広がる謎の森 その1
「ウォッフ! ウォッフ!」
牧場で藁を天日干しにしているとベルフが声を上げてやってくる。
「おお、客人かな?」
ついてこいと言うように走り出すベルフを見て、作業を中断して牧場の入り口に向かう。
すると、村人らしき男性がいた。
「ここに来ればブルホーンのミルクを買えるって聞いたんだけど、売ってくれるかい? 友人に頼まれた分も合わせて四つ欲しいんだけど」
「ええ、大丈夫ですよ。瓶代込みで一つ銅貨二枚になります。瓶の持ち込みがあれば銅貨一枚と青銅貨五枚になりますが?」
「ああ、ちょうどいい瓶もないから瓶入りでお願いするよ」
「わかりました。少々お待ちください」
男性から注文が取れたので、俺は駆け足で家に戻って冷蔵庫から瓶入りのブルホーンのミルクを四本取り出す。
そして、持ち帰る時に割れないように、藁と一緒に敷き詰めた氷魔法で作った氷を入れる。
本来の商売からすれば、こういう魔法による保冷はお金がかかるものであるが、男性の後ろには小さな荷馬車があったからな。
こことは真逆の村外れからやってきてくれた人や、隣の村の人という可能性もあるのでサービスをしておこう。
うちのサービスやミルクの美味しさを気に入って、新しい顧客になってくれるかもしれないし。
用意が整い、急いで男性の下に戻って渡す。
「はい、ブルホーンのミルク四本入りです。割れないように緩衝材、鮮度が落ちないように氷が入っていますので長距離でも安心ですよ」
「おお、それは助かるけど……追加でお金とかいるのか?」
恐る恐る尋ねてくる男性にきっぱりと答える。
「いや、いらないですよ。美味しく飲んでもらうためのサービスですから」
「おお、そうか! ありがとう!」
男性は嬉しそうに笑うと銅貨八枚を渡し、荷馬車に乗って去っていった。
「最近買いにきてくれる人、増えてきたね」
「ああ、嬉しいことだ」
モコモコウサギを抱えたリスカの言葉に俺は頷く。
リスカと村でブルホーンのミルクを売ってから二週間。
ブルホーンのミルクは口コミなどで美味しさが広がり、このようにしてわざわざ買いにきてくれる人が増えた。
少しずつではあるがブルホーンのミルクの美味しさをわかってくれる人が増えて嬉しいな。
とはいえ、うちの牧場はまだ始まって一ヶ月くらいしか経っていないのだ。
主戦力はブルホーンのミルクだけ。
フォレストドラゴンの枝葉もすぐに採れるみたいだが、あれは扱いが難しいからな。
レフィーアに素材についての手紙を送って、とっくに返事が返ってきてもいい頃合いなのだが一向に返ってこないな。
早く売れるようになれば心配しなくても済むというのに、一体彼女は何をしているのやら。
まあ、こちらについては突然湧いたものみたいだし、期待し過ぎるのはよくないな。
ライラックの雛であるピイちゃんにも期待をしたいところだ。
大きくなって卵を産んでくれるようになれば新たな収入源になるだろうし。
そこまで行くのも時間がかかるが焦らずにやっていこう。魔物の育成も農業と同じだ。焦ってもすぐに収穫できるわけでもないし。
そう考えながら天日干しの作業に戻ると、奥からノシノシとフォレストドラゴンがやってきた。
「おい、アデル。我は久し振りにピッザトーストが食べたいぞ」
「久し振りとか言いながら、昨日も食べたばかりじゃないか」
「むう? そうだったか? だが、まあそんなことはどうでもいい。食べたいから作ってくれ」
「あたしもまた食べたい! 今日の昼ごはんはピッザトーストにしよう!」
フォレストドラゴンだけでなく、リスカまでもそんなことを言う。
まったく、初めて作った時から何度も食べているというのに飽きないものだ。
「すっかり気に入ったんだな」
「ウォッフ! ウォッフ!」
などと呑気に会話していると、ベルフがまた吠えだした。
ということは、また誰か客人が来たのかもしれない。
「ヤバい、人が来たかも! フォレストドラゴン、ちょっと隠れてくれ」
「いや、あれは我のことを知っておる人間だ。問題なかろう」
フォレストドラゴンはそう言うと、隠れることもせずにその場で佇む。
となると、やってきたのは俺かリスカの親だろうか。
不思議に思いながら道に視線をやると、遠くから馬が走ってくるのが見える。
乗っているのは村長であるグリンドさんだ。
俺はグリンドさんが傍にやってきて降りたところで声をかける。
「こんにちは、グリンドさん。牧場の様子を見に来てくれたんですか?」
「……アデル、ちょっと相談したいというか、よくわからない事態が起きているんだが知識を借りていいだろうか?」
どこか険しい表情をしながらグリンドさんが言う。
よくわからない事態? 何か問題があったのだろうか。
どこかいつもとは違う雰囲気のグリンドさんを見て、リスカも少し不安そうだ。
「いいですけど、どうしたんです?」
俺が尋ねると、グリンドさんは言葉を選ぶように迷いながら口を開いた。
「南にある森が増えているんだ」




