フォレストドラゴンのいる日常 その3
「何やら美味しそうに食べているな」
微笑ましく思いながらピッザトーストを食べていると、急にフォレストドラゴンの声が窓のほうから響いてきた。
驚いて視線をやれば、フォレストドラゴンの大きな瞳があった。
「ひいっ!」
蛇を彷彿とさせるような爬虫類のような蛇目。それを見たリスカが、驚いて引き攣ったような声を上げる。
「び、びっくりした。フォレストドラゴンか」
「びっくりしたとはなんだ」
覗き込んで家の様子を見ているのだろう。外から見たらすごい絵面になっていそうだ。
「そりゃ、ほぼ目の前に自分の身体よりも大きな目があれば驚きもするさ。こちとら意識はピッザトーストに向いていたんだし」
「ピッザトースト? さっきからお前達が美味しそうに食べている奴の名前だな? 我にも食べさせろ」
窓から少し首を引いて、大きな口を開けるフォレストドラゴン。
口の中は大きく、長い舌が見えている。並んでいる歯は尖っているかと思ったが、意外と丸っこい。
草食動物のように植物をすり潰しやすいようになっているのかもしれないな。
俺はピッザトーストを一つ持って、リビングの窓からフォレストドラゴンの口の中に放り込む。
すると、フォレストドラゴンは大きな口を閉じて、咀嚼し飲み込んだ。
直後、フォレストドラゴンの動きが止まる。
「おい、どうした?」
「うま――――――――――――――――――い!!」
俺がそう尋ねた瞬間、フォレストドラゴンから咆哮のようなものが放たれた。
巨体から放たれるあまりの声量に、俺達は慌てて耳を塞ぐ。
「ははははは! 何だこれは! 人間の食べ物と思って侮っていたが美味いではないか!」
ご機嫌そうに笑うフォレストドラゴン。
「うう、耳がキーンってする」
「ウォ、ウォフー」
リスカは未だに顔をしかめており、ベルフはか弱い声を上げてフラフラだ。
聴覚がいい分、ダメージが俺達よりも大きかったのだろう。
「こっちは人間なんだ。あまり近くで大声を上げないでくれ」
「んん? ああ、すまん。ピッザトーストとやらが思っていたよりも美味しくてつい」
その「つい」で下手したら俺達は死んでしまうんだが……。
まあ、いい。これからおいおい注意してもらうことにしよう。
「ねえ、フォレストドラゴンって、何を食べて暮らしているの?」
俺がそんなことを考えていると、リスカが興味を示したのか尋ねる。
それは俺も気になっていたことだ。一体何を食べるのだろうか。
これだけ体も大きいと食べる量も相当だろうな。うちの牧場で賄える気がしないのだが。
「我は普段、少しの植物を食べて、水を飲んで暮らしている」
「植物っていうと草とか木の実?」
「ああ、後は木を丸ごと食べたりもする」
さすがはフォレストドラゴン。食べ方も豪快だな。
「お前達は食事の用意を大変に思っているかもしれないが、我はそこまでたくさん食べる必要はない体だから心配せずともよいぞ。木を一本食べたら、一ヶ月は何も食べなくても大丈夫だ。後は水と太陽の光さえあれば十分」
「へえ、思っていたよりも食べないんだね」
てっきり、森にある植物を食い尽くすくらい食べるものだと思っていた。
「我の体はほとんど植物みたいなものだからな」
確かにフォレストドラゴンの体を見れば納得だな。体のベースこそは竜種ではあるが、その半分は枝や木の表皮みたいなもので覆われている。
自然の生活を好み、途方もない時間を生き抜いてこのような姿になったのかもしれない。実に興味深いな。
レフィーアがいたら狂喜乱舞して根掘り葉掘り質問していそうだ。
「ちなみにピッザトーストを食べたけど、他の食材を食べても大丈夫なのか?」
「ああ、基本的に何でも食べられるからな。ただ、植物のほうが自分の体の源になるのに最も効率がいい。他の食材は人間でいう嗜好品みたいなものだ」
「なるほど。じゃ、ピッザトーストは嗜好品だから必要ないってことだな」
「ああ!? お前なんということを言うのだ! そんなわけはないだろう! 必要だ! それは我の体に必要だからもっとよこせ!」
「お前さっき嗜好品って言ってただろうが」
「長い年月を生きて心が風化しやすい我だからこそ、味覚や嗅覚を楽しませ、心身を高揚させる食べ物が必要なのだ! だから、我の健康管理のために嗜好品は必要だ!」
俺が呆れながら言うも、フォレストドラゴンはそのような熱弁をしてくる。
言語が喋れるだけあって質が悪いな。
微妙に納得できそうな理由でもあるし。
「はいはい、わかったよ。これからも適度に何かあげるから、今はこれだけで我慢してくれ」
「うむ! 楽しみにしているぞ!」
俺が一つピッザトーストを口に入れると、フォレストドラゴンは満足するように頷いた。
「さて、俺ももう一個食べるか」
そう思って皿に手を伸ばそうとしたが、既にそこにピッザトーストはなかった。




