飼育員のいる牧場 その1
窓から差し込む光で俺は目を覚ます。
ここに住んでからは夜更かしも訓練や演習による野宿もないので、生活習慣が安定している。
窓の外を見るとようやく日の出といった雰囲気だが、まったく眠くはなかった。
窓を開けると朝の冷たい空気が入ってきて気持ちがいい。
そのまましばらく空や遠くに見える山々を眺めていると、どこからともなく箒で掃くような音が聞こえてきた。
リスカが起きて掃除でもしているのだろうか?
ここからでは見えないのが、そうであるなら俺も早く身支度を整えなければいけない。
部屋着から作業着へと着替えると、一階に降り玄関の扉を開ける。
「あっ、アデル兄ちゃん、おはよう」
そこには既に作業着に身を包んだリスカがいた。
「おはよう、リスカ。随分と早いな」
「家ではもっと早くに起きていたから落ち着かなくて」
そう言って、箒で玄関を掃除するリスカ。
「そっか。まあ落ち着かないなら仕方がないな。ちょっと早いけど俺も仕事を始めるか」
目覚めも悪くないし、リスカが働き始めているのに一人だけのんびりするのも落ち着かない。
「ねえ。それよりも、ずっとこの子が睨んでるんだけど」
俺が気合を入れるように手袋をはめていると、リスカが恐る恐るそんなことを言ってくる。
リスカの視線の先では、ベオウルフが鎮座しておりリスカを怪しい者でも見るかのように睨みつけていた。
ああ、そういえばベオウルフにリスカが今日から手伝ってくれることを言っていなかった。
「ベオウルフ、そんなに睨まなくても大丈夫だ。リスカは今日から牧場を手伝ってくれる仲間だから」
「ウォッフウ?」
俺がそう説明すると、「本当に?」とでも言うように首を傾げさせるベオウルフ。
まあ、既にリスカのことは知っているし、しばらく手伝っていれば特に気にしなくなるだろう。
「大丈夫そう?」
「ああ、大丈夫だよ。しばらく一緒にいれば気にしなくなるさ」
「またモフってもいい?」
「今日からは飼育員だしモフり放題だ」
「やった!」
俺の言葉を聞いたリスカが、箒を置いて手をワキワキと動かす。
すると、ベオウルフは昨日のことを思い出したのか、どこか警戒したように一歩下がる。
リスカにモフモフされるのは気持ちいいが、主である俺を差し置いてあのような醜態は見せたくない。
気まずそうな視線を俺に向けることから、そんなベオウルフの意思が伝わる。
なるほど、これはある意味興味深い。
既に従属する相手がいるのに、その他の相手にベオウルフが懐くのかどうか。飼育員としても、主としても気になるな。
俺が特に反応することなく観察していると、リスカがベオウルフに近付く。
「さあ、モフモフするよー」
「ウォフ!」
「あっ、逃げた!」
どこか獲物を見るようなリスカの気配に恐れをなしたのか、ベオウルフは逃走した。
「ははは、ベオウルフを退散させるなんてな」
「むー、モフモフしたかったのに」
俺が笑うとリスカが残念そうにしながら箒を持つ。
通常であれば圧倒的強者であるベオウルフが逃げるなどあり得ないことなのにな。
「そういや、ライラックの雛……じゃなくて、ピイちゃんは?」
「リビングに置いてこようと思ったんだけど、付いてきちゃったからあたしの胸ポケットで眠ってる」
ここからでは見えないので、リスカの後ろに回り込んで覗き込む。
リスカが広げたポケットの中には、ピイちゃんが自分の毛皮に蹲るように眠っていた。
「すっぽりはまってるな。落とさないように注意してあげるんだぞ」
「う、うん……。ところで今日は何をすればいい?」
俺がそう言うとリスカが少し離れ、不自然に声を上げながら聞いてくる。
「一通りの仕事の把握かな。とりあえず、やってみるから付いてきて」
「わかった!」
玄関の掃除は中断して、リスカに全体的な仕事を見せるべく厩舎に案内。
「ブモオオッ」
中に入ると既にブルホーンは目を覚ましており、今日も元気な声を上げている。
「やっぱり、ここは広いよね」
「魔物を育てることを前提にしているからな。普通の牧場に比べると広いし頑丈だよ。とはいっても、今はブルホーンとモコモコウサギしかいないからガラガラだけどね」
うちの厩舎は縦にも横にも広い造りだが、まだブルホーンしかいないせいで余計に広く見える。ここに入る度に、どこか寂しさを感じるので早く魔物を増やしたいものだ。
「これからはもっと魔物を増やさないとね」
「ああ、そのためにドンドンと捕まえて育てていかないとな」
そんな決意を新たにしたところで、俺達はブルホーンの前へ。
ブルホーンは檻の中で悠々と藁の上に座っている。まるでここの厩舎の主は自分とでもいうような雰囲気が何となく感じられる。
この広い厩舎の中で一頭だけでは寂しいと思ったりもしたが、案外こいつは楽しんでいたりする。少なくとも俺にはそう思えた。
「前に見たと思うけどブルホーンだ」
「やっぱりうちの牛よりも大きいね。顔つきもシャープだし男前」
牛の顔に男前とかあるのか判断はつかないが、リスカはそう思ったらしい。
俺も数々のブルホーンを見れば、そのようなことがわかるようになるのだろうか。
「ブルホーンは他の魔物と比べて気性が荒い。さらにこいつは特に気分屋だから、リスカは絶対に近付かないように。タックルされることもあるし」
「ええ、やっぱり暴れたりとかするんだ!?」
「そうだぞ。追いかけられたらひとたまりもないからな」
こいつの場合、気まぐれでタックルしてくるから質が悪いのだ。いくらこっちが穏便に世話しようが関係なくタックルしてくる時もあるし。




