フォレストドラゴンのいる日常 その6
「アデル、お前は我を倒すことによる名誉、地位、富が欲しくはないのか?」
「俺はお前に勝てるなんて思えないし、竜殺しの名誉も有り余る地位も欲しくない。そもそもそんなものが欲しければ、ここで牧場なんて経営していないさ。今は好きな魔物を育てながら、まったり暮らすのが一番いい」
仮に俺がフォレストドラゴンを倒す実力があったとしても、討伐する気になど到底ならなかっただろうな。
「あたしも! フォレストドラゴンも含めて、魔物と一緒に暮らす時間が楽しいし!」
俺がそう述べると、リスカも手を挙げて明るく言う。
「……そうか」
短い言葉ではあったが、フォレストドラゴンの声音はどこか嬉しそうだった。
「さて、そろそろ続きをするか」
リスカの持ってきてくれた水筒を飲んで、俺は爪の掃除にとりかかる。
「じゃあ、あたしは枝葉を剪定するね!」
「うむ、では持ち上げるぞ」
フォレストドラゴンの体から何十もの蔓が伸び出して土台を作る。
道具を持ったリスカがそこに乗ると、蔓はゆっくりと持ち上がっていった。
「うわぁ! すごい!」
蔓に持ち上げられて周囲を見渡し、楽しそうな声を上げるリスカ。
正直、ちょっと羨ましい。
俺も爪や反対側の鱗などの掃除が終わったらやってもらうことにしよう。
「では、切ってほしい枝葉のところに移動させるからな」
「わかったよ!」
リスカが頷くと、ゆっくりと蔓が移動して枝葉のほうへ。
「ここは三分の一くらい切ってくれ」
「わかった!」
フォレストドラゴンが指示して、リスカが刈り込みバサミでそれを切る。
フォレストドラゴンの枝葉、小気味のいい音を鳴らして地面に落ちた。
「枝を切っても痛くない?」
「まったく痛くない。大丈夫だ。次はここを根元で切ってくれ」
「はーい」
ひとまず、リスカが楽しそうにやっていることに安心して、俺は自分の作業に集中する。
「うーん、さすがにこれはハサミでは切れないかな」
上から悩ましそうな声が聞こえてくる。
ふむ、枝によって大きさや硬度に差があるのだろう。
そんなことを思っていると、鋸で枝を削るような音がしてきた。
リスカが刈り込みバサミでは切れないと判断して、鋸へと切り替えたのだろう。ガリガリとした音がリズムよく聞こえてくる。
時折風で木屑が飛んでくるが仕方がないと思って我慢する。
にしても、鱗は壁を磨くようでこのブラシでもやりやすかったけど、爪は曲線だから磨きづらいな。
「こういう棒状のものよりも、タワシのような手回しのいい奴のほうがいいかもしれな――いてっ!?」
爪の磨き辛さに苦戦していると、上から枝が落ちてきて俺の頭に当たった。
「あははは、ごめんね!」
「よくやったぞ、リスカ」
リスカは謝りこそしてるが完全に笑っているし、フォレストドラゴンに至っては隠すつもりすらない。
というか真上にいるし、わざとやったのは明らかだろう。
どうりで木屑がたくさん落ちてくるわけだ。
だが、リスカとフォレストドラゴンが楽しそうにしている姿を見たら怒るに怒れないな。
そんな風に少しふざけながらも枝葉を落とし、鱗や爪を磨いてやることしばらく。
俺とリスカが熱心に作業した結果、フォレストドラゴンは見違えるほど綺麗になった。
「大分綺麗になったな」
フォレストドラゴンの鱗には光沢があり、まるで鱗の一つ一つが宝石かと思うほどに輝いている。
爪も俺が丹念にブラシと布で拭いたお陰か、黒曜石のようだ。
体のあちこちに生えていた枝葉も、今やリスカの剪定によって美しく整えられている。
「うむ、アデルとリスカのお陰で我もスッキリだ!」
これにはフォレストドラゴンも大満足のようだ。
まあ、こんな偉そうな奴ではあるが見栄えのいい竜だ。
こうして綺麗にしてやった姿を見ると、こちらも誇らしくなるな。
「ところで、切った枝葉はどうする?」
「む? 別にそれは我にとっても不要なものだ。好きにしてよい」
切った枝葉の中には俺の身長よりも大きなものもある。
これだけでも上質な魔法使いの杖が二本はできそうだな。
とはいっても、今すぐにそれを捌ける宛もないけど。レフィーアから指示がないとこちらも動けないし。
後は中くらいの大きさだったり、加工するにも小さすぎるものもある。こちらはちょっと使い道が思い浮かばないな。
わからないなら本人に聞いてみよう。
「なあ、フォレストドラゴン。武器や防具以外に枝葉の使い道は知っているか?」
「ああ、その木は良く燃える上に長続きする。乾燥させて燃やせば一週間は保つぞ」
「ええ! すごい!」
フォレストドラゴンの言葉にリスカが驚きの声を上げる。
確かにすごいな。こういう短いものなどは貴重な薪資源として使えるな。
まあ、うちは台所も暖炉も魔道具だから、滅茶苦茶嬉しいって程でもないけど、親にお裾分けできるし、外で火をつける際に数本携帯しておくだけで便利だな。
「他には何か使い道があるか?」
さらに尋ねると、フォレストドラゴンは思い出したように言う。
「……枝についている葉は薬効があり、ハーブとしても使える。後は枝を燻製の材料として使うと格段に美味くなったと聞いたことがあったな」
「聞いたって、誰かに聞いたのか?」
「ああ、昔戯れに人と過ごした時期があってな。その時だ」
「そうなのか」
どうりでやたらと人間っぽい用途なわけだ。
まあ、その人のお陰で俺は助かっているのだけれど。
「薬効効果があるなら、いくつかリーアに渡して薬にしてもらったほうがいいかもね」
「そうだな」
ハーブとしての味も気になるが、薬効効果のほうが期待できそうだ。
ここは薬師である彼女に任せて、研究してもらい、いざという時のための薬にしてもらったほうがいいな。
レフィーアに逐一報告すると、研究のためにすべて巻き上げられる可能性もあるので、いくつか先に渡しておこう。
「じゃあ、長さのある枝は保存。短い枝は乾燥させて薪用にして、残りは燻製に使ってみるか」
「賛成!」
俺がそう言うと、リスカはこの日で一番嬉しそうな声を上げたのだった。




