リフレット村 その7
切り株の上で座り続けること、約三十分。
モコモコウサギが昼寝を終えたところでライラックの探索を開始。
モコモコウサギはすっかり懐いたのか、今では俺の頭の上に乗っかっている。
このまま俺に付いてきて魔物牧場で暮らしてくれるのか不明であるが、そうなることを祈っておくとしよう。
頭に乗っているモコモコウサギが落ちないよう、できるだけ重心を安定させて森の奥を進むことしばらく。
「グアアアッ! グアアッ!」
聞いたことのあるライラックの鳴き声が聞こえてきた。
できるだけ気配を悟られないように音がする方へ向かうと、長い首に茶色い毛皮に包まれた、ほっそりとした脚を持つライラックが二羽いた。
頭の先の毛先が尖っている方がオスで、尖っていなくぺしゃんとしているのがメスだ。
恐らくは番なのだろう。
だとしたら、ここら辺の地面にはライラックの卵が埋まっているかもしれない。
ライラックが卵を産み付けるのは、茂みの下や樹木の根本などの外敵から見えづらい場所だ。
とはいえ、あの番に見つかってしまうと追い返されることは明白。できるだけ見つからないように行動しなければいけない。
しきりに長い首を動かしながら辺りを睥睨するライラックの様子を茂みの隙間から伺いながら、這うように移動する。
さすがにモコモコウサギを頭に乗っけたままでは厳しいかと思ったが、器用に乗っかっている。まあ、このままでいいか。
うーん、ここの茂みの下は……ないか。樹木の下にもない。
やはりライラックの番がいる近くなのだろうか。それとも、ここには餌を探しに来ただけでもっと遠くなのか。
そんな思考が巡るが、どちらにせよここを探してからだな。
様子を窺いながら移動し、卵を探すという行動を繰り返していると、ついにライラックの後ろ側までやってきた。
ライラックのオスは餌でも探しているのか、最初に俺が潜んでいた茂みの辺りを探している。
しかし、メスの方は依然として動かない。しきり首を振って周囲を確認している。
やはりこの辺りに卵がありそうだな。
そう思って地面を確認していると、ライラックのメスの真後ろの茂みの下に違和感を覚えた。
あそこだけ掘り返されたように土の色が変わっている。
もしかすると、あそこに卵を産み付けたのではないだろうか?
俺は自分の呼吸すら止めて近付く。
よし、メスに気付かれてはいない。
俺は慎重に片手で砂をどかすと、真っ白な丸い卵が見えてきた。
おお、レフィーアの見せてくれた資料とそっくりだ。ライラックの卵に違いない。
俺は喜びの気持ちを抱きながら残りの砂をどかしていく。
すると、頭の上にいるモコモコウサギがベシベシと俺を叩いてきた。
おい、今いいところなんだぞ! 騒ぐと目の前にいるライラックのメスにバレてしまうだろう!!
退屈で構ってほしいのだとは思うが、今は空気を読んで大人しく……。
「ピキ! ピキ!」
そう思っていた途端、モコモコウサギが鳴き声を上げた。
良くないタイミングで声を出したモコモコウサギに驚き上の方を見ると、目の前には灰色の蛇が迫っていた。
「おわっ!?」
顔面目掛けて牙を剥く蛇だったが、俺は反射的に起き上がると当時に、蛇の首元を掴んだ。
蛇は拘束か逃れるようにのたうち回る。
危なかった。こいつもライラックの卵を狙っていたのか? 危うく大怪我をするところだった。
「グアアアアアアアッ!」
ホッと息を吐くのも束の間。モコモコウサギと俺が声を上げてしまったせいか、ライラックのメスが「何してんだ!」とばかりに怒りの声を上げる。
このままでは蹴り飛ばされてしまうので、俺は咄嗟にライラックの卵を一つ回収。
そして、襲われないように掴んだ蛇をライラックと卵の傍に投げる。
解放された蛇は、目の前に卵があるのに気付いて、そろそろと近付く。
「グアアアアアッ!?」
ライラックの注意が蛇と残りの卵に向いた瞬間に、俺は立ち上がって逃走を開始。
後ろを振り返るとライラックは蛇の撃退をしていた。
俺を追いかけて他の卵を蛇に食べられては堪らんだろう。そっちを優先するのは当然だ。
後はこのまま逃げ切りさえすればいい。
しかし、そう上手くはいかない。
番であるオスのライラックが斜め後ろから猛烈な勢いで走ってくる。
「グアアアアアアアアッ!」
自分の我が子である卵を奪い、蛇をけしかけた俺が許せないのだろう。凄い剣幕だ。
当然オスがやってくると予想していた俺は、木々がたくさん生えている方向へと舵を取る。
そして、その木々を上手く使いながら曲がったり、狭いところを通り抜けつつ走る。
直線距離では魔物であるライラックの方が速いだろうが、木々が生い茂った森の中で走るなら別だ。
その長い首も脚も木々がある場所では邪魔でしかない。
俺の後方ではライラックが木々や枝葉にぶつかる音がして、次第に距離は開いていった。
そのまましばらく走り続けると、遂にライラックを振り切ったのか後方から気配を感じなくなる。
「ふう、さすがに撒いたか?」
魔法騎士であったが故に、こういう山を走ることにも慣れているが、辞めてからしばらく魔物の勉強しかしていなかったので少し体力が落ちている気がする。
飼育員とはいえ、相手をするのは魔物だ。もしもの時はブルホーンのように力で止めないといけないし、こうやって魔物を捕獲するために魔物の住まう森に入ることもあるだろう。
ちゃんと体も鍛えておいたほうがいいな。
それはさておき、モコモコウサギに礼だな。
「すまんな、お前のおかげで助かった」
「ピキ! ピキ!」
礼を言うが、モコモコウサギはそれどころではないとばかりに叫び出す。
蛇が迫ってきた時とも違う、尋常ではない様子。
慌てて周囲の反応を伺うと、遠くから複数の気配がこちらへと近付いてきた。
迫り切る数や速度からしてライラックでもない。
それはあちこちの方角から囲むようにやってきており、既に逃げ場はなさそうだ。
「……魔物の群れか」
ライラックのように振り切ることはできない。
そう判断した俺は、即座に腰にある剣を抜いて構える。




