飼育員のいる牧場 その4
「ピキ?」
「ピキピキ!」
侵入してきたモコモコウサギが恐る恐る何かを尋ねるように鳴くと、傍にいるモコモコウサギは自信満々で返事した。
すると、先程までベオウルフに怯えていたモコモコウサギ達が一斉に転がり、牧草を満喫するように寝転がる。
それはもうここなら安全と言わんばかりのだらけ具合。
「……一体こいつらは何が目的なんだ?」
「きっとここが安全だってわかったからやってきたんじゃない? ほら、モコモコウサギって臆病だから」
「ピキピキ!」
リスカの言葉を肯定するように、抱えられたモコモコウサギが声を上げる。
「なるほど、同族であるこいつが優雅に暮らしているのを見て安全だと思ったのか」
確かに見方を変えれば、ここは常に生死をかけた森に比べるとこの上なく安全な場所だ。
周囲には自分達を襲う肉食獣もいない。
外敵の侵入を守ってくれる番犬だっている。
牧場を囲う柵には、魔法による侵入防止術式があるので森からやってきても平気だ。
その上、ここの主は元魔法騎士の俺。
モコモコウサギ達にとって、これほど素晴らしい安全地帯など存在しないだろう。
「モコモコウサギが一気に増えたね!」
「よくわからんが、こんなにも増えるとは……」
モコモコウサギの毛の需要はとても高く数を増やしたいと思っていたが、まさか急に三十匹以上になるだなんて……。
「数も増えたし、この子にも名前をつけてあげないとね!」
「そうだな」
「名前、あたしがつけようか?」
「いや、こいつは俺が最初に出会った魔物だし、自分でつけるよ」
このモコモコウサギには森で助けられたしな。名前をつけるなら自分でつけたい。
俺はリスカからモコモコウサギを受け取って見つめる。
どんな名前がいいだろうか?
「ピキ?」
俺が名前を考えていると、モコモコウサギは首を傾げる。
「こいつの名前はピッキーだな」
「あー! アデル兄ちゃん、あたしのことを単純とか言いながら、自分のネーミングセンスだって単純じゃない!」
「う、うるさいな。それが一番呼びやすいし、覚えやすいんだよ!」
変に名前を捻っても他人に聞かれた時に恥ずかしいし、呼びづらくては意味がない。
こういうのは単純なものが一番なのだ。
「お前の名前はピッキーな!」
「ピキ!」
自分の名前を理解してくれたのかわからないが、ピッキーはそう元気よく返事した。
◆
モコモコウサギが大量に牧場に居つくようになって、俺とリスカの仕事量は劇的に増えた……ということもなく、牧場生活は非常にまったりとしたものであった。
モコモコウサギの主食は草だ。牧草がたんまりと生えている以上、それに困ることはない。
後はたらいに入れた水を用意してあげれば、勝手に彼らは飲んで好きに暮らす。
昼寝をしたり、日向ぼっこをしたり、転がっていたり、追いかけっこのようなものをしたりと非常に和やかだ。
俺は、牧場に転がるいくつものピンク色の毛玉を数える。
「増えたモコモコウサギの数は三十二匹だな」
「じゃあ、ピッキーと合わせるとモコモコウサギは全部で三十三匹?」
「そういうことだな」
これだけの数がいれば、秋には十分な量の毛がとれるだろう。
王国にいるレフィーアに報告として手紙を書いたが、これには驚いてくれそうだ。
「……ねえ、ピッキーがどれだか覚えている?」
賑やかになった光景を見て満足していると、リスカがおずおずと尋ねてくる。
「ああ、わかるぞ。真ん中にいる太陽を仰ぐように寝ているのがピッキーだ。おーい、ピッキー!」
試しに俺が呼んでやると、ピッキーがモゾリと動き、こちらに気付くと短い足で歩いてきた。
「こいつがピッキー」
「ピキ!」
俺はピッキーを両手で持ち上げて言うと、肯定するようにピッキーが声を上げる。
「この子がピッキーね。あたし、まだピッキーの特徴を覚えてなくて……」
「まあ、無理もないな。ゆっくり観察する間もなく、こんなに増えてしまったんだし」
リスカはまだうちにきて間もないし、重点的にピイちゃんの面倒を見ているから仕方ない。
「ねえ、ピッキーの見分けやすい特徴ってあるの?」
「何となくわかるって感じかな?」
他の個体よりも耳が長いとか、鼻が大きいなどのわかりやすい特徴は見つけられていない。
俺だってすべての個体なんて把握できてはいないのだから。
たが、ピッキーの場合は何となくこいつだってわかるんだよな。
「えー、何それー? って言いたいけど、あたしもそれはわかるかも。うちの牧場でも見分けにくい子がいたけど、パッと見ただけで区別がつくこともあったし」
自分でもモヤモヤしていたが、身近にいるリスカでも同じようなことがあると聞いて少しホッとした。
「とはいえ、ピッキー以外にも、ある程度の区別がつくようにならないとマズいよな」
個体によって性格や毛の特徴、好みなんてものもあるはずだ。
それを把握しないままに世話をしていると、魔物にとってのストレスにもなるしな。
「だね。この数はちょっと大変だけど」
俺とリスカは、モコモコウサギのそれぞれの特徴を把握するべく、メモを片手に観察をするのであった。




