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ブルホーンのミルク その4

「わかった! というか早くブルホーンのミルクちょうだい!」

「はいはい、今用意するから」


 ソファーに座り込むリスカに催促されて、俺は瓶からコップへとミルクを注ぐ。


 その片手間で、すっかり冷めてしまったミルクシチューも温め直し、竈にもう一度火をつける。


「ほい、これがブルホーンから搾乳したミルクだ」

「わあっ! これがブルホーンのミルク! ……といっても普通の牛乳と変わらないね」


 驚きのリアクションをとった後に、苦笑いをするリスカ。


 まあ、そうだな。見た目もほとんど牛乳と違いはない。


「じゃあ、いただくねー」


 リスカは見た目の観察を終えると、コップを傾けて匂いを嗅ぎ出した。


 何だか味見というよりも精査でもしているような感じだ。


 だが、酪農家としてそういうところは気になるんだろうな。


「あっ、全然臭みがない」


 ポツリと感心の声を漏らすと、リスカはゆっくりとコップを傾ける。


「美味しい!」


 そのまま一気に飲み干したリスカが叫ぶように言う。


「おっ、うちのブルホーンのミルクは酪農家のお眼鏡に叶ったか」

「うん! 独特の臭みもないし、味もしっかりしてて飲みやすいよ! もしかしたら牛乳よりも飲みやすいような……あ、でも牛乳には牛乳の味の良さがあるし、これは別物……」


 何やら思考の渦に入ってしまったのか、リスカがボソボソと呟き出す。


 日頃から牛乳を飲んでいるリスカから美味しいと言ってもらえたのだ。


 だとしたらブルホーンのミルクの美味しさが証明されたということか。


 少し自信がついたぞ。


「とりあえず、ミルクをお代わり!」

「はいよ。よかったら、少し持って帰るか?」

「いいの? ありがとう!」


 お裾分け用に詰めておいた瓶を見せると、リスカが嬉しそうに言う。


「はい、お返しにうちの牛乳とチーズ!」

「ありがとよ」


 お返しとばかりに牛乳とチーズを貰う。これで当分は乳製品に困りそうにないな。


 そんなことを思っていると、火にかけているシチューがいい匂いを漂わせ始めた。


 いかん、このままでは焦げてしまう。


 俺は急いで鍋へと戻りミルクシチューをかき混ぜる。


「あれ? この匂いはシチュー?」

「ああ、ブルホーンのミルクシチューだ。せっかくだし食べていくか?」

「うん!」

「ウォッフ!」

「ピキピキ!」


 リスカ以外の返事に驚いて窓のほうを見ると、ベオウルフが窓際に顔を出し、モコモコウサギが頭の上に乗っていた。


 どうやら彼らもご所望のようだ。


「しょうがないな。入ってきてもいいぞ」

「ウォフ!」


 俺が許可すると、ベオウルフが窓から入ってくる。


「こら、ちゃんと玄関から入って足を拭いてこい!」


 そうしないと床が汚れてしまう。うちは土足厳禁なのだ。


 ベオウルフを玄関に連れていき、タオルできちんと足を拭かせてから再入場。


 リビングに戻ると、リスカがテーブルにシチューの入った皿を持ってきていた。


「あっ、勝手に食器とか使ったよ」

「おお、ありがとう」


 男の一人暮らしだ。迷うほどに食器もないし、選びやすかったことだろう。


「本当は鍋ごと持ってきたかったけど、魔法の道具みたいだからわからなくて」

「ああ、ここにあるスイッチを切れば火は消えるよ」


 リスカに見えるように魔道具のボタンを押すと、火は消えた。


「へー、便利ね。うちにもほしい」

「金貨何十枚ものお金が用意できるなら頼めるぞ?」

「うー、けち! そんな大金あるわけないでしょ!」


 金貨何十枚となれば、普通の平民なら十年以上は生活できるな。つまり、それくらいのお金が必要だってことだ。


 まあ、今回は牧場に関することだけに、冷蔵室やら魔法コンロやらレフィーアに頼んで設置してもらったのだが、そのツケが借金というわけだ。ま、ちゃんと払うけどな。


 とはいえ、今は朝食だ。


 リスカの登場で、まだ俺は朝食にありつけてなかったからな。


 追加でモコモコウサギの分と、ベオウルフ用にミルクシチューを入れて床に置いてやる。


「あれ? モコモコウサギにはベーコンが入ってないよ?」

「モコモコウサギは草食だからベーコンは食べないんだ」


 なんだかんだと雑食なこいつらだが、それぞれの好みもある。


 ベオウルフは基本的になんでも食べられるが肉が好きだ。


 モコモコウサギは牧草や木の実、果物が好きだが、肉は好まずにまったく食べない。個体によって好みの差もあるだろうが、そこは数が増えてからだな。


 俺が椅子に座ると、モコモコウサギは既に食事中だったが、ベオウルフは食べずに待機していた。


 さすが賢い奴、俺からの指示を待っていたらしい。


「食べていいぞ」


 俺が許可するとベオウルフが勢いよくミルクシチューを食べ始める。


「じゃあ、俺達も食べるか」

「うん!」


 魔物達が食べてホッとしたところで、俺達もミルクシチューに手を付ける。


 まずはスープを一口。ブルホーンの濃厚なミルクに野菜や肉の旨味が融合している。小麦粉やチーズのおかげでとろみもついており、とても美味しい。


「んん! すっごく美味しい!! 牛乳を使ったシチューよりも味が濃厚!」


 リスカも気に入ってくれたようで、パクパクと食べている。


 それは俺も同じで、先程からスプーンが止まらない。


 しっかりとミルクが染み込んだ野菜やベーコンも最高だ。次はジャガイモを入れてあげてもいいかもしれない。


 シチューを食べ進めると、竈のほうから香ばしいパンの匂いがしてきた。


 移動して中の様子を見てみると、パンは見事にふっくらと焼けている。


 それを取り出すと、蔓で編んだバスケットの中へ入れてテーブルに持っていく。


「ほら、パンも焼けたけど食べるか?」

「食べる!」

「朝食は抜いてきたのか?」

「いや、食べてきたけど?」


 家で朝食を食べたというのに、パンまで食べられるのか? リスカって、結構食うんだな。


「あー、あたしのことを食いしん坊って勘違いしてるでしょー? 酪農家は朝が早いし、肉体労働なんだからね」


 俺の不躾な視線から何かを感じ取ったのか、リスカが不満そうに言う。


 それもそうだった。酪農家の朝はとても早いので朝食も早い。


 ここに来るまでに一仕事も終わらせてきただろうから、リスカはちょうど小腹が空いていたのだろう。


「そうだったな。すまんすまん」

「まったくー」


 いかにも遺憾だという態度をしながらバスケットのパンを手に取るリスカ。


 そして、パンを千切りシチューにつけて食べると、一瞬で表情は和らいだ。


 ころころと変わるリスカの反応が面白く、俺はくすりと笑いながら自分もパンに手を伸ばす。


 手で持つには少し熱いくらいのパンを息で冷ましながら千切り、シチューに浸して食べる。


 香ばしい小麦の味とミルクシチューの甘みが見事に調和している。


 これはいくらでもパンとシチューが進んでしまうな。


 俺がシチューを平らげそうになっていると、目の前にいるリスカの皿が空っぽになっているのに気が付く。


 リスカの表情を見ると、どことなく物足りなさそうで。


「お代わりいるか?」

「いる!」


 俺が尋ねるとリスカは元気よく皿を差し出してきた。


 とはいえ、この食欲は酪農家だからという理由では説明ができないような……。


 まあ、それだけブルホーンのミルクを使った料理が美味しいということか。


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