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フォレストドラゴンのいる日常 その5

 さて、そんなわけでフォレストドラゴンの体のブラッシング、もとい掃除をすることになったのだが、相手は家よりも大きな体をしたドラゴンだ。


 ブルホーンやベルフに使うような小さなブラシでは話にならない気がする。


「試しに豚毛のブラシを使ってみるか」


 さっき使っていた手持ちの豚毛ブラシで鱗を擦ってみる。


「どう?」

「微かに土が落ちはしたが、こびり付いたものまではとれないな。想像以上に鱗が硬いし、このままじゃ先にブラシのほうがダメになる」

「そっか」


 長年の蓄積があるせいか、この程度のブラシでは取れないようだ。


 掃除できる面積も狭いので、仮にブラシが保ったとしてどれだけ時間がかかることか。


「うーん、どうするかなー」

「だったら、掃除用のブラシはどう?」


 俺が悩んでいると、リスカがそう提案してきた。


「おお、それならちょうどいいかもな!」


 掃除用のブラシは、厩舎などの床を綺麗にするために毛先がかなり固いものになっている。


 通常ならば生き物に使うなど、とんでもないことだが今回は相手が相手だ。


 新たな可能性が見えたので、俺は早速厩舎に入って予備として置いておいた新品のブラシを持ってくる。


 そして、ブラシに水をつけて試しにフォレストドラゴンの鱗をゴシゴシとやってみる。


 すると、固い鱗は傷つかずに、付着した泥などが綺麗に落ちた。


「これなら綺麗にできる!」

「おお、なんだか体を掻いてくれているようで心地いいな」


 先程まで何の反応も示さなかったフォレストドラゴンも、大きなブラシで磨かれることを気持ちよく感じているようだ。


「じゃあ手分けしてやろっか?」

「ああ、反対側を頼む」


 もう一本のブラシをリスカに渡し、俺達は左右にわかれてフォレストドラゴンの鱗をブラシで擦っていく。


「鱗と鱗の隙間も頼むぞ」

「はいはい」


 フォレストドラゴンがそう言うだけあってか、鱗と鱗の間にはかなり土などが溜まっている。場所によっては石がそのまま挟まっているのも見つけた。


 これは綺麗にしたらさぞかし気持ちがいいだろう。


 俺はブラシで思いっきり擦ってやって汚れを落としにかかる。


 鱗を磨いている感触は地面を擦っているのと何ら変わりないが、強靭な鱗を持つフォレストドラゴンは痛みを感じていない。


 むしろ、ちょうどいいマッサージでも受けているかのように目を細めている。


 ジャッジャッと地面を擦るような音が、反対側のほうからも聞こえてくる。


「ふわぁー、さすがにあたしも腕が疲れてきたよ」

「さすがにリスカでも疲れてきたか」

「これだけ頑固な汚れになるとね」


 肉体労働に慣れているリスカでも、フォレストドラゴンの鱗を磨き続けるのはしんどいようだ。俺も結構鍛えていたから何とかもっているが、中々の重労働である。


「鱗を磨くのが疲れたなら、背中の枝葉を少し切ってくれ」


 休憩でも提案しようとしたら、フォレストドラゴンがリスカにそう言った。


「いいけど、届かないよ?」

「大丈夫だ。我の蔓で持ち上げてやるから」


 モコモコウサギを持ち上げたように体から蔓を生やして動かすフォレストドラゴン。


 頑丈そうな蔓だ。きっとリスカを持ち上げることも可能なのだろう。


「倉庫に刈り込みバサミと鋸があるから取ってきなよ」

「うん、わかった! ついでにお水持ってくるね!」


 リスカは頷くと、駆け足で家の方へと向かう。


 その間に俺は作業に戻って鱗を磨き続ける。


 結構な時間愚直に磨いたお陰で左側は綺麗になってきたな。


「鱗が終わったら爪も頼む」

「人使いが荒いなぁ」


 綺麗になった鱗を見て満足していると、フォレストドラゴンがズイッと左脚の爪を出してきた。


 太陽の光の反射を受けて黒く光るそれは途轍もない質量を誇っているとわかる。


 俺なんかの剣の腕では傷一つつけることも難しいかもしれないな。


 特別に長く尖っているわけではないが、振るわれればどんな物でも切り裂かれ、押し潰されることだろう。


 そんな畏怖を抱きながらも、純粋なフォレストドラゴンの爪というものには興味がある。


 竜種の爪を触れる機会なんてほとんどないからな。


「ちょっと触ってみてもいいか?」

「ん? 別に構わんぞ」


 許可も貰えたので、手を伸ばして爪を触る。


 爪はザラリとした感触をしており細かい凹凸がある。


 硬くて少しヒンヤリとしているのは剣と少し似ていると思った。


「あー! アデル兄ちゃんがフォレストドラゴンの爪を触ってる!」


 爪を触っていると、刈り込みバサミと鋸、水筒などを持ってリスカが戻ってきた。


「ズルい! あたしも触っていい?」

「お、おお」


 戸惑うフォレストドラゴンをよそに、リスカは荷物を下ろして爪を触る。


「あっ! 結構ザラザラしてる!」

「そうだな。近くで見ると凹凸があるぞ」

「本当だ!」

「……我の爪なんて触って楽しいのか?」


 俺達がそんな風に会話していると、フォレストドラゴンが怪訝そうに尋ねてくる。


「楽しいよ! フォレストドラゴンの爪なんて初めて触れたもん!」

「ああ、触ったことのないものだから触れると色々な発見があって面白い」

「そういうものか? しかし、アデルとリスカは変わっているな。我に出会った人間は、皆我を倒すことによる名誉や、鱗や爪、血などの素材を売り払ってお金にすることしか考えていなかった。仮にそのような目的がなかろうとも、我の素材の価値をしるや態度を豹変させた……」


 どこか遠い目をしながら寂しそうに呟くフォレストドラゴン。


 竜種というのは力の象徴であり富の象徴だからな。


 最強種と言われている竜種を討伐したとなれば、一生遊んで暮らせるだけのお金が手に入り、竜殺しという最上級の名誉を得ることができる。


 力で伸し上がってきた者からすれば、その存在は美味しく見えるだろう。


 それでいて鱗や爪、血、皮、骨に至るまで余すことなく使うことができ、それらは素晴らしい効果を持つ物を生み出す。


 人間がドラゴンを狙って挑むのも仕方のないこともかもしれない。


「別に人間がいくら襲い掛かってこようと問題はないが、住処や周りにいる動物達はそうはいかない。返り討ちにしても、またすぐにやってくるからな」


 そうだろうな。フォレストドラゴンは強靭な鱗や肉体を持っているが、周りにある植物や生き物はそうはいかない。


 戦闘の余波を受ければ、弱い動物も巻き込まれるだろう。


「……だから、お前はここにやってきたのか? 森や周りの生き物が傷付くのを嫌って……」

「ふっ、それは考え過ぎというものだ。我はただ襲ってくる人間が嫌になったから、ここで世話をして守ってもらおうと思っただけだ。いちいち人間に追い立てられて移動するのも面倒だからな」


 なんてことをフォレストドラゴンは言っているが、襲ってくる人間が嫌になったのであれば人間の国を滅ぼして力を示し、どこか静かな森の奥で暮らすという選択肢もあっただろうに。


 普通の者であれば、できない選択であるがフォレストドラゴンにはそれをできる力もある。


 それなのに住処や周りにいる生き物を気にしているのは、こいつがどうしようもなく優しいからとしか思えない。


「優しいね」

「ああ、本人に言っても否定するだろうがな」


 リスカを俺は顔を見合わせてフォレストドラゴンに聞こえないように囁いた。


 フォレストドラゴンがここに来た理由がわからなかったが、それがわかり、なおかつ優しさからくるものだとわかると微笑ましく感じられた。


 しばらくは様子を見るだけにしようと思っていたが、このドラゴンならばここに定住できるかもしれないな。


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