リフレット村 その9
「グ、グオオ……」
よろよろと起き上がろうとするベオウルフの首筋に向けて、俺は剣を突き出す。
ベオウルフはビクリと身体を震えさせると、こちらに腹を向けて地面に寝転がった。
「オオーン」
えっと、確かブラックウルフが従属する時に見せるポーズだったよな?
ということはベオウルフのこのポーズも俺に対しての従属と言う意味だよな?
やった! まさかブラックウルフではなく、それよりも上位のベオウルフを従属させることができるとは。
これは随分ラッキーだなと喜んでいると、周囲にいたブラックウルフもそれを真似るように腹を見せて寝転び出す。
「「「「「「「「「「「「「「オオーン」」」」」」」」」」」」」」
おいおい、ちょっと待ってくれ。さすがに十何頭ものブラックウルフを養う余裕なんて、うちにはないぞ!? こいつらを養うだけで一体どれだけの食料が必要になるというのか。
とりあえず、うちの番犬は一頭だけでいい。
剣を鞘に戻した俺は、ベオウルフの従属を受け入れるかのように腹を撫でてやる。レフィーアのメモには、これで認めたってことになるらしいと書いてあった。
「……ウォフン」
どうやらメモは正しかったらしく、ベオウルフが気持ちよさそうに声を漏らす。
お前、さっきまでの迫力はどこにいったんだと突っ込みたくなるが、ベオウルフのお腹にある白い毛皮はとてもフカフカで、撫でているこちらも気持ちが良かった。
「オオーン」
ベオウルフの毛皮を堪能して撫でていると、他に寝転がっているブラックウルフが甘えるように鳴き声を上げる。こうなってしまうと、もはやそこら辺にいるような犬のようにも思える。
とはいえ、そのすべてを受け入れてしまえば、しばらくはブラックウルフを食わせるだけの生活になってしまう。それではちっとも魔物の育成が進まない。
「残念だけどお前達を雇う余裕はないから、帰ってくれ」
シッシと追い払うように手を払うと、ブラックウルフから残念そうな声が上がる。
「ウォッフ」
そして、俺に選ばれたベオウルフが、どこか優越感を誇示するような表情を浮かべた。
何でそこまで嬉しそうななのだろうか。
ひょっとしてベオウルフ的にはより強い者に従属することは喜びだったりするのだろうか。
浮かび上がった疑問を心のメモに記載し、今後注意して見張ることにしよう。
◆
ベオウルフにブラックウルフを解散させるように言うと、ブラックウルフはベオウルフといくつか言葉を交わして、すんなりと森へ帰っていった。
どのようなやり取りをしたのか、今後あの群れがどうなるかまでは俺にはわからないが、今後も村に害をなさないように祈るばかりだ。
「にしてもお前、本当に俺のところに付いてくるのか?」
「ウォッフ!」
俺の斜め後ろを歩くベオウルフは当然のように返事。
「お前もか?」
「ピキ?」
未だにベオウルフが怖いのか、シャツの中にいるモコモコウサギに尋ねるも、曖昧な返事をするのみ。
モコモコウサギは人里近くの牧場に向かうことをよく理解していなさそうだが、気に入らなければ森に還してやればいいだろう。そりゃ、俺としては牧場にいてほしいが、こいつの場合は無理強いしてもよくない気がするし。
色々と予期せぬことはあったけど、結果的に目標であるモコモコウサギ、ライラックの卵、番犬としてベオウルフが仲間になったから良しとするか。
少し賑やかになった面子に満足しながら森を抜けると、俺の乗ってきた馬がちゃんと待っていてくれた。
俺は自分の馬を労うように餌を与えて、撫でてやる。
「よし! それじゃあ牧場に戻るか」
「グルルルルッ!」
馬に乗ってそのように言うと、ベオウルフが何故か不機嫌そうに唸る。
ベオウルフの迫力に俺の乗っていた馬が恐れ、いななき声を上げる。
「おわっとと! 落ち着け、落ち着け」
俺はそれを必死でいなして馬を落ち着かせる。危うく振り落とされて抱えていたライラックの卵を落としてしまうところだ。
「どうしたんだベオウルフ?」
「ガウッ!」
俺が馬から降りて尋ねると、ベオウルフは身を低くして背中を見せてくる。
これはもしかして、俺に乗れということだろうか?
確かにベオウルフの背中に乗って、駆け抜けてみたいが今は馬がいるしな。
「わかった。今度乗ってやるから今日は我慢しろ」
ベオウルフが不服そうにするので、背中を撫でてやると機嫌を直したのか前を走り出した。
まったく、魔物の考えていることはよくわからないな。
だけど、それが面白い。
俺は改めて馬に乗って、ベオウルフの速さと競うように人気のない道を駆け抜けた。




