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三秒のカウントが過ぎ、お互いにナイフを繰り出す。
ナイフがそれぞれの皮膚に刺さろうという瞬間、俺の頭の中で何かが弾けた。
「あっぶねええええええええ!!!」
間一髪のところでナイフを躱すと、その勢いのまま俺は自分の頭を全力で床に叩きつけた。それも一度ではなく、二度三度四度と。
流石に痛くなってきて頭を打ち付けるのをやめる。脳がぐらぐらと揺れている感覚がするが気にしない。今はそれより、気にするべき相手がいるのだから。
思惑とは外れ、誰もいない、何もない空を突き刺したまま固まった状態の芥川。
その表情は驚きに満ち溢れ、目の前で何が起こったのか理解できていない様子だった。
荒い呼吸を何とか抑え、俺は芥川と向き合う。
しばらく固まったまま動かなかった芥川は、次第に何が起こったのかを理解したらしい。ひどく憂いと悲しみを湛えた、切なげな瞳を向けてきた。
「……僕のことを、拒んだんだね。君となら、今度こそ行けると思ったのに」
罪悪感など一切なく、ただただ殺せなかったことに――いや、死ねなかったことにショックを受けている。そのことがはっきりと伝わってきて、俺は本日二回目の吐き気を催した。
やっぱりここにまともな人間はいねえ。
俺はそのことを改めて認識し、何も声をかけることなくその場から立ち去った。




