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見た目の雰囲気だけでなく、第一声もすこぶるまとも。
これはかなり幸先がいいなと思いつつ、俺は挨拶を返した。
「こちらこそ宜しく。俺の名前は津山睦雄だ。早速で悪いんだが、いくつか聞きたいことがあるから質問に答えてくれないか」
「勿論構いませんよ。突然こんな場所に連れてこられたのですから、悩みも疑問もたくさんあるでしょう。まずは何をお聞きになりたいのですか?」
まるで菩薩のような、というと大げさかもしれないが、全てを包み込むかのような寛容さ。たった一言話しただけにも関わらず、芥川への警戒心が不自然なまでに消えていた。
自分の心が異様に落ち着いているのを感じつつ、俺は質問を口にする。
「取り敢えず幽がいつからここにいるのか教えてくれないか? 俺としてはさっさとここから出て行きたいんだが、最低でもどれぐらい滞在させられるかの目安は知っておきたいんだ」
初対面の相手を下の名前で呼ぶことに、これほどまで違和感を覚えなかったのは初めてのこと。俺は自分の心に驚きを覚えていた。
そんな気持ちを知ってか知らずか、幽は笑顔を崩さず心よく話し出す。
「僕がここに連れてこられたのは今から一年ほど前のことです。大学に向かう途中、突然目の前に黒の高級車が停車し、中から現れた男たちに無理やり拉致されてこの場所に連れてこられました」
「それは俺と全く同じだな。そうして拉致されてから一年間、一度もここを出ることなく暮らしてきたのか? 太陽の光も一切浴びずに?」
「まあそうですね。でも、外に出ることはできませんが、日光浴する場所ならありますよ。天井がガラスでできた、いわゆる天窓になっている場所。そこには緑や赤、黄色と色とりどりの植物も栽培されていて、色彩に乏しいこの施設ではまさにオアシスのようなところになってるんです。後でぜひ行ってみてはどうでしょうか」
「まじか、そんな場所があるなら絶対行くわ。本当にこの建物、どこもかしこも白ばっかで見てると頭おかしくなりそうだったんだよ」
「ふふふ、ほんとにそうですね。僕も初めて来たときは、慣れなくて頭が狂いそうになりましたよ。でも、住めば都っていうのでしょうか。意外と居心地悪くないかななんて最近は思い始めてます。おっと、睦雄くんはここから出たいんでしたよね。ちょっと余計なこと言っちゃったかな」
「いや、別に構わねえよ。いざ逃げられないとなったら、ここでの生活を楽しいと思ったほうが絶対に得だしな。仮に出られなくても、幽みたいにここを楽しめるようになると思えれば、かなり気分も楽になるってもんだ」
「そう言ってもらえると嬉しいです。僕としても睦雄くんとは気が合いそうだし、できるならもっとお話ししたいと思ってたから」
「それは俺もだよ。こんなクソみたいな場所、何から何まで最悪だと思ってたが、幽と出会えたってだけで実はすげぇラッキーだったんじゃないかって思い始めてるよ」
「そんな風に言ってもらえるなんて光栄の至りです。僕なんてそこまで大した人間じゃないのに」
「いやいやそんなことねぇよ。会って間もない相手とこんなに楽しく会話できたのは初めてだしよ。ああでも、何もないこんなつまんねぇ部屋なんかじゃなくて、もっといろいろ遊べる楽しい場所で話したかったな」
「そうですね。僕も睦雄くんと一緒に、いろんな場所に遊びに行きたいと思ってました。そうだ! 睦雄くんが協力してくれるなら、実はここから一緒に出る方法があるんですよ! ちょっと痛いかもしれませんが、君となら絶対にやり遂げられる気がします!」
「まじか! こっから出られるってんなら、多少の痛みなんて気にしねぇよ! んで、その方法ってのは一体何なんだ?」
「簡単です。今僕がここに持っているに二本のナイフ。これをお互いの心臓に向けて刺し合えばいいんです。そうすればここから解放されて、もっと素敵な場所に行くことができますよ!」
「なんだよ、たったそんだけでいいのか。楽勝だろ! このナイフをお前の心臓に向けて突き出せばいいんだな?」
「はい! そして僕があなたの心臓を突き刺す。たったそれだけです。やってくださいますか!」
「ああ、幽とならそれぐらいなら余裕だよ」
「では、今から一緒に三秒カウントしましょう。三秒カウントし終えると同時に、ナイフを突き出すんです」
「了解。三秒だな」
「はい、三秒です。それじゃあカウントを始めましょう!」
「「三、二、一――」」