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「それ、普通にやばくねえか?」
「はい。やばいと思います」
「……」
まるでヤバいと思っていない声音でムクロが言う。
実際どの程度ムクロが危機感を覚えているのかは分からないが、俺からすると今すぐ叫びだしたくなる程度に危機感が募っている。
ムクロの毒が効かないということは、現状安楽音を攻略する方法がないということ。
つまりこのまま外に出たところで殺されるだけ。かといって神月らと合流したところで死ぬまでの時間が少し伸びるだけだ。
いや、単に逃げるだけだったら可能かもしれない。安楽音の毒がやばいとはいえ、超能力や魔法ではない。『毒草』どもの毒は基本的に五感を通して侵食してくる。つまり目を閉じて耳を塞いでとにかく走り続ければ、毒に侵されることなく脱出できる可能性はある。
「だけどこの施設の外がどうなってんのか知らねえし、そもそも安楽音の毒に操られた奴らが蠢いてるだろうし……」
「先ほどからぶつぶつと呟いてますが、大丈夫ですか?」
「うおっ!」
唐突にムクロの顔が俺の目の前に現れる。深淵を彷彿とさせる瞳に見つめられ、驚きと恐怖から全力で飛び退いてしまった。
見かけ上はまるでそのことを気にした様子もなく、ムクロは同じ言葉を繰り返した。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ……いや、やっぱり大丈夫じゃねえよ。お前の毒が効かないってことは俺たちの負けが確定してるようなもんじゃねえか。お前こそ自分の毒が通じねえってのになんでそんな落ち着いてんだよ」
ムクロはさも当然のように、首をカタリと傾げながら言う。
「それは勿論、安楽音さんに私たちを殺す気がないからです」
「んっと、そういやそういう話だったな」
なぜ俺たちが殺されないかの理由を考えた結果、安楽音の毒がムクロの毒を無効化するという可能性に思い至ったのだった。しかしこれ、何か矛盾してねえか?
「つうかそもそも、ムクロの毒を無効化できるか試すためにこの職員どもを送ってきたんだったら、やっぱり俺たちを殺す気はあったんじゃねえのか? 失敗したらそれはそれで、成功したら一番の邪魔者排除って展開になるわけだし」
「それはそうですね。でもこうも考えられると思います。安楽音さんは、私のことを仲間にする気なのかもしれません」




