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アデル仕事辞めるってよ その2

「ええ!? お前随分と急だな! 辞めるって本気か!」


 俺が何気なく呟くと、隣に座っているマークさんが酷く驚いた声を上げる。


「俺ももう二十五歳ですし、そろそろ身体もきついですしね」

「ああ、それに関しては心から同意できるな」


 マークさんは俺より年上の二十七歳だ。職業柄、この年齢辺りになると身体の衰えを実感する。


「それに、ずっとここにいても何かを為せるわけでもないですからね」


 元々俺は特別な正義感があって騎士に志願したわけではなく、常人以上に魔力があるとわかったからこそ、それを生かしながらお金を稼げる魔法騎士団に入ったのだ。


 なので、自分が魔法騎士であることに誇りや愛国心がさほどあるわけでもない。


 だが、心のどこかで『自分が特別になれたり何か大きなことを為せて英雄のようになりたい』といったことは、漠然にだが思っていた。


 しかし、魔法騎士団という精鋭集団の中で俺は有象無象の一人だった。


 現実はそこまで甘くない。


「自分がもっと役に立てるような、何かを目指してみたいですね」

「……そっか。アデルが何か違うことをやりたいと思うならいいんじゃねえか? お前は俺と違ってまだ身軽だからな。いくらでも挑戦できる」


 ぼんやりと呟く俺に、マークさんが肩を叩いて応援してくれる。


 彼には妻や子供がいる。俺のように新しいことをしたいからといって今の仕事辞めるということは難しいだろう。


 そんなマークさんが快く応援してくれた。


 その事実が俺の心を軽くさせた。


「ありがとうございます」

「でも、いいのか? 団長はお前のことを気に入っているし、そう簡単に辞めさせてくれるのか?」

「俺はそうは思いませんけど。だって、事あるごとに雑用を押し付けてくるし、稽古ではボコボコにして罵声を浴びせてくるんですよ? 副長と同じで俺のこと嫌ってるでしょう」

「いやいや、団長は普通の団員をそこまで構ったりしないし、しっかり稽古をつけてくれることなんてほとんどないから。それに計算だって団長から教えてもらったんだろ?」

「あれは俺に雑用をやらせたいからでしょ。うちには文官が来ませんし」


 団長に睨め付けられながら、狭い部屋でできるまで計算をやらされるのだ。


 できなければ帰れない監禁生活。


 どう考えても気に入った対象にするようなことではない。


「団長は遠征に行っていてしばらく帰ってこないですし、ハゲ副長のところに辞職届けを持っていけば喜んで認可してくれると思います」

「……確かに。副長はアデルのことを団長一派だと認識しているからな」


 よくわからない誤解をしてくれているが、この時ばかりは上司の争いに感謝だな。


 多分副長なら引継ぎなどの面倒な処理をせずとも、すぐに出ていけと言ってくれるに違いない。


 とりあえず、俺は副長の下へ向かうために目の前にある書類を片付けることにする。


 この面倒な仕事も最後だと思えば愛おしいものだ。


「辞めるのはいいとして、これからどうするのか決めているのか?」

「……まだ明確には」


 仕事を辞める踏ん切りはついたが、明確にやりたい事を考えられてはいない。


 俺は何をしたくて、どんなことができるようになりたいのだろうか。


 しばらくの間、考え込んだ俺を見てマークさんがため息を吐く。


「まあ、しばらくは自分で考えてみろ。ちょうど明日は休暇日だしな」

「そうですね」


 俺は自分のやりたい事を考えながら、ペンを動かした。



      ◆



「やりたいこと。やりたいことかぁ」


 騎士団を辞めることを決意してから三日が経過した。


 仕事を辞めること自体にもはや迷いなどない。


 けれども俺は、未だに騎士団を辞めて何をしたいのか決めることができていなかった。


 幸いにして今日は休暇日なので、存分に自分のやりたいことを考えることにしたものの、中々思いつかない。


『寮の狭い部屋に閉じこもるのももったいないし、気分転換も兼ねて散歩しながら考えることにしょう』


 そう考えて普段着に着替えて廊下に出ると、俺と同じよう私服を着た非番の者や、団服に身を包んだ者が歩いている。


 その誰もが自分が騎士であることを誇りに感じており、満足のいった毎日が送れているように見えた。


 そんな彼らが羨ましい。


 やりたい事といえば、自分の好きなことだったり趣味を追いかけたりすることだ。


 たとえそれを仕事にできなくても、働く傍らに趣味をするということはとても重要だ。


 「騎士団を辞めたら後は、どう考えても実家に顔を出すことになろうだろうし、そのままリフレット村でのんびりとやりたいことができたらいいなぁ」


 両親や幼馴染に会いたいということもあるが、単純に王都にいると騎士団の奴等と鉢合わせする可能性になるので非常に気まずい。


 リフレットに戻ると、今よりも時間に余裕はできるし、何かそういうものがあったほうがいいな。


「おや、アデル。団服ではないということは、今日は非番かい?」


 俺が考え事をしながら歩いていると、前からやってきた人物が声をかけてくる。


 視線を上げると、そこには長い銀髪に白衣を身に纏った女性が立っていた。


「レフィーアこそ、どうしてここに?」

「この騎士団が提供してくれた魔物の書物を返しにね。私は研究員であって探索員じゃないから、どうしても凶暴な魔物については騎士団のデータを借りないと知りえないから」


 この女性は魔物研究員であるレフィーア。

 紫色の綺麗な瞳。白い肌に整った顔立ちをしているが目の下にクマがついていたり、髪がところどころほつれていたりだらしない。白衣にもかなりシワが寄っている。きちんと見栄えを意識すれば美人さんなのだと思うが、それをまったくしない残念な人だ。


 普段は国が運営する魔物研究所で魔物の生態などの研究をしており、実際に魔物と戦う騎士団と情報交換などもしている。彼女の研究のおかげで魔物との無駄な戦闘を回避できるようになったり、攻撃パターンや弱点などがわかったりしていて、騎士団も大助かりだ。


 俺個人としても魔物の話はとても興味深く、日頃から彼女とは仲良くさせてもらっていたりする。


「それでアデルの方は?」

「うーん、俺はやりたいことについて悩んでいるって感じかな?」

「やりたいこと?」

「ああ、実は騎士団を辞めようと田舎に帰ろうと思ってね。それからどう人生を過ごそうかと――」

「本当か!? だとしたらいい話があるんだ! ちょっと聞いてみないか?」


 目下の悩みを述べると、レフィーアが突然声を張り上げた。


 ちょっと顔が近い。


 目にクマができているせいか目を見開かれると少し怖い。


「わ、わかったから、少し落ち着いてくれないか?」

「あ、ああ、すまないな。私にとっても嬉しいことが起きたもので」

「嬉しいこと?」


 俺が訝しげに質問すると、レフィーアは咳払いしながら離れる。


 彼女にとって嬉しいこととは何だろう。


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