ライラックの雛 その4
とりあえず、落ち着いて話すために俺達はリスカの家のリビングに入った。
「ふむ、ライラックの雛がリスカを親として認識してしまったと」
「はい。ですのでライラックの雛が親離れできるくらいまで、リスカに手を貸して頂けないかと」
俺がリスカを飼育員として必要としている理由を述べると、セドリックさんが神妙な顔つきで考え込む。
当然だ。大事な娘でありながら、戦力である飼育員をこちらで雇わせてくれと言っているのだから。
「ピイピイ!」
「ライラックの雛は可愛いね。ほら、こっちにおいで」
「こっちよ! あたしが親なんだからあたしの方においで!」
しかし、当の中心人物は先程とは違い、実に呑気だ。
今ではベルタさんと共にライラックの雛と遊んでいる。
「……ライラックが親離れできるくらいまで育つのに、どれくらいかかるんだ?」
「ライラックは成長速度が比較的早い魔物ですので、一年もあれば大丈夫かと」
「えー! そんなすぐになの!? 親としてそれは寂しい!」
俺の言葉を聞いていたのか、リスカが顔を上げて不満そうに言う。
もはや、すっかりとライラックの雛に魅了されているようだ。
一年後に離れることができなくなるのがどちらかわからなくなりそうで心配だな。
「さっきから呑気に雛と戯れているが、リスカはそれでいいのか?」
「いいのかって、あたしのせいでアデル兄ちゃんが育てられなくなったわけだし、親になっちゃったら責任を持つしかないじゃん。生き物の責任を持つのは当然だって、いつも父さんも言ってたよね?」
「ぐっ、そうだが……」
あー、そういえば言ってたな。昔からリシティア、リスカ、俺を含めて口酸っぱく言っていた。
「あんたは何をそんなに考え込んでるんだい。別に嫁に出すわけでも、遠くに行っちまうわけでもないでしょうに。いつでも会えるし、いつでも戻ってこられる距離だよ」
「そ、そうだが、魔物牧場だぞ? 相手にするのは魔物なんだぞ」
「動物だろうと魔物だろうと危険なことに代わりはないさ。牛や馬にだって危ないときは危ないんだから」
「そ、そうだが……」
セドリックさんの心配していることはわかる。
俺が育てているのは魔物なのだから、いくら比較的に無害なものを育てているといっても、恐れるのは当然だ。
大事な娘がそのような危険な魔物の傍にいると考えると心配にもなるだろう。
だからこそ、俺ははっきりと言い放つ。
「リスカには危険な魔物の相手はさせませんし、しっかりと俺が守りますよ。これでも元魔法騎士ですから」
「……ほら、男が女を守るって言ってんだよ? 許してあげなよ。あたし達だって辛い時に、散々アルベルトやアデルにお世話になっただろ?」
「ぐぬぬ、わかった。リスカに絶対怪我させるなよ。それと手を出すな!」
「さすがにリスカに手を出したりはしませんよ!」
「そ、そうだよ。あ、あたしとアデル兄だよ?」
「アデルなら問題ないよ。まあ、問題があったところであたしとしては大歓迎だけどね」
「おい、ベルタ!」
ニヤリと笑いながら俺とリスカを見るベルタさんと、慌てるセドリックさん。
やめてください、俺が怖い顔で睨まれますから。
「その、なんだ……」
「大丈夫。ちゃんとここにも帰ってくるから」
「だったらいい」
セドリックさんの嬉しそうな反応に、俺やリスカ、ベルタさんはくすりと笑うのだった。
◆
リスカが住み込みで働いてくれることになったので、彼女が荷物を纏めるのを待ってから魔物牧場に戻った。
支度中、エレナがリスカのことを聞きつけ俺に絡んできて、リスカに手を出すなとか魔物よりも俺の存在が危ないとか、容赦なくと罵倒してくれた。
面倒なので適当にあしらっていると、リスカが心配だから様子を見に来るとか言っていた。
あいつには子供の頃から散々言いたい放題されてきたので、本当に来たらベオウルフに吠えてもらうことにしよう。
「アデル兄ちゃん、どの部屋使っていい?」
魔物牧場に着くなり楽しそうに尋ねてくるリスカ。
新しいお泊り先みたいなものができて気持ちが舞い上がっているのだろうか。
「二階の空いてる部屋ならどこでもいいよ」
「わかったー!」
「ピイピイ!」
そう言うと、リスカと手の平にいるライラックの雛が返事し、大きな鞄を持って二階へと上がっていった。
幸い、俺もここに来てそれほどに日数は経っていない。軽く掃除はしておいたし、部屋は新品といってもいいだろう。汚いなどは言われないはずだ。
さて、リスカが今日から住むわけだから、ある程度一階も掃除しておかないとな。
早速掃除をしていると、荷物の整理が終わったのかリスカがライラックと共に降りてきた。
「掃除?」
「ああ、リスカも使うことになるから綺麗にしておこうと思ってね」
「朝も思っていたけどアデル兄ちゃんって、ちゃんと整理ができるんだね。新しいってこともあるけど、どの部屋もすごく整理されてた」
「その辺は職業柄ちゃんとしていないと怒られたからな」
「あー、確かに騎士がちゃんとしていないと、こっちが不安になるかも」
騎士とは国の安全を守ってくれる者であり、国の顔でもある。
行事などで見かける王族や貴族などよりも人々からよっぽど目に留まりやすい。
そのような者がだらしない生活をしていては人々も心配になるというもの。
そういうこともあってか、騎士団の宿舎はとても整理がされている。
まあ、仕事場のほうは大量の資料やらが置かれているせいで乱雑になりがちなのだがな。
「あたしはどこを手伝えばいい?」
「じゃあ窓を拭いてくれ。雑巾はそこにあるから」
「うん、わかった」




