ベルフ その2
え? 名前?
俺が理解できずに首を傾げていると、リスカが続けて言う。
「ピイちゃんとか、ピッキーとか名前つけてるのに、ベオウルフには名前つけてないよね?」
「そうだが…………まさか、それで拗ねてるってことか?」
「もしかしたら、そうじゃないかなって」
名前が貰えていないだけで、ベオウルフが拗ねているというのか?
ピッキーに関しては、同じ個体が多くなったからつけただけだったのだが。
「ベオウルフ、名前が欲しいか?」
そう問いかけると、ベオウルフは途端にこちらを向いて尻尾をフリフリと振る。
その眼差しは期待に満ち溢れていて、嬉しそうというのが一目でわかった。
ベオウルフの名前かー。特徴にしていた鳴き声は使えないよな。
しばらく考え込んだ末に俺は決めた。
「じゃあ、ベルフで!」
「ベオウルフの名前からとってベルフ。呼びやすくていいよね」
「確かにそれもあるが、それだけじゃないぞ」
「そうなの?」
「建国時代に王家に牙であった英雄、ベルフリードから貰ってもいるんだ。ベルフリードは強い牙を持ちながら、王家に深い忠誠を持っていたからな。ベオウルフにぴったりだと思ってな」
「なるほど、確かにそれならぴったりだね!」
この国の建国時代の英雄譚だから国民であれば誰もが知っているもの。
そこから引用したとはいえ、いいセンスをしているのではないかと我ながら思う。
「お前は強くて忠誠も深いからな。英雄ベルフリードから名前を貰ってお前はベルフだ」
「ウォッフ! ウォッフ!」
俺がそう告げると、ベオウルフは喜びを表すようにリビングを駆け回る。
先程のどこか沈んだ態度とは大違いだ。
「しかし、よくベオウルフが拗ねていたとわかったな」
「アデル兄ちゃんがピッキーに名を付けた時とか、どことなく羨ましそうにしていたから」
そうだったのか。まったく気付かなかった。
ベオウルフじゃなくて、ベルフは聞きわけもよく、世話のかからない魔物だったからつい放置気味だったな。
最近はリスカが働くことになったり、モコモコウサギが大量にやってきたりでまともに構っていなかった気がする。
名前のことがなくても、ベルフが拗ねるのは仕方なかったかもしれない。
これは主としてベルフに答えてやらないとな。
「ありがとう、リスカ。おかげで助かったよ」
「う、うん、えへへ」
俺が素直に礼を言うと、リスカは恥ずかしそうに笑う。
真っ直ぐに礼を言われて照れているようだ。
「さて、昼食の準備を再開するか! とはいっても、ベルフが豚肉を食べたせいで肉無しのスープか野菜炒めしかできないけどな!」
「えーーーー、ちょっとベルフー!」
「ウォフ!?」
突然リスカに追いかけられたことにより、ベルフは戸惑いながら逃げるのであった。
◆
「……肉の消費量が激しいな」
ベルフに名前をつけて三日後。
冷蔵室ですっかりと小さな肉塊となった豚肉を見て、俺は呻いた。
別にベルフがまた肉を盗み食いしたわけでもない。ただ、単純にベルフの食べる肉の消費量が多いだけだ。
後はリスカという、ちょっとした食いしん坊飼育員が増えたせいでもある。
それを言えば怒られるであろうことは想像できたので言わない。
リスカがやってきて一人暮らしの時のような手抜き料理ができなくなったせいもあるだろう。以前なら『俺一人だし』という理由で食事も質素にしていたのだが、大事な飼育員であるリスカもいるとなるとそうはいかない。
『ロクな食事をさせてもらえない』なんて泣き寝入りをされては、セドリックさんに会わせる顔がないからな。
つまり、これは妥当な結果ということだろう。
とはいえ、このままだとまた村に食料を買いに行かなければならないし……。
「……久しぶりに狩りでもするか。ベルフのいい気分転換にもなるだろうし」
森や山を駆け回っていたベルフからすれば、牧場という場所にずっといてはストレスも溜まるだろう。ベルフだってそういう欲求はあるし、ついこの間だって拗ねられたばかりだ。
同じことを繰り返さないためにも、ゆっくりとした時間を共有して労ってやらないとな。
そう決めた俺は、作業着から動きやすい軽装へと着替える。
そして狩りができるように作っておいた弓矢、剣などを装備して家を出る。
すると、ベルフが玄関の傍で座っていたので挨拶代わりに撫でてやる。
「ベルフ、今日は狩りへと行くぞ」
「ウォッフ!」
俺の言葉を理解してくれたのか、嬉しそうに吠える。
大きな尻尾がかなり嬉しそうにブンブンと揺れていた。
「あれ? アデル兄ちゃん、狩りに行くの?」
ああ、いつもと装備が違うからわかるのか。
モコモコウサギの面倒を見ていたリスカが、どこか期待の籠った眼差しで問いかけてくる。
「そうなんだ、肉の調達とベルフの気晴らしを兼ねてな」
「おお、いいね。たくさんのお肉を期待してるよ!」
「任せろ。その代わり留守は頼むな。ブルホーンには近付くんじゃないぞ」
「わかった!」
今から狩りに行く場所は、最初にベルフと出会った森だ。
いつもならそこまで馬で行くのだが、今日はベルフと自分の運動も兼ねて軽く走りながら向かうことにしよう。いつもならそこまで馬で行くのだが、最近は身体を動かしていなかったしな。
「よし、軽く走るか!」
「ウォッフ!」
そう言って走り出した俺を、ベルフが物凄い速度で追い越した。
そうだ、俺とベルフの足の速さには天と地ほどの差があるんだった。
これは馬を連れてきて並走するくらいがちょうど良かったのかもしれない。
俺は弱気になりつつも、自分の心を叱咤してベオウルフに置いていかれないように必死に足を動かした。




