薬師のリーア その1
フォレストドラゴンがやってきた日から三日後。
朝の魔物の世話を終えた俺は、フォレストドラゴンの枝葉を薬師のリーアのとこに持って行くべく、準備を整える。
倉庫に置いてあった枝葉をリュックの中へ。
葉だけでも十分かもしれないが、枝も薬効効能があるかもしれないしな。
いきなりすごい薬が作れるとは思えないが、研究をするために両方あったほうがいいだろう。
ある程度の量の枝葉を入れ終えると、リュックを背負って家の外へ。
牧場ではいつも通りモコモコウサギが転がり回り、ベルフが寝転がりながらも視線だけは油断なく周囲に向けてくれている。
そして、三日前にやってきたばかりのフォレストドラゴンだが、家の近くにいると予期せぬ来客などで人目につくので、敷地の隅にある森の近くに行ってもらっている。
家の傍からでは見えないが、きっと奥のほうで眠っているのだろう。
基本的にフォレストドラゴンはジッとしていることが多い。
大抵は眠っているか、ちょっかいかけてくるモコモコウサギの遊び相手をするかがほとんどだ。
最初にやってきた時は、どうなることやらと思っていたが意外と順応しているようで何よりだ。
「あれ? リスカがいないな?」
薬師のリーアと会うのは九年ぶりだ。
まだ物心ついていたリスカならともかく、それより年下のリーアが俺を覚えているかは少し怪しい。
枝葉を渡すためにも、一緒に村までついてきて欲しいのだが、どこだろう?
「おーい、アデル兄ちゃん!」
辺りを見渡していると、リスカが入り口のほうから手を振って声をあげた。
傍にはブドウ農家であるデルクのおっさんがいる。
「よう、アデル。元気にやってるみたいだな」
「ああ、なんとかな」
「しかし、大量のモコモコウサギに番犬としてブラックウルフまでいるなんて驚いたぜ。魔物牧場のほうは順調みたいだな」
デルクはそう言って、ベルフを軽く撫でる。
ベルフは少し嫌がっている雰囲気を醸し出しているが、噛みついたりすることはない。
俺やリスカ以外に触られるのが嫌だからといって、攻撃はしないようにと言い聞かせてあるからな。
というか、ベルフはブラックウルフじゃなくて、進化種のベオウルフなのだが言っても怖がらせるだけなので黙っておこう。
「それでデルクさんは、何の用できたんだ?」
「おいおい、用がなかったら来ちゃいけねえのかよ」
「あんたそんなガラじゃねえだろ」
「へへ、バレたか」
俺やリスカの両親達ならともかく、この人は結構面倒臭がりだからな。
村の中心から離れているここまで、理由もなしに来ないだろう。
俺が訝しんでると、ベルフを撫でていたデルクさんが立ち上がる。
「いやぁ、この間アルベルトの奴がブルホーンのミルクを持ってきやがってよ。それが美味いのなんの。俺の息子も牛乳が苦手なんだが、ブルホーンのミルクは飲めるって言って気に入っちまってよぉ」
「……つまり、ブルホーンのミルクを買いに来てくれたのか?」
「そういうことだ」
「牛じゃなくて魔物だぞ?」
念を押すように言うと、デルクさんは鼻を鳴らした。
「んなことはわかってる。動物だろうと魔物だろうと美味ければそれでいいんだよ」
デルクさんのその台詞を聞くと、胸の中で暖かいものが広がるような感覚に見舞われた。
今まで両親やリスカなどと身内とも言える人に配っていたが、買いにきてくれた人は初めてだ。
自分が頑張って世話をして、できた物を価値があると認めて求めてくれる。
それがこんなにも嬉しいことだとは思わなかった。
「で、俺にブルホーンのミルクを売ってくれるんだろうな?」
「ああ、勿論だ! 数はいくつにする?」
「そうだな。知り合いにも飲ましてやりてえから瓶三つほど頼む」
「わかった!」
飲むだけでなく、他の人に勧めてくれるとは嬉しいことだ。
俺は即座に家の中に戻って、今朝絞って低温殺菌したものを冷蔵庫から持ってくる。
「はいよ」
「おう! んで、これはいくらだ?」
「…………」
デルクさんに言われて、俺は思わず黙り込んでしまう。
魔物を世話して、手に入れたミルクってどれくらいの値段がするのだろう。
相場というものが俺にはよくわからない。
「……いくらなんだろうな?」
「さあ?」
試しにリスカに問いかけてみるもわかるはずがなく、首を傾げられてしまった。
「おいおい、大丈夫なのかよ」
そんな俺達を見て、デルクさんが呆れた表情をする。
うん、これに対しては申し開きのしようがないな。
ちゃんとレフィーアにミルクの相場を聞いておくべきだった。
とはいえ、今から聞いて尋ねることはできない。
今後はデルクさん以外にも、買い求めてくれる人が現れるかもしれない。
いずれ変動するだろうが、暫定で値段を決めておく必要がある。
悩んだ末に俺はリスカを頼ることにした。
「リスカの牧場の牛乳は、この瓶でいくらくらいだ?」
「昔と変わってないよ。瓶込みで銅貨一枚と青銅貨五枚。瓶の持ち込みありなら銅貨一枚だよ」
確かに俺が子供の時と値段は変わっていないようだ。
「リスカの牧場のミルクでその値段だったら、同じくらいがいいな」
「でも、ブルホーンは魔物だよ? 普通の牛よりも貴重で世話するのが大変だし、危険も伴うから少し高くてもいいと思う」
味で値段を決めることは難しいが、希少性の高さや育てる難しさが段違いなのは確かだ。
リスカの言う通り、強気に少しだけ高くしてもいいのかもしれない。
「おいおい、リスカ。値段を吊り上げねえでくれよ」
「えへへ、今はあたしも魔物牧場の従業員だからね」
「かー、こりゃ敵わねえな!」
胸を張るリスカと、やられたとばかりに額に手を置くデルクさん。
「じゃあ、暫定で瓶代込みで銅貨二枚で! でも、デルクのおっさんは最初に買いにきてくれた客だから一本目は銅貨一枚でいいよ」
「バカ野郎。始めたばかりで大変な時だろう。気なんて使わなくていいんだよ」
デルクさんはそう言うと、銅貨六枚を俺に押し付けて去っていった。
さっきまで値段を吊り上げないでとごねていたけど優しいんだな。
案外デルクさんは、俺達のことを気にして訪ねてきてくれたのかもしれない。
でも、俺達は立ち上げにも関わらずに、とある竜の素材のせいか経済が潤う予定なんだよな。
カッコつけたデルクさんの手前、そんなことは言い出しづらいし、今はフォレストドラゴンのことは秘密だから黙っていよう。
リスカもニコニコしていて、そこに触れるつもりはまったくないし。
「初めて売れたね」
「ああ、そうだな」
俺とリスカは嬉しさを分かち合うようにハイタッチした。




