87
「んだよ。最高の提案じゃねえか。やる気があんなら最初から言えよ」
俺は久方ぶりに満面の笑みを浮かべ南方を見つめた。一方こいつは俺と同類と思われたくないのか、渋面を作り首を振った。
「僕は君と違って慎重なんだ。真っ先に思い浮かんだ考えに飛びつくのではなく、複数の考えを出してから改めて一つを決める。思い付きで動くのはただの馬鹿か獣だからな」
「遠回しに馬鹿にされた気もするが――その言い方からするとお前も真っ先に全員ぶん殴る案を考えてたわけだ。いいぜ、その心意気に免じて今は反論しないでやるよ」
「ふん。全く有難くない気づかいだな」
特に示し合わせたわけではなく、俺たちは同時に施設の出入り口に向けてゆっくりと歩みだす。
「それで、お前のことだし適当に殴ってくだけじゃなくて何らかの方針はあんだろ」
「当然だ。だが、君は気にしなくていい。君は君のやりたいように、いつものように、理不尽に殴りたい奴を殴ればいい。進む方向だけ逐一指示させてもらう」
「やっぱ言い方はあれだが、悪くない提案じゃねえか。さっきからストレス溜まりまくりで爆発寸前だったからな。こういう時は誰かれ構わず殴るに限るぜ」
「……全く、この僕が君みたいな犯罪者予備軍と共に戦う選択をするなんて、人生最大の愚行だよ」
南方はわざとらしくため息を吐くが、今の俺は気にしない。こんなところで屁理屈大王と言い争っていても無駄に疲弊するだけ。今は一刻も早く施設の外に出ることを優先したかった。
この気持ちは共通なのか、自然、俺たちの歩みは早まっていく。
そして誰ともすれ違わないまま、無事に入り口――無数の監視カメラと機関銃が仕掛けられた長い白塗りの廊下へとたどり着いた。
「有難いことに扉は空いてるからこのまま外に抜けられそうだが、一歩踏み出した瞬間にズドドドドドドみたいな蜂の巣展開にはなんねえよな?」
「ないとは言い切れない――と思ったが、どうやらないらしいな」
「お?」
無駄に長い廊下の中央。そこには陰気そうな若い男が一人、まるで幽鬼のように立っていた。




