第17話 光魔法の本当の力。
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「ねぇ、勇者様」
「なんで敬語なんだユリア?」
「だって、ねぇ」
ユリアから射殺すような視線を感じる、俺は悪く無い。そう悪く無いのだ。
悪いのは俺の腕に抱き着きさっきから離れない女がいるせいだ。
「ティアラ姫、歩きづらいのですが……」
「あら、エスコートをして下さるのではなくて?」
「いやその……む、胸が」
「ふふ、当ててるんです」
あ、当てているだと!? そんな破廉恥な!
ウブな勇者には刺激が強過ぎた、勇者は知らなかったが聖女ティアラは勇者に片思いして居た。
「こうして栄えある勇者の一員になれて嬉しいですわ」
「栄えある勇者……ね」
「……ミュラー様どうしました?」
ラインハルトはずっと自分の弱さに忸怩たる思いを抱いて居た。
今回の王都帰還の折に後に訪れたい場所があった。
「ユリア、聖剣を貸してくれ」
「ん? どうする気よ」
「修行をする……だから少し一人にしてくれないか?」
騎士団時代に隠れて一人鍛錬して居た場所が存在した、だがこれは自分の身勝手な提案だった。
律儀にユリアに訳を話したのは後ろめたさがあった為だ。
「勇者様? 鍛錬できる場所があるのですか?」
アレクが興味を持ち始める、いかん、着いてこられると困る。
「何、昔自分が騎士団の頃に使用して居た鍛錬場だ。だからみんなは王都で観光を楽しむと良い」
「あら、気が効くことも出来るじゃない!」
「ほぅ、勇者さんは私を一人にすると……」
「サラ姉さんは何処に行くの?」
「ふ……王都の宝を盗みにね」
「アレクくん、彼女は甘味処を探す様ですよ」
「えーっとティアラ姫様?」
「ティアラでいいわアレクくん」
「じゃあティア姉さんで!」
「ふふ、可愛い弟ができたわ」
「おい、そこの女! 勝手に私の心を読むな!」
サラの格好付けた発言はティアラにはまるで通じなかった、人の心の内を読み取る能力。
素直にならなければ断罪される、ティアラの面目躍如だった。
「(ミュラー様、私は言わないでおきますよ)」
意味深な目線を掛けてくる姫に軽く会釈をするラインハルト、助けてくれたのだがやっぱり怖い。
ティアラ姫に気を遣われたことのショックを感じてしまうのだった。
翌朝ラインハルトは修行の地へと向かう、一人で自分の力を見つめ直したかった。
「なぁイフタフ、俺は君にとって良き相棒になれるのか?」
「何言ってんだ相棒よ、剣は所詮剣よ、使う人間によるもんだ」
「使う人間次第か……」
聖剣イフタフと会話をしながら修練場へ向かう、王都から少し離れた場所に森が存在する。
野生の動物と天然の薬草が取れる場所で有名な市民にも愛されている癒しの森。
そこから20分程進むと山の麓に到着する、魔物が稀に現れる為子供は禁止されている区域。
ラインハルトは麓にある深い森をさらに進んで行く、するとそこには小さな滝と滝壺が存在する、秘密の鍛錬場だった。
「久しぶりだな、嫌な事や自分を見つめ直す時によく使って居た」
「ほぉ、綺麗なところじゃねぇか相棒。意外とロマンチストなんだな」
「私はここで自然と一体になって苦しみや悩みを乗り越えてきたんだ、そんなんじゃないよ」
衣服を剥がし生まれた姿になるラインハルトは滝の中に自身を放り込んだ。
「ふぅ、この時期の水は少し冷たいな」
「ハタから見るとお前さん変態だな」
「……それは禁句だ」
滝の中で邪念を払い心を落ち着かせる。
自身の勇者の力をより高次元へ高める為の修行、清めが終ったのちに聖剣を手に取り一心不乱に素振りをする。
憤怒のバリアを突破する技術や色欲と戦った時の誘惑を打ち払う心の力を身に付けるために。
素振りを続けて行くと、余分な力を入れている事に気がつく。重く鉛のようになった腕を使って剣を効率良く振る。
重力に逆らわぬ様に、流れに任せる様に。自然と姿勢は正され一つの舞を踊る様に美しく、滝壺に当たった剣は水を弾き太陽の光に反射して銀の輝きと透明な反射光が混ざり合う。
周囲の音も遮られ心の奥底で自分自身と会話をする、あれは良かった、今のは駄目だ。こうしたら楽だった。
やがて一つに収束していく、剣の極致。到達すれば頂きはまだまだ先にある事を知る。
いつまで剣を振り続けて居たのだろうか、無粋で汚い濁った音が混じる。
パチパチパチ。
軽快で小馬鹿にした様な音は、褒められているのか分からない。
種類でいうと拍手の部類なのだろう、だが相手が問題だった。
剣を止めて拍手をした張本人に目を流す。
「……まさか貴様から来るとはな」
「あははっ! 怒った? 怒っちゃった?」
目の前には全く自分と同じ格好と装備、そして顔までも完璧にトレースされて居た。
知らない人ならドッペルゲンガーに会ったとでも驚嘆するのだろうが、生憎勇者は嫌という程相手の事を知って居た。
「…………何しに来た、暴食のカーミラぁ!!」
「おっと、久し振りだってのにつれないなぁ」
素早い突きはカーミラには届かない、それもそのはず彼女の能力が問題なのだ。
「また貴様のお得意の変身か!」
「あははっ! 自分自身と戦うってどんな気持ち?」
相手と全く同じ能力値になる反則級の能力、暴食のカーミラの変身に昔のラインハルトは惨敗したのだ。
諦めずに勇者は力を展開する。
「ハーベスト (Harvest)!」
「……っレイネシアの能力か!」
カーミラの足元にハーベストを展開させる、魔力が吸い取られ勇者に還元される。
「カーミラ! 私は昔の様な弱虫ではないぞ!」
「く、そが! いい気になるんじゃねぇ!」
すぐさまカーミラが突進して来る、勇者の身体能力に物を言わせたブン殴り。
ガキンッ!
「っち! バリアまで……うっとおしいな」
「これで形勢逆転だな」
昔の自分と違い手応えのある反応、勇者はちっぽけな自尊心をくすぐられた。
それは油断となって降りかかって来る。
「ほざけ! クリスタルランス!」
「なんだと! 氷魔法を使えるのか?!」
予想外の魔法攻撃、勇者は使徒が魔法を行使する事を知らなかった。
「何ぼさっと突っ立ってんだよ、避けなくていいのか?」
「は? ……グハッ!」
動揺を隠せなかった、使徒の能力は異能の力しかないと勇者は勝手に決め付けていた。
意外な攻撃でラインハルトの脳は愚かにも思考を停止した、そして慢心もしていた。
バリアが完璧な能力だと履き違えていたのだ。
「ぐっ……何でだ、バリアを張って居たのに」
「バーカ、何にも知らねえんだな。バリアは物理のみで魔法は通すんだよ!」
「そんな……」
完璧だと思われて居たバリアにも弱点が存在して居た、そう言えばと勇者は思い出す。
アレクが魔法を使って憤怒のマルスを撹乱して居た事を。
「……そうゆう事は教えてくれよアレク」
「誰だよアレクって、あははは! 泣き言ですかぁ〜!」
致命的な判断ミスをして、勇者はまた負ける未来が薄っすらと見えて来た。
魔法も防げないのかよ……俺は勇者なのに、なんでこんなに力が無い。
高笑いする声だけが耳鳴りの様に煩く届く、勇者はその目を閉じそうになった。
「(……なぁ相棒、自分の力を信じてないのはお前自身じゃないのか?)」
右手に握られた聖剣から思念を通して声が届く、何を言っている?
「(声が聞こえる、テレパシーかなんかか?)」
「(まぁそんなもんだ、なぁ相棒、何故光魔法を使わない?)」
「(光魔法……俺は分散しか使えないレベル1だぞ)」
さっきの戦闘で、自身が元から持っている光魔法を一切使ってない事を指摘される。
「(よく聞け、何故勇者に光魔法だけ残ったと思う?)」
「(……どうゆう事だ?)」
「(光魔法だけ特別なんだよ、だから残った。封印の力も光魔法無しに発動しない)」
「(……分かりやすく説明してくれ)」
「(光魔法は器だ、器に七つの能力が収まる。つまりだ、光魔法は七つの能力の親なんだよ。いいか良く聞け光魔法は他の能力と重複する)」
「(……重複)」
勇者はその言葉を聞いて、恐ろしい結果を見つける事になる。
「それは、本当に有り得るのか?」
「おい! 頭大丈夫か? さっきからブツブツ言いやがってキメェ」
「だとしたら、お前の攻撃はもう効かない……」
「はぁ? 馬鹿は痛い目に合わないと理解出来ないみたいだな! 出でよクリスタルジャベリン!!」
目の前にさっきより大きな氷の柱が襲い掛かってきた、でも勇者は自分の力を信じることにした。
もしこの煩い聖剣の言う通りだとしたら、伝説の大勇者の相棒の言葉に賭けてもいい価値があった。
「嘘だったら恨むぞイフタフ! バリア【Barrier】!」
「だーかーら! バリアじゃ魔法は防げねぇんだよ!」
「……だからバリアに付与する!」
「付与?」
「バリアに掛かれ光魔法【ディスパージョン (分散)】!」
その時不思議なことが起こった、魔法を弾かない筈のバリアにクリスタルジャベリンが触れた瞬間。
霧のように四方に分散されたのだ。
「……は? 何をしたんだお前、何をしたんだ勇者ぁ!」
「出来た……これが光魔法の力」
「クッソ! こうなったら高位魔法で!」
「させるか! ハーベスト ( Harvest)! そしてディスパージョン (分散)!」
暴食に集まった氷の塊は瞬く間に分かれていく。
「クソッ! ここで勇者を仕留めて魔王様に褒めてもらう計画だったのに!」
「はっ! どうやらお前に意趣返しが出来たみたいだな」
「っち、次会った時はまた泣きっ面拝ませてやるよ、仕方ねぇ作戦失敗だ」
「あ、おい待て! 逃げるな!」
変身を解いて少女の姿に戻るカーミラはなりふり構わず勇者の前に去っていく。
「計画って、何を企んでるんだ……」
この話を少なくともアレクに話しておけば事情は変わって居たかもしれない。
変身の能力を持つ暴食のカーミラが王都周辺にいる事実を勇者は失念して居た。
勇者は自分の力の使い方を知った事で頭が一杯だった、光魔法の真の力の使い方を知ったのだ。
微笑みながら帰る勇者の顔には暴食を克服した達成感で塗りつぶされていた。