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ライラックの雛 その3

「あー、リスカ。お帰りー!」


 二人で馬を止めていると、リスカの両親ではなく栗色の髪をした若い女性が声をかけてきた。


 土で汚れた作業着を見る限り、ここの飼育員だろう。


 となると、この人が俺の知っているであろう人物なのか?


「ん? というか隣にいる男は誰? 昔にいたアデルとかいう男みたいに間抜けな面をしてるわね?」

「ほう、それは偶然だな。俺もあんたをどこかで見たことのある間抜けな面だと思っていたところだ。確かお漏らしエレナに似ているような……」

「殺す!」

「ちょっといきなり喧嘩しようとしないでよ、エレナ!」


 俺が目の前の女の恥ずかしエピソードを言ってやると、顔を真っ赤にして掴みかかってきた。


 しかし、それは傍にいたリスカによって止められる。


「離してリスカ。私はこいつを殺さないといけないの!」

「おお、やってみるか? こっちは元とはいえ魔法騎士だぞ?」

「ぐぬぬぬぬ!」

「アデル兄ちゃんも挑発しないでよ! それに魔法騎士の強みをこんなところで出すなんてカッコ悪い」


 くっ、確かにこれは大人げなかったな。


 エレナはお漏らしのことを弄るだけで十分だろう。


「にしても、アデル兄ちゃん。あたしのことはすぐにわからなかったのに、エレナはすぐにわかるってどういうこと?」

「こいつの場合は、容姿がどう変わろうと憎たらしい口調と言葉に変わりはないからな」


 独特なイントネーションと、口の悪さですぐに思い出した。


 こいつはリシティアの女友達のエレナ。男勝りなリシティアと気が合うようなやんちゃ女で、しょっちゅう男と喧嘩していた。


 俺とリシティアが仲良くしていたのが気にくわなかったのか、妙に嫌味を言いながら絡んできていたが、今もそれは変わりないようだ。


「あんたこそ、体は大きくなってもその間抜けな顔は変わってないのね。魔法騎士だったって聞いてたけど本当なの? アルベルトさんとスリヤさんに一回しか手紙送らなかったって聞くし、本当は街の衛兵にしかなれなかったからじゃないの?」


 ぐぬぬ、相変わらず嫌な言い方をする奴だな。そういう言い方をされると、本当に俺がそんな生活をしていたかのように思えてしまう。


「本当に魔法騎士だったっつうの」


 俺の名誉のためにも証拠を示すべく、懐から短剣を取り出す。


「何これ?」

「魔法騎士団にいた証だよ」


 魔法陣に鷹と剣の紋章があしらわれた短剣は、魔法騎士団であることを示すものだ。途中で抜けたとはいえ、魔法騎士団はエリート部隊。こういったものを持っているだけで実力や身分の保証はされる。


「へー、すごく綺麗な紋章」

「……まあ、こんなもの見せられても、私達にはわかんないけどね」


 ちょっとムカつくがエレナの言うことも一理ある。


 このような紋章などは都心部でこそ役に立つが田舎の村などではまったく効果がない。何せ凄い騎士団と言われても、滅多にそれを目にする機会がないからな。


「ところで今日は何の用なのよ?」

「ちょっとリスカの両親に挨拶と話があってな」

「父さんと母さんはどこ?」

「あっちで牛の世話してるよ」


 エレナの指をさす方向を見ると、厩舎の奥でリスカの父であるセドリックさんと、母であるベルタさんがいた。


 やはり昔よりも少し老けたかな? 他の大人達と同様にシワが増えている。


 不思議とそのことに俺は安心していた。


 やっぱりずっと変わらない母さんがおかしいのだ。


 二人共真剣な表情で牛の様子を確認しているが、リスカは特に気にせずに歩み寄る。


「父さん、母さん! 戻ったよー!」

「おお、リスカお帰り! 思ったよりも早く戻ったな。もうお腹が空いたのか?」


 リスカが駆け寄ると、セドリックさんは真剣な表情を緩めた。


 ああ、相変わらずあの人はリスカに甘いんだな。


 時が変わっても変わらぬ一面を見てホッとすると同時に懐かしく思えた。


「もう、父さんってば、あたしはそんなすぐにお腹を空かせないってば!」


 リスカ……さっき俺の家でバクバクとシチュー食べていたよね。


 俺のそんな視線を感知したのか、リスカがどこか誤魔化すようにこちらを指さす。


「そ、そんなことよりもほら!」

「もしかして、後ろにいるのはアデルかい?」

「お久しぶりです、ベルタさん。セドリックさん」

「おお、言われてみればアデルだな」

「おやまあ、こんなに立派になっているとは思わなかったよ」


 俺の肩をバシバシと叩きながら笑うベルタさん。昔から力が強い肝っ玉母ちゃんって感じだったが、さらにパワーアップしているような感じだな。


 体型も少し立派になって……。


「ん? なんか失礼なこと考えなかったかい?」

「いえ、滅相もございません」


 そして、昔からの鋭さも健在だった。


 この人の前で変なことや悪いことを考えるとすぐにバレるんだよな。よくリシティアとやんちゃして怒られたものだ。


「今日は挨拶に来てくれたのかい?」

「はい、それと同時に少し大事な話もありまして」

「大事な話って何だ? 新しく始めた魔物牧場についてか?」


 俺がそのように告げると、セドリックさんとベルタさんが首を傾げる。


 さて、リスカについてきたはいいが、どう言おうか……。


 ライラックの雛がリスカに懐いてしまったので、うちで預からせてください。


 んー、正しいといえば正しいが、どうも無理矢理リスカを雇おうとしているふうに見えるな。


「えっと……それは、あたしが」


 俺が少し考え込んでいると、リスカが気まずそうに言おうとするので手で遮る。


 今回に関しては俺の落ち度でもあるし、こちらの都合を考えてのことだ。


 ここは俺から言うべきだろう。


「リスカをうちにいただけませんか?」

「「はあっ!?」」

「えええええっ!?」


 俺の言葉に驚きの声を上げる、ベルタさんセドリックさん、リスカ。


 もしかして、言い方がマズかっただろうか?


「ほう、いい覚悟してるじゃねえか。まさか、帰ってきた挨拶と共にそんなことを言うとはな」


 俺が不思議に思っていると、セドリックさんが凄みを利かせながら言ってくる。


 むむ、やはりリスカという人手が抜けるのが嫌なのか。


 とはいえ、こちらだって新しく始めた魔物牧場を軌道に乗せるためだ。何としてもライラックの雛を無事に育ててやりたい。


 それにリスカだってライラックの雛を育てたいと言ってくれたのだ。こちらも、はいそうですかと簡単に引き下がりたくない。


「はい、そちらの気持ちは承知の上です。しかし、こちらにも譲れないものがあるので」

「――っ!!」


 相手の瞳を真っ直ぐに見つめ返しながら言うと、セドリックさんが驚愕の表情を浮かべる。


 こちらだって多大な借金と第二の人生がかかっているのだ。


「あらあら、リスカってばアデルともうそんな仲になっていたのかい。元気な子に見えて奥手だから心配していたけど、これであたしも安心だね!」

「ち、違う違う! そういう意味じゃないから! アデル兄ちゃんも誤解を招くような言い方しないでよ!」


 ベルタさんの言葉に、顔を真っ赤にしながら否定するリスカ。


「ご、誤解? どういうことだ? ライラックの雛の面倒をみるために、住み込みで働いてくれるんじゃなかったのか?」

「そうだよ! そのまま言ってくれればいいのに、アデル兄ちゃんのは言い方が悪い!」


 これでもわかりやすいように言ってみたつもりなんだけどな。


「ん? どういうことなんだリスカ?」

「あたしは単純にアデル兄ちゃんのところで飼育員として住み込みで助けに入るってだけ! 父さんや母さんが想像してる意味とはまったく違うから!」

「そ、そういうことか」

「何だい、残念だねえ」


 リスカの叫びを聞いて、セドリックさんがホッとしてベルタさんが酷く残念そうに呟いた。


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