがいいな。俺がついて行っても、ベルフの速度には到底かなわないことだし。
「よし、ベルフ。ハークビーを狩りまくってこい!」
「ウォッフ!」
撫でながらそう言うと、ベルフはあっという間に走り出して森の奥へと消えていった。
最近は牧場でジッとしていることも多かったし、ちょっとストレスが溜まっていたのかもしれないな。
ベルフを見送った俺は、トレントキングのほうへ向き直る。
「で、どの木の枝を切ればいい?」
そう尋ねると、トレントキングは自分を蔓で示した。
まずはキングである自分からということらしい。
苦笑いしながら俺はトレントキングへと近寄る。
とはいっても、トレントキングは大きく、枝があるところまで登っていくだけでも苦労しそうだな。
そう悩みながら立っていると、蔓が幾重にも伸びて足場となる。
これに乗って自由に動かしてくれるということだろうか。
試しに乗ってみると、さらに蔓が伸びてきて腰に巻きついた。
これは蔓から転落した時の保険だろう。
フォレストドラゴンに乗ってやってきた時のことを覚えて、真似してくれているのかもしれない。
トレントキングの優しさと配慮を感じていると、足場の蔓がドンドンと上に上がっていく。
おお、フォレストドラゴンに乗って、空を飛んだ時とは違う感覚だな。
ゆっくりと目線が上がっていくのが面白い。
程なくすると上昇は止まった。目の前には細めの枝葉がある。
これを切れということだろうか?
剪定するとはいったものの、俺には木の良し悪し、ましてやトレントの良し悪しもわからない。
そんなことを考えていると、蔓が伸びてその枝葉を指示した。
「そこで切ればいいのか?」
問いかけると、そうだと言わんばかりに蔓が動いた。
なるほど、切るべき場所はトレントキングが自分で教えてくれるというわけか。
これなら俺でも迷うことなく枝葉を切ってやることができるな。
俺は腰に装着している鋸を取り出して、切断する場所に刃を添える。
特にトレントキングから否定の素振りはでないので、指示された通りに鋸を引いた。
ガリガリと音を立てて、枝が削れていく。
それは通常の木とまったく同じもので、特に違和感を覚えることなく作業を続ける。
そうやって手を動かし続けると、あっという間に枝葉が落ちた。
すると、トレントキングは次だとばかりに足場を移動させて、同じように枝を指定してくれる。
そこでも同じように俺は鋸を使って枝を切り落とす。
後はそれの繰り返しだ。
俺はトレントキングの思うままに移動させられて、太い枝を鋸で落とし、細い枝は刈り込みバサミで落とした。
そして、時には数センチしかないようなところまで指示されて細かく切っていく。
これほど細かい指示出しがあるということは、よっぽど気になっていたのだろうな。
会話することはできないが、こうして作業しているとトレントキングの思うことが少しだけ理解できて微笑ましかった。
◆
トレントキングの指示が終わったのか、ゆっくりと足場が下に移動する。
どうやらこれで今回の剪定は終わりのようだ。
さすがに長時間、鋸や斧、刈り込みバサミを使っての剪定作業は疲れた。
だが、その働き甲斐もあってかトレントキングの蔓の動きが最初よりも機嫌が良さそうだな。
いらない枝葉を落とすことができてスッキリとしたのだろう。
「おお、最初に見た時よりも綺麗なシルエットに見える」
地上に降り、改めて見上げてみるとトレントキングの姿はとても綺麗に見えた。
間引かれてさっぱりとしている。細かいところまで切っている時は、半信半疑だったのであるが、これだけ大きく変わるものなのか。
俺が言葉にして褒めると、トレントキングの蔓がふにゃりふにゃりと波打つように動いた。
これは照れているのだろうか? それとも嬉しいのだろうか?
よくわからないし、トレントキングにそこまでの感情があることも不明だが、喜んでくれていることだけは確かそうだな。
どこか満足げな気分になっていると、遠くからベルフが近付いてきた。
「ウォッフ!」
こちらに駆け寄ってくるベルフ。
頭や首元を撫でてやると、爪の辺りが赤く染まっているのが見えた。
「おお、ハークビーを狩ってきたんだな。死骸はどうした?」
「ウォッフ!」
気になった部分を尋ねると、ベルフはトレントキングのほうを見て声を上げた。
ああ、そうか。トレントは死骸などから養分を吸い上げることができるもんな。
だから、片っ端からトレントの木の傍に置いていったのであろう。
最後にはカラカラになって、問題なく土に還るので問題ないな。
「全部の用件をこなせてないかもしれないが、今日はこれくらいで帰ってもいいか? もう日が暮れそうなんだ」
昼過ぎにやってきたが、結構な時間作業をしていたせいかもう夕暮れだ。
そろそろ帰らないとリスカが心配するし、お腹を空かしてしまうことだろう。
尋ねると蔓がこくこくと頷くように動き、そして切り落とした枝葉を目の前に持ってきた。
これがトレントのものであれば遠慮するわけだが、これはトレントキングのものだしな。いつでも気軽に伐採できるわけではない。
それにトレントキングの葉は、色々使い道があるので是非とも回収したい。
大きさが俺の身長くらいあるけど、これならベルフに引きずってもらえれば持ち帰れるか?
とりあえず、枝葉についている葉っぱをすべて回収して、ポーチへ収納。
それから持ってきた紐でベルフに括り付けてみる。
「どうだ? これで走れそうか?」
「ウォ、ウォッフ!」
ベルフは逞しく走ってくれたが、いつもの俊敏な動きが嘘のような遅さだ。。
それにどことなく無理している感じがする。
ここから牧場まで結構な距離があるし、さすがにずっと引きずってもらうのも厳しいな。
「ごめん、やっぱりいいや。枝葉については、今度フォレストドラゴンに纏めて運んでもらうことにするよ」
「ウォッフ~」
そう言いながら紐を解くと、ベルフがどこか落ち込んだような声を上げる。
これはベルフが悪いのではない。元々スピードが自慢のお前に、荷運びのような真似をさせようとした俺が悪いことなのだから。
俺は励ますように強めに全身を撫でてから跨った。
「木材については、また今度取りにくるから!」
俺がそう告げると、トレントキングはこくりと蔓を動かして頷いた。
「よし、じゃあ帰るか」
「ウォッフ!」
ベルフが元気よく声を上げると同時に、地面を駆け出す。
確認するように振り返ると、トレントキングの蔓が見送るように蔓を左右に振ってくれていた。
俺はそれに答えるように軽く手を振って別れた。




