薬師のリーア その4
俺がそう告げると、リーアが目を剥いて叫びだしたので、俺とリスカが慌てて口をふさいだ。
最初に秘密の話だと言っているのに、何を叫ぼうとしているのか。
俺とリスカがしばらく口をふさいでいると、息ができなくなったのかリーアが必死にうめき声を上げる。
いや、別に鼻で呼吸すればと思ったが、そちらはばっちりとリスカがふさいでしまっていた。
とりあえず、これは手を離してあげたほうがいい。
俺とリスカが手を離すと、リーアが激しく肩を上下させながら息をした。
「ご、ごめん。あたしが鼻もふさいじゃってた」
「危うく親友に殺されるところでした」
息を荒げながらなんとか言葉にするリーア。
これはこれで頭が落ち着いてよかったのかもしれない。
リーアの呼吸が落ち着くまで待つこと少し。
「ほ、本当なのですか? これがフォレストドラゴンの枝葉というのは?」
「ええ、本当よ」
「一体どこからそんなものを? アデルさんが魔法騎士だった時に採ってきたとか?」
リスカが頷くが、リーアはまだ怪しんでいる様子。
まあ、いきなり最強種のフォレストドラゴンの素材を持ってきたらそう思われるのは当然だ。
俺だって、こんなものを急に持ってこられたら怪しむもんな。
「いや、違う。うちの魔物牧場にいるフォレストドラゴンから貰ったんだ」
「はい? 牧場にフォレストドラゴンが!? モコモコウサギとかブルホーンとか安全な魔物を育てているんじゃなかったんですか!?」
「いや、そのつもりだったんだけど、向こうが勝手にやってきて」
「そ、それって大丈夫なのですか?」
「今のところは問題ないよ。一応村長のグリンドさんもこのことは知っているし」
「うん、フォレストドラゴンってば優しくて物知りなのよ!」
リスカが続けて補足するも、リーアは驚くだけでまともな返答ができなかった。
話の流れ的にちょうどよいので、ついでに俺達の知っているフォレストドラゴンの情報をリーアにも教えておく。
「びっくりすることだらけです……。と、とりあえず、これがフォレストドラゴンの枝葉というのはわかりました。そして、私はこれをどうすれば? こんな高級なものを買い取るお金なんて……」
「いや、お金は別にいいよ。俺達が使うとしても薪にしたり、香草として使うだけだから。フォレストドラゴンに薬効効果があるって聞いたし、それだったら薬師のリーアに使ってもらったほうがいいかなって」
さすがに全部を売ったり、薪にするだけでは勿体ないからな。
村の治療技術の発展に貢献したほうがいいと思う。
「わ、わかりました。でも、すぐにすごい薬ができるとは思わないでくださいね? 結局私では持て余して薬にできないかもしれません」
「別にそれでもいいよ。フォレストドラゴンは牧場にいるし、まだまだ枝葉もあるから気負わなくていいから」
取り扱ったことのない素材を活用することの難しさは、少しは俺も知っているつもりだ。
騎士団の倉庫にも、使い道のわからない魔物の素材がたくさん死蔵されているからな。
俺が明るく言うと、リーアはおずおずとフォレストドラゴンの枝葉を受け取った。
「あ、ありがとうございます。では、私の研究のために使わせていただきます!」
「さあ、真面目な話は終わり! あたし、ブルホーンのミルクを持ってきたんだ!」
「ブルホーンのミルクですか……?」
ブルホーンのミルクと聞いた、リーアがどこか戸惑った声を上げる。
さっき買ってくれた人達が勇気あるだけで、魔物のミルクなんてそうそう飲む機会もないだろうしな。
「魔物だからってビビらなくて大丈夫よ! 美味しいから! コップ借りるわよ」
「は、はい」
リスカはそう声をかけると、勝手知ったるといった感じで奥の部屋に入り込み、リーアのコップらしきものを持ってくる。
そして、瓶を開けて、そこにミルクを注いだ。
リーアはミルクを眺めると、おずおずと手に取って口をつける。
「あれ? これは……美味しいですね!」
「でしょ!」
素で驚いたというリーアの表情を見ると、こちらまで嬉しくなる。
魔物からとれたミルクということで難色を示されがちだが、飲んでみた時に美味しいと言ってもらえた時の爽快感は最高だ。
「それに牛のミルクに比べると臭さはほとんど感じませんね」
「それがうちの売りだからね!」
牛のミルクよりも臭みがなくて飲みやすい。
それがブルホーンのミルクのわかりやすい絶対価値だろう。それでいてそこらの牛に負けない濃厚な味も兼ね備えているのだから美味しくないはずがないのだ。
「えへへ、もう一杯ください」
「うん、一杯と言わずじゃんじゃん飲んじゃって!」
リーアがコップを差し出し、リスカが嬉しそうにミルクを注ぐ。
「それにしても、リスカもすっかり魔物牧場の従業員ですね」
「まあね!」
「嫁入り修業も兼ねて従業員として働き始めたと聞きましたが、順調そうで何よりです」
「よ、嫁入り!? べ、別にあたしはそんなんじゃないから!」
「ああ、ちょっとリスカ! ミルクが零れています!」
この後、誤解を解くのに少し苦労したが、こうして持ってきたブルホーンのミルクはすべてなくなったのであった。




