お世話されたいフォレストドラゴン その3
一瞬、大きな大木が通り過ぎたのか、そう思ってしまうほどに圧倒的な質量を持ったものが通り過ぎた。
唖然としながら観察すると、それは大木ではなく手足と翼を生やした生き物だと気付く。
緑色の鱗に覆われた巨体からは無数の枝葉や苔が生えており、大きな翼で悠然と空を飛んでいる。
そんじょそこらの魔物とは違う、圧倒的強者の雰囲気を漂わせて降りてきたのはフォレストドラゴン。人気のない森の奥地に住むと言われる最強の竜種だ。
全長二十メートル以上ある巨体が、真上から降下してくる。
フォレストドラゴンが減速するために翼を動かすだけで、途轍もない風圧の嵐が押し寄せて俺は思わず顔を手で覆う。
はばたいただけでこの風圧。なんという生物としての力なんだ。
「ピキー!」
離れて見ていたモコモコウサギがそれに耐えきれずに、転がっていく。
フォレストドラゴンが牧草を踏みしめると、ズシンと振動が伝わった。
いったい、どうしてこんな魔物がここに!?
いや、そんなことを考えている場合ではない。今はリスカや魔物を避難させるのが先だ。
「リスカ! 魔物を連れて逃げろ!」
「ア、アデル兄ちゃんは!?」
「こいつがお前達を襲わないように時間稼ぎをする!」
「やめようよ! 一緒に逃げよう!?」
わかっている、俺一人なんかで挑んでも勝てないことなんて。
このクラスのドラゴンが相手となると、魔法騎士団員を総動員しても死人を出しながらようやく足止めができるかといった程度。
とても俺だけでどうにかなるレベルではない。
それでも俺がやらなければ、こいつはリスカを襲い、果てには村にまで赴いて家族や村人に牙を剥けるかもしれない。
たとえ無謀と言われようとも、そんなことは見過ごすわけにはいかない。
俺がもう騎士でなくても、男としてやらなければいけないことがある。
無駄とわかっていても、大切な人達が生き延びるための時間くらいは稼げる。
「うおおおおおおお!」
俺が持ちうる最大威力の魔法術式を展開しながら、フォレストドラゴンの注意を惹くべく突撃する。
すると、フォレストドラゴンがこちらを向いて、その大きな口を開ける。
「ふむ、何やら決死の覚悟をしているようだが、我に敵対の意思はこれっぽっちもないぞ」
「……え?」
どこか気怠そうな声で言葉を発するフォレストドラゴンに驚いて、俺は足を止める。
「我は人を襲うつもりはない。だから、その物騒な魔法を止めよ」
大きな口をゆっくりと動かしながら威厳のある声で告げるフォレストドラゴン。
「んん? まさか言葉が通じておらぬのか? 確か人間の話す言葉は、このようなものだったと記憶しているが?」
「い、いや、合っている。ちょっと驚いてな……竜種にもなると人間の言葉を話せるのか?」
「竜種だからではない、理性と知性を兼ね備えた高位の竜種だからだ。我にかかればこの程度の言葉を操るなど容易いものよ」
どこか自慢するように言うフォレストドラゴン。
高位の魔物やドラゴン種は、時に人の言葉すら操ると聞いたことがあるが、まさか本当だったのか。
フォレストドラゴンがこちらを襲ってくる様子は見られない。
はなから俺達を襲うつもりであれば会話などする必要がないだろうし、とりあえず展開中の術式を停止させて様子を見ることにする。
リスカは怯えながらも、俺の傍にやってくる。
俺は視線で遠ざけようとしたが、リスカはこちらの裾をギュッと掴んできて拒否した。
本当は逃げてほしいのだが、ここで押し問答をやっている場合ではない。
仕方なく俺は、このままフォレストドラゴンの真意を尋ねることにする。
「俺達を襲うつもりじゃないなら、一体何の用でここに来たんだ?」
「うむ、その前に少しだけ質問をしてもいいか?」
「……ああ、構わないが」
フォレストドラゴンが尋ねたいこと? まったく見当がつかず、俺は身を固くする。
「上空から見ていたが、お前達はここで魔物であるモコモコウサギやベオウルフの世話をしていた。ここは魔物を育てる施設なのか?」
「あ、ああ、そうだ。まだ試験的なものだが魔物を飼育して数を増やし、素材などの流通を目指している」
「つまり、お前達は魔物の安全を保障しながら世話をし、代わりに魔物は毛や鱗、爪などの人間にとっての利益価値を提供するというわけか」
「そういうつもりで育てているな」
それ以外にも生体の研究なども含まれているが、簡単に言ってしまうとそんなものだ。
「ふむ、それがわかれば問題ない。最初の問いに答えよう! 我がここに来た目的は、お前達に安全を保障してもらい、世話してもらうためだ!」
「「…………え?」」
フォレストドラゴンが堂々と告げた言葉を聞き、俺とリスカは思わず間の抜けた声を漏らした。そして、互いに思わず顔を見合わせてしまう。
リスカの表情は面白いくらいに間抜けなもので、きっと俺も同じような表情を浮かべていることだろう。
「えっと、ちょっと待て。今、なんて言った?」
「む? 聞こえなかったのか? ここで世話してもらうために来たと言っているのだ」
改めて尋ねるも、フォレストドラゴンの言葉は先程と変わらない。
「つまり、フォレストドラゴンのあんたがここに住みたいと?」
「ああ、住むだけじゃなく安全を保障してもらい、食事に水に手入れ、健康管理もろもろも含めて世話してもらうのだ。なに、安心するがよい。ちゃんとこの牧場の理念に従って利益価値を提供しよう。ひとまず鱗や枝をいくつかくれてやる」
え、ちょっと意味がわからないのだが。
こちらが戸惑っている間に、フォレストドラゴンは身体を揺すって緑色の鱗と、背中に生えた枝をポトリと落とした。
それらはかなりの魔力が籠っており、一級品のものができる素材だと確信できるものだ。
「人間にとって竜種の素材はかなりの価値があるのだろう?」
「あ、ああ。価値があり過ぎて困るくらいだ」
竜の鱗は物理攻撃だけでなく、魔法攻撃すらも軽減する防具となり、魔力を潤沢に含んだ枝葉は魔法使いの杖として使われるだけでなく、万病を癒す特効薬の原料としても使えるだろう。
他にも魔道具やら武器やら、たくさんの使い道があるのだ。
これを売れば抱えている借金の返済も早くできそうだが、ただの田舎牧場の経営者が持っていていい素材ではない。
「だとしたら問題ないな。お前達は我の世話をして、我は価値ある素材を提供する。どちらも万々歳というやつだ! ということで、今からここに住み着くのでよろしく頼む」
フォレストドラゴンは一方的にそんなことを言うと、満足したのか目を瞑るのだった。
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