アデル仕事辞めるってよ その4
レフィーアの研究棟の私室。
レフィーアはテーブルの上でトントンと書類を纏める。
「では、私とアデルの共同経営という形にするとしよう。私が社長ということにして、牧場施設の準備や手配はこちらでやっておくことにする。こちらから育ててほしい魔物などの要望がたまにあるが、基本的に現場で取り仕切るのはアデルに任せる。こんな感じでいいだろうか?」
「ああ、俺には施設を作るために手配や伝手もないからね。その辺をやってくれるのはありがたいよ」
「では、これで問題ないだろうか?」
「問題ないよ」
レフィーアが改めて尋ねると、アデルは迷いなく頷いた。
それを見たレフィーアは満足そうな笑みを浮かべる。
「魔法騎士団を辞めたら私の研究所に来て声をかけてくれ。魔物を育てるための研修をやるから」
「わかった。これからよろしく頼むよ」
そう言って手を差し出してくるアデルにレフィーアは少し目を丸くする。
アデルという男は騎士団に所属しているが、他の団員のように正義感といったものが強くはない。どちらかというと少し捻くれた部類だとレフィーアは思っていた。どこかやる気がなくて目が死んでいる。
しかし、今回はいつもと比べると、心なしか目つきが輝いているように見えた。
それはレフィーアの想定通りだった。
「ああ、こちらそ頼む」
「じゃあ、ちょっと辞職届けを書いてくるよ!」
レフィーアが手を握り返すと、アデルは爽やかに笑って部屋を出ていった。
今頃、廊下でスキップでもしているのではないか。そう思えるほどに機嫌が良かった。
アデルを見送ったレフィーアは、椅子に座って今回話し合ったことを改めて確認する。
すると、しばらくして扉をノックする音が聞こえた。
「マークだ。入ってもいいか?」
「ああ、構わん」
レフィーアが返事をすると、アデルの先輩である魔法騎士のマークが入ってきて、レフィーアの対面に腰を下ろした。
「アデルの奴、お前が考えていた魔物牧場の話しに乗ってくれたようだな」
「なんだ、早速マークのところに報告に行ったのか?」
「ああ、とても嬉しそうな顔で仕事を辞めると言っていたよ」
「そうか。それは良かった」
マークからアデルの様子を聞けて、レフィーアはホッとする。
「アデルにさり気なく選択肢と考える時間を与えてくれて感謝するよ。おかげさまでこちらは一級品の人材を手に入れることができた」
「あいつの酷く空虚な目を見ていると心配だったからな。お前に任せるのは心配だが、本人が見たこともないくらい、いい笑顔をしているんだ。これが間違ってはいなかったと信じたい」
アデルという男は、実力は確かにあるが、いつもどこか空虚で覇気がなく目が死んでいた。
戦闘任務の際は、そのボーっとした外見のせいで、いつ死んでもおかしくないとマークはヒヤヒヤとしていたが、なんだかんだでアデルは飄々として生き残っていた。
それだけ彼の戦闘力が確かなものではあったが、先輩であるマークや友人であるレフィーアはどこか冷めた様子のアデルを常に心配していたのだ。
そしてアデルが両親からの手紙で騎士団を辞めると決意した際、マークはさり気なく彼に考える時間を与え、レフィーアに相談を持ち掛けたのであった。
「あいつは魔物の話になると嬉しそうに食いついていたからな。きっと問題もないだろう。それに何より、私の研究が大いに進む! アデル程の実力を持った飼育員などはそうはいないぞ! これはもう今まで私が研究できなかった危険な魔物でもバンバン任せて、その生態を解明することができるな! ククク、クフフフフフフ」
どこか興奮した様子で笑うレフィーアを見たマークは、顔を引きつらせて少し椅子を後ろに下げる。
「まあ、お前とアデルが互いに幸せならいいけど、あまり無茶はさせるなよ?」
「クククク。ああ、わかっているさ。何てといってもうちの貴重な飼育員だからな!」
『俺は……間違ってないよな!?』
そう言って不気味な笑顔を浮かべるフィーアを見て、マークは不安になるのだった。