第5話 天才が天才である所以。
昼ですが投稿いたします、読んで頂いてありがとうございます。
「え! 魔族の襲撃!?」
服屋の少女は狼狽した。
「あの鐘は西方向か、直ぐにいかなければ!」
ラインハルトはすぐさま身を翻し西の門へと急いだ。
後ろを振り向かずに突っ走る姿には一分の迷いなど無い。
「あ、待って! 勇者様!」
アレクの引き止める声も聞かずに風の様に向かってしまう。
「……行っちゃった」
「ねぇ、あなた襲撃って言ってたわよね! 魔族が来たの?!」
「え? うん、火事かもしれないけどね」
「どうすれば良い? 西の方角には私の両親がいるの!」
服屋の少女は焦っていた、魔族は人間なんかでは太刀打ち出来ない存在。
さっきは勇者のことを馬鹿にしていたが、本来戦えるだけで凄いことなのだ。
「お姉さん、さっき勇者様のこと馬鹿にしてたよね?」
「それがどうしたのよ!」
「勇者様は、この町を守る為に西の門へ走って行ったんだ」
「う……」
「馬鹿にされて笑われても、勇者様はみんなを助ける為に向かったんだ」
「……」
「僕はさ、お姉さんみたいな人、格好悪いと思う。僕は弱くても良い、勝てない敵に迷わず向かって行く勇者を」
【僕は格好良いと思うんだ】
そう言ってアレクは走った、躓きそうになる覚束ない足で一生懸命死なない様に。
歩く速度と変わらない、けどアレクには精一杯の全速力、人とぶつかるだけで死んでしまう、そんなひ弱な体で。
「早まらないで勇者様、あなたは英雄なんだから!」
その頼りなく走って行く後ろ姿を服屋の少女は眺めていた。
「……なんなのあの子、これじゃあ私が悪者じゃない」
自分より年下の少年から言われて少女は立ち尽くした。
自分の言った事に後悔した、情けないことを言っていたと思った。
まだ鐘の音が鳴り響く、後悔していても状況は変わらない。
西の方角からどんどん騒ぐ悲鳴が大きくなる囃し立てる様に彼女を急かす様に。
「……! 何ぼけっとしてんの! 助けに行かないと!」
少女も両親を助ける為に西へ向かった。
悲鳴と恐怖があちこちから湧き上がる。
「ギャハハハハ!ギャハハハハハハハハッ!」
西の門は破壊され魔族によって蹂躙されて居た。
魔族はその個の強さ故に人間には無力に等しかった、囲んで叩けば勝てるかもしれない。
でも勝てるかもしれないだけだった、町の住人はただ逃げることしか頭に無かった。
「ま、魔族がこの町に……終わりだ」
「誰か助けてくれ! 頼む誰か!」
「ま、待て逃げるなお前達! 俺達衛士が守らなきゃ誰が守るんだよ!」
混乱の怨嗟と悲鳴が入り混じって居た、逃げ惑う人々の声が破壊の音と混ざり合い地獄を作り出す。
本来町の人々を守らなくてはいけない町の衛士でさえその誘惑には耐えきれなかった。
魔族が通った後は家屋はぶち壊され道は生々しい傷跡を残していく、当然見たくも無い血と瓦礫の変わり果てた町並みが虚しさと悲しみを加速させた。
「もうここまで……クソッ!」
ラインハルトには過去に負けた記憶など既に目の前の惨状に吹き飛んで居た。
彼は根っからのお人好しだった、又は馬鹿正直と呼んだ方が良いだろうか。
一刻も早く民を守らなくてはいけない、自分の使命を果たそうと躍起になっていた。
「みんな俺が来たから大丈夫だ! 俺はラインハルト・ミュラー、勇者だ!」
その言葉に民は安堵する。
勇者という存在はそれほどまでに安心感を齎す。
「勇者様が来てくれた」
「助けてくれ! 足が挟まって動けないんだ!」
「まだ家に子供がいるの! お願いよ勇者様! 助けて下さい!」
期待と懇願の声、勇者はそれだけで息が詰まった。
「……私は勇者なんだ! 民の希望なんだ!」
ラインハルトは小さな声で確かめる様に吐き出す。
民衆を裏切ったらどうなる? その想像をしただけで胃の中がむせ返る様な気がした。
「私は負けない! 魔族よ勇者はここに居るぞ!」
自分の弱さを見せてはいけない、毅然とした態度で向かい合わないといけない。
そうやって全ての視線を勇者は受け止めた、だが勇者は相手が誰だか知らなかった。
数ある魔族の中から一際身なりの良い服を着こなした化け物がいることを。
悠然とまるで静かな町並みを散策する様に一人の男がすすみ出てくる。
「ほぅ勇者とな? あのカーミラ如きに負けた最弱の勇者か……」
「如きに?」
「あぁ済まない自己紹介がまだだったな、私は憤怒のマルスと申します」
「憤怒……」
勇者は冷や汗をかいた、二つ名持ちは別格なのだ。 名無しの魔族なら勝ち目が有った、だが二つ名持ちとの闘いはラインハルトにとってトラウマに近いものだった。
「私の邪魔をしないなら見逃しますよ? 『腰抜けのハルト』」
「なんでその名を!」
「有名ですからね、今代の勇者は雑魚だと嬉しそうにカーミラが言ってましたよ」
「……ぐ」
「で、どうするおつもりで? 闘いますか? それとも……逃げますか?」
安い挑発だった、嫌味ったらしく掛けて来た言葉は勇者の琴線にこれでもかと言うほどに触れた。
売り言葉に買い言葉、勇者はまんまとマルスの挑発に乗ってしまう。
「逃げる訳ないだろ! 俺は! みんなを守る為に勇者になったんだ!」
自分を奮い立たせる様に叫びながらラインハルトは踏み込む、レベル95という人間のほぼ限界と言われる身体能力の高さを利用して、最速の攻撃を繰り出した。
鋭く詰め寄り更に腕を片腕のみ伸ばして距離を稼いだ。考えうる限りの最短距離での突き、最高の一撃はマルスを貫くと思われた。
ガキンッ!!
本来その音はあってはならない音だった、無機質な音と鉄が合わさった様な不快音。
薄い壁に阻まれた勇者は驚愕で目を見張った。
「んな! なんだ攻撃が届かない!?」
「バリアも知らないのですか?」
「バリアだと!? なんだそれは!」
マルスの前に阻んだ薄い壁はバリアと名乗った不可視の壁だった。
「……つまらんな、この程度の貴様が魔王様に近づくことすら汚らわしいわ!」
「グフッ!」
反対にマルスの攻撃が襲い掛かった、無防備な腹に強烈な蹴りを放たれたのだ。
魔族の中でも別格という言われている二つ名からの蹴り、勇者をもってしても堪らず蹲って苦しそうにもがく。
「……そんな勇者様が」
「勇者でも勝てないのか……」
「おい……嘘だろ」
再び町は混乱と混沌の渦に巻き戻った。
「ハハハハハッ! そうだ絶望しろ! そして全員魔王様の贄となれ!」
マルスの高笑いがこだまする、自身の中で勝敗を決めていた。
周りの人もその姿を見て目を暗くした、だけどそんな時小さい声ながらも精一杯叫ぶ者がいた。
「勇者様! 立って! 立ち上がって! 貴方はまだ負けてない!!」
町の真ん中でうずくまる勇者を励ます様に声がする、振り返るとそこには小さな少年がいた。
少女に抱えられた状態で。
「腕が捥げるかと思った……」
「ありがとうお姉さん、さっきは格好悪いって言ってごめんなさい」
「え? き、気にしてないわよ! 貴方が歩くのが遅いから助けただけよ!」
「ふふっ、お姉さんも格好いいよ」
「ついでだから! 両親のついでだからね!」
服屋の少女はアレクをあっさりと追い抜いた、けどアレクの言葉は少女にきつく刺さっていた。
最低な事を言ったと思った、勇者なのに情けない奴だとみんな思ってた。
勇者のことを何も知らないのに、みんなの為に闘っているのに。
アレクは息を切らしながらも走っていた、その姿が必死で少女は手を貸すことを決めた。
「君、私の事格好悪いって言ったわね?」
「はぁはぁ……それがどうしたの?」
「撤回しなさい」
「……え?」
「私はね格好悪いのが大嫌いなの!」
そう言って彼女はアレクを抱えた。
「わっ! え! え?」
「どうせ行くのは同じ西門、貴方走るの遅いから抱っこしてあげる」
少女は図らずも最適格を選んでいた。
「勇者様! 先ずは距離をとって!」
「う……距離?」
「あの魔族は近距離専門! バリアは職業『シールダー』の証」
「……なんだその職業は」
「100年前にも有った職業だよ 僕はあいつの魔法全てを記憶している!」
アレクはその膨大に詰め込んだ知識は究極の武器だった、それは向こうの魔族も驚いた。
「……この職業を知っているなんて貴方何者ですか?」
「僕の名前はアレク・クリューエル! 大賢者だ!」
「大賢者? 賢者なら兎も角大賢者ですか? ハハハハ、傑作だその職業は創世神話の中だけの話ですよ」
マルスは子供の戯言だと思って居た、こんな子供が大賢者であるはずがない。
この子供が、強がっているのだろう。
でも違うのだ、決定的に違う。
大賢者が恐ろしいのはその肩書きではない。
圧倒的な知識と膨大な魔力そして……
「悪いけど、もうおじさんに勝ち目はないよ」
天才だと言うことを。