魔物牧場の朝
「朝か、う~ん」
窓から差し込む僅かな日差しに目を覚ました俺は、ベッドから身を起こして伸びをする。魔法騎士だった頃よりも起きる時間は早いが、その分早く寝ているので早朝の起床にも慣れた。
ベッドから出ると、作業着に着替えて部屋を出る。
すると、同じタイミングで奥の部屋から、茶色の髪を後ろでくくりながら出てくる少女の姿が見えた。
彼女はこちらに気付くと、口に咥えていたヘアゴムで手早く髪を纏めてポニーテールを作り、それからにっこりと笑って挨拶する。
「おはよう、アデル兄ちゃん!」
「おはよう、リスカ」
「今日は出るタイミングが一緒だったね」
「そうだな。なんかちょっと面白かったな」
などと朝一の何気ない会話をする。
この生活にまだ慣れていないというのもあるけど、起きたばかりの女の子が髪を結ぶという所作を目にして、少しだけドキッとしたな。
二階から一階に降りて、外に出ると顔を出したばかりの太陽が俺達を迎える。
「んん~! 今日もいい天気!」
伸びをしながらのリスカの声が響き渡る。
雲一つない澄んだ空。
太陽に照らされ遠くに見える山々。
とても爽やかな光景だ。
どこか土と緑の入り混じった風が吹いて、俺の前髪を撫で上げる。
俺達の目の前に広がるのは牧草。
広大な敷地を囲う柵の中には、牛や羊などの家畜が……いるわけではなく、ちょっと変わった生き物が住んでいる。
牧草や木々に擬態するようにフォレストドラゴンが眠っており、その周りではピンク色の毛玉のような見た目をしたモコモコウサギが気持ちよさそうに寝息を立てている。
まだ早朝ということもあり、みんな眠っているようだ。
『やっぱり、牧場を始めてよかったな』
充実感といえばいいのだろうか?
彼らの様子を見ながら魔法騎士時代では得られなかった感覚を噛みしめる俺。
「ウォッフ!」
しばらくリスカと日光を浴びながら牧場の景色を眺めていると、黒と白の体毛が入り混じったオオカミ型の魔物、ベオウルフが元気な鳴き声を上げながらやってきた。
「あっ、ベルフだ!」
こいつはうちの牧場で番犬代わりをしてくれている賢い魔物だ。
こちらに寄ってきたベルフに挨拶の言葉をかけながら頭や首を撫でてやる。
すると、ベルフはとても気持ち良さそうな表情をして目を細めた。そのどこか脱力しきったような顔が可愛らしい。
「おはよう、ベルフ」
「あたしも撫でる!」
さらに、そこに追撃とばかりにリスカが加わる。
長年動物と触れ合ってきた経験のあるリスカは脅威の撫でテクニックを持つのだ。
「ウォフーン」
リスカの匠の技により、全身を撫でられたベルフはあまりの気持ち良さに寝転んでしまった。
うっとりした声を上げるベルフを見て、少し笑ってしまう。
にしても相変わらずベルフの毛は滑らかでモフモフしているな。ずっと触っていたくなるような柔らかさだ。
「ブモオオオッ!」
ベルフの全身を撫でまくっていると、厩舎の方からブルホーンの重苦しい鳴き声が上がる。
「どうやら厩舎の主がお腹を空かしているみたいだ」
これは早く餌の準備をしないと機嫌を損ねてしまうかもしれない。
「我も腹が減った。今日はリンゴが食べたい気分だ」
ノシノシと音を立てながら近付いてきたフォレストドラゴンが偉そうに言う。
「ピキピキー!」
「あはは、モコモコウサギ達は水が欲しいみたい」
俺達の周りには次々と魔物が集まってきて、それぞれが朝ご飯の催促をしてくる。
「ああ、わかったわかった。順番に用意するから少し待ってくれ」
いつもよりもまだ少し早いが、皆がそう言うなら仕方がないな。
気持ちのいい日差しが降り注ぐ中、俺とリスカはいつものように魔物達のお世話をするべく動き出した。
こうして魔物牧場の一日が始まる。