飼育員のいる牧場 その3
モコモコウサギは、早速朝ご飯を食べることにしたのか、牧草を食んでいる。
手足がロクに使えないので、顔を地面に押し付けるようになっているが、小さな口をもぐもぐと動かしながら草を食む姿は可愛らしい。
「ウォッフ! ウォッフ!」
リスカと共に和みながらモコモコウサギを観察していると、後方からベオウルフが鳴き声を上げて近付いてくる。
もしかして、ブルホーンが突撃しにきたのか!?
焦って振り返ると、ブルホーンは遠くでのんびりと座り込んでいるだけだった。
「何だ? お前も構ってほしかったのか?」
「ウォッフ! ウォッフ!」
こちらにやってきたベオウルフに茶化すように言うが、どうやら様子が違う。
まるで何かがやってきたことを告げるような感じだ。
「ピキ?」
俺が不思議に思っていると、モコモコウサギが耳をピンと立てて、ベオウルフが向いている方角を見る。
「あっちに何かあるのかな?」
「ちょっと見に行ってみるか」
ベオウルフが走りモコモコウサギが同じ方角に転がっていくので、俺とリスカも追うようについていく。
フカフカの牧草の中を駆けていくと、やがて頑丈な柵が見えてきた。
「ピキピキ!」
「ウォッフ! ウォフ!」
先に着いているベオウルフとモコモコウサギは、ここに何かがあると教える言うように鳴き声を上げている。
「ここに何かあるのか?」
俺は柵から身を乗り出して向こう側を見てみるが何もない。牧場の裏にある森が広がっているだけだ。
「うーん、何もないけど?」
モコモコウサギを抱えながら言うリスカも、特に何も見つけることはできていないようだ。
しかし、耳を澄ませると不意に気配のようなものを感じる。
草木を踏みしめるような……いや、引きずるような気配? どこかで知ってるような気配だ。
よくわからないが、大量の何かがこちらに近付いてきている。
「リスカ、下がって」
「う、うん」
真剣な様子の俺に驚いたのか、リスカが慌てて少し下がる。
もしかして森からゴブリンがやってきたとか?
魔物の近い森から近いここからすればあり得ることだ。
ゴブリンの巣があるなんて話は聞いていないが、見逃していて大繁殖をしていたというのはよくあること。
気配のする方向を見つめていると、やがて茂みが揺れる音がハッキリと聞こえるようになった。
ようやく何かが来ていることに気付いたリスカは、どこか不安の混ざった表情をしている。
「大丈夫。柵には侵入防止用の電気術式が込められているから魔物が入ることはできないよ」
「そ、そうなんだ」
単なる柵ではないと知って少し安心するリスカ。
とはいえ、魔法術式など見慣れたものでもないし、完璧に不安を拭うことはできないだろう。相手と数によってはリスカだけでも逃がすことを考える必要があるかもしれない。
警戒しながら音のする茂みを見つめる俺達。
そして、目の前の茂みが大きく揺れて飛び出してきたのは、ピンク色の球体だった。
「ピキ!」
モコモコウサギ?
「ピキピキ!」
「ピキピキ!」
俺が拍子抜けしている間に、モコモコウサギはどんどんと姿を現して鳴き声を上げる。
「うわあ! モコモコウサギがたくさん出てきた!」
「な、なんだこれ?」
気が付けば視界の中はピンク色の毛玉だらけ。ざっと数えて三十匹近くのモコモコウサギが集まってきている。
何を目的にしてモコモコウサギは大勢でやってきたのか疑問に思っていると、モコモコウサギの群れの一匹が前に出てくる。
「ピキ! ピキピキ!」
当然何を言っているのかわからない。
「ピキピキ!」
どうしたものかと考えていると。リスカが抱えていたモコモコウサギが返答した。
なるほど、同族同士なら意思の伝達もできるものな。
しばらく、モコモコウサギ同士の様子を見守っていると、会話は終わったのか一匹のモコモコウサギが群れに戻る。
このまま森に戻るのかと思いきや、彼らは牧場の周りを沿うように転がり出した。
モコモコウサギの大移動に唖然としながら追いかけると、彼らは牧場の入り口へと移動して中に入り込んできた。
「えっ! ちょっと何入ってきてんだ!」
礼儀正しく柵のない狭い入り口からやってくるモコモコウサギの群れ。
「ウォッフウォッフ!」
それを威嚇するようにベオウルフが吠えと、全員が驚いて端に逃げ出す。
おお、さすがはうちの番犬。勝手に侵入してきたモコモコウサギをしっかりと追い払ってくれている。
しかし、ベオウルフに向けて、リスカの腕の中にいるモコモコウサギが窘めるような声を上げた。
「ピキ! ピキピキ!」
「ウォッフ?」
それから魔物同士言葉を交わすと、何かを納得したのかベオウルフは吠えることもなく大人しく座り込んだ。
おい、俺は何一つ納得していないし、状況も掴めていないのだが。




