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アデル仕事辞めるってよ その1

「アデル! 何をサボっている、もっと早く走らんか!」


 シグムント王国の象徴であるシグムント城の傍にある、魔法騎士団の演習場。


 魔法騎士団員である俺は走り込みの訓練の中で、今日も上司であるハーゲス副長に怒鳴られていた。


 俺の走っている速度は他の団員と比べて遅くはない。むしろ中間くらいを維持している。


 これで怒られる意味がわからない。

「何で俺だけ怒鳴られるんだ?」

「ははは、相変わらずお前は副長に嫌われているな」


 俺が走るスピードを上げながら疑問の声を上げると、先輩であるマークさんが苦笑いしながら言う。


「俺はハゲ――じゃなくて、ハーゲス副長に対して、失礼なことをした覚えはないんですけど……」

「そういうところじゃねえか? 初日の顔合わせだっていきなりぶちかましたしな」


 いやだって仕方がないだろう。ハーゲスは名前の通りの見た目をしているから、最初にハゲ副長と心で覚えてしまったのだ。


 それからも心の中でハゲハゲ連呼していたので、どうにもこれに慣れてしまったんだ。


「まあ、嫌われてるのはそれだけじゃなく、お前がカタリナ団長に気に入られているからってこともあるだろうけどな。団長と副長は仲が悪いから」


 騎士団長であるカタリナさんは元々爵位の低い貴族だ。しかし、その突出した武力で功績を上げて、女性にしながら魔法騎士団の団長という地位についている。


 ハーゲスは上司が女性であり、自分が副長であることが気に入らないのだろう。何かとカタリナさんに突っかかったり、女性だからなどとこき下ろすように言ったりするからな。


「まったく、勝手な争いに巻き込まないでほしいですね」

「アデルとマーク、お前達はお喋りする余裕があるらしいな。演習場をさらに十周追加だ!」


 くそ、マークさんが俺に話しかけてくるからこんなことに。


 とはいえ、ここ言い争いをして、さらに周回を増やされては堪らない。


「「はい!」」


 俺とマークさんは声を揃えて返事し、走るスピードを上げるのであった。



      ◆



「あー、疲れた。稽古だけでも疲れるってのに、まだ書類仕事があるのか……」


 ハゲに走らされて剣の稽古をして、ようやく稽古から解放されたと思えば、次は書類仕事だ。


 俺は騎士団の詰め所にあるテーブルでぐったりと突っ伏す。


「そう言うな。今日はまだ少ないほうだから頑張れ」


 隣に座るマークさんがそう言って励ますが、目の前にある書類は高々と積み上がっている。


「備品の発注とか管理だとか全部文官にやらせればいいのに」

「……その意見には賛成だが無理だろうな。うちの団は貴族も多いし」


 残念ながらうちの団は、貴族の三男、四男などが多いので教養のある者ばかり。騎士自身にやらせれば、人件費も浮くので今後文官が回されることはないだろう。


 そして平民である俺も計算ができるように教育されてしまったので、こうして書類仕事をやらされている。教育などされなければ平民であることを盾にして、書類仕事を回避できたというのに。


 心の中でそんなことを思いながら書類仕事をしていると扉がノックされた。


 どうせ雑事の伝言を言いに騎士の誰かがやってきたのだろう。


 こういうのは得てして応対した物に押し付けられるものだ。


「「…………」」


 それをマークさんもわかっているからか、席から動かない。


 ふふ、我慢比べか。それも悪くないな。


 頑としてここから動かないことを決めた俺は、書類の文字に集中しているフリをする。


 というか扉との距離はマークさんの方が近い。後輩だからといって俺が行くのは酷く非効率的。ここはマークさんが行くべきだ。


 お互いにそうやってせめぎ合っていると、再び扉がノックされる。


「……誰もいないのですか?」


 外から聞こえるくぐもった声。それを聞くとマークさんは深くため息を吐いて、扉へと向かった。


 よし、俺の勝ちだな。これで俺は追加の雑事をやらなくて済む。


 そう喜んでいると、マークさんは小さな手紙を抱えて戻ってきた。


「アデル、お前宛てに手紙だぞ」

「手紙? 一体誰からです?」


 騎士団に所属して以来、俺は遠征くらいでしか外に出たことはないし、仕事が終わってからは真っ直ぐに寮に帰る生活をしている。


 異国に文通などする友人などもいないのだが……。

「リフレット村からだそうだ。確かお前の故郷の村の名前だろう? 両親からじゃないか?」


 村を出て十年くらい。それまで手紙でのやり取りなど一度もしていなかったのだが急にどうしたのだろうか。


 もしかして親の身に何かあったのだろうか?


 何となく不安になってきた俺は、マークさんから手紙を受け取って中身を確認する。



 不肖のバカ息子へ


 お前が王都にある魔法騎士団の騎士になってもう十年か。俺と母さんは元気だが、そっちはどうだ? 楽しく元気に暮らしているか? 仕事は辛くないか? 都会での暮らしに疲れたら、いつでもこっちに戻ってきてもいいぞ?

 それにしても、いくら騎士団の仕事が忙しいからといって、入団してから一度も手紙をよこさないのはどうかと思うぞ? 母さんもとても心配している。この手紙を読んでくれたのなら返事を書いてくれると俺も嬉しい。

                                   アルベルトより




 手紙の内容を読んで、ひとまず両親が無事であったことに俺はホッとする。


「どんな内容だった?」


 突然送られた手紙と俺の様子から凶報だと思ったのだろう。マークさんが恐る恐る尋ねてくる。


「そっちは元気か? こっちは元気だぞ? 仕事に辛くなったらいつでも戻ってこいよって感じの内容です」


「そうか。手紙を出して心配してくれるなんて、いい両親じゃないか」


 俺の様子から凶報ではないと理解したのか、マークさんが全身から力を抜く。



『都会での暮らしに疲れたら、いつでもこっちに戻ってきてもいいぞ?』



 不思議と手紙のその一文が胸にスッと入ってきた。


 そっか、別に今の仕事を辞めてもいいんだ。


 そう考えただけで、身体的にも精神的にも身体が軽くなった気がした。


 毎日稽古や雑用、書類仕事で、理不尽に怒られながら毎日を過ごす。


 やっと仕事が終われば泥のように眠って、また明日も仕事に。


 『楽しく元気に暮らしているか?』と言われると、間違いなく違うと言えるだろう。


 俺は魔法も剣技も使える魔法騎士だ。


 遠征で魔物の討伐をこなして身体を張っていたので給料はいい。


 物欲は少ない――というか、仕事が忙し過ぎてお金を使う暇もなかったので貯金はかなりある。一人なら働かなくても数十年は生きていけるだろう。


 そうなると、命の危険というリスクを背負ってまで、今の職場でお金を稼ぐ意味はないのかもしれない。


 リフレット村のことを考えると、十年前の両親や、幼馴染であるリシティアといった身近な人物の顔が浮かび上がる。そのどれもが十年前のものであり、今とは大いに違うことは想像できた。


 他にも村人や仲良くしていた友達はどうしているのだろうか?


 リフレット村へ思いを馳せる。


 村人の顔や山や畑といった長閑な光景――それらが鮮明に浮かび上がってきて、猛烈な郷愁感にかられた。


「……仕事、辞めて田舎に帰るかな」


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